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禍話リライト「透明な鳥の家」

 不思議な話をひとつ。
 山歩きを好む友人がいる。それほど標高が高くなく車道も通っているような山を、酒を片手に散歩感覚でぶらぶら歩くのだ。
 ある日曜日、彼は缶ビールを二本空けていつものように山道を歩いていた。
 ふと目を向けた方向に小屋があった。猟師が使うような小屋だと思ったそうだ。
 倉庫とか、物を置いておくような場所だろうか。彼は通り過ぎる。
 小屋が視界から消えたあたりで、ギャアギャアギャアギャアとけたたましい鳴き声が響いた。
 振り返れば、おびただしい数の鳥が小屋のまわりを飛んでいた。小屋から出たり入ったりしている。
 幻覚かと思ったそうだ。鳥が半透明だったからだ。
 小屋は窓もドアも閉まっている。壁に穴なんて開いていない。
 なのに、半透明の鳥が四方八方から小屋目掛けて突っ込んでいく。あるいは飛び出してくる。鳥たちはてんでばらばらに動き、それぞれが楕円の軌道をなぞり続けている。
 鳥はツバメでもなく、スズメでもなく、何という種類なのかわからない。けっこうなスピードで飛び回っている。あちらの空から鳥の群れが……というような前兆もなく、突然湧いたように現れた鳥たち。
 酔ってるのかな、と彼は小屋を背にして家路に就いた。


 それから二日ほど経って、彼は仕事帰りにレンタルDVDを返しに行ったそうだ。その帰り道、またあの鳴き声が聞こえた。ギャアギャアという鳥の声だ。
 大通りから逸れたところに二階建ての小さな家があり、まわりに鳥が集まっている。山の中で見た鳥と同じくらいの大きさだが、今回は透けてはいなかった。
 ここは住宅街で公園も山も無い。いったいどこから来たのだろう。二、三十羽ほどが飛び回っているのだが、周囲の通行人は鳥を気にしていないようだった。この辺りではよくあることなのだとしても、ちょっと視線を向けるくらいのリアクションはあってもいいのではないだろうか。大人も子供も見向きもしない。
 俺にしか見えてないんだったら不気味だなあ、と首を傾げながら帰宅したそうだ。


 山の中で見た鳥と住宅街で見た鳥。二回目は素面だったこともあり、幻覚を見たのかと不安になった彼は、友人に相談することにした。
 その相談相手が僕だ。
 件の家に一緒に行ってくれないか、と彼は言った。遠くから確認するだけでいいとのことだ。

「何もなければいいんだけどさ。もし鳥飛んでるわってなってお前には見えてなかったら、……俺病院行くわ。……本当に飛んでた場合はそのとき考えよう」
「まあいいけど」

 夕方二人で行ってみると、確認とか言っている場合じゃなかった。すこし道が入り組んでいて二階部分と屋根くらいしか見えないのだが、家が見えてきた時点でもう、小さなシルエットがビュンビュン飛び回っているのが分かった。近づくまでもない。鳥かどうか分からないけれど、あれくらいの大きさで飛ぶものなんて鳥だろう。

「あー、飛んでるな。見える見える」
「見えるか? ……よかったあ」

 しかし、彼が言っていたように、僕ら以外の通行人は無反応だ。こんなに鳴き声がうるさいのに。

「気持ち悪いな、何だこれ」
「こっちの道から家の近くに行けるわ」

 二人で細い道を抜け、家のほうへと進む。
 鳥たちは地べたを歩く人間には興味が無いようで、僕らのほうには飛んで来ない。おかげでだいぶ家に近づくことができた。
 家の前には不動産屋の看板があり、売家であることを示していた。

「こんな飛んでるって、中で誰か死んでるんじゃないの?」
「いや鳥ってそういうの食わないでしょ」
「そっか」

 喋りながら、僕らは家の前をゆっくり通り過ぎる。庭は草が茂っているでもなく、視線を遮るような物は無い。雨戸が開いている。

「でもここが鳥の巣になってるのもおかしいよな。住宅街でさ」
「何かしら鳥が集まる原因が——」

 そう言いかけた瞬間、家の中が見えた。
 見えたのは居間だ。
 男性が突っ立って天井を見上げている。
 パンツ一丁で、気をつけの姿勢で、顔は天井を向いている。
 何だこれ。
 見上げれば、鳥はギャアギャア鳴きながら家の上を旋回していた。いや、鳥っぽいなとか、きっと鳥だろうとか思っていたけど正確には何なのか分からない〝鳥っぽいモノ〟だ。とにかくさっきとは動きが違う。さっきはバラバラの軌道で飛び回っていた。いまは、隊列を組んでいるみたいにひとつの大きな円を描いてぐるぐる回っている。

「おいおいおい、やべー、やべーって」

 彼が急に慌てだした。やべーのは分かってるよと返すと、彼は居間の男を指さした。
 居間の男が、鳥の旋回に合わせるように体を揺らし始める。
 ぐるぐる。
 ゆらゆら。
 ぐるぐる。
 ゆらゆら。
 目の前のものは全部気持ち悪いし説明がつくものが何もない。
 僕らはやばい怖いと言いながらその場を離れ、大通りに戻った。

「……あれ何?」
「わかんね……」
「看板あったけど、だったらさ、売ってる家なら中に人が居ちゃダメだよね」
「……ダメだねえ……」

 半年くらい経ってからまた見に行ってみたら、家はなくなり更地になっていた。
 駐車場を作る予定です、みたいな看板が立っていた。
 あれはいったい何だったんだろうか。


※「禍ちゃんねる 平成最後の怖い話スペシャル」より

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