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禍話リライト「喜か怒か哀か楽か」

 とある姉弟の、お姉さんのほうから聞いた話だ。

 お姉さんは大学生で弟さんは高校生。たまに親御さんが家を空けることがあると、弟さんは夜遅くまで友達と遊びに行ってしまうのだそうだ。
 ある夏の、親御さんが不在の夜のこと。連絡があったら自分の所在は上手く誤魔化してくれ、と弟さんから頼まれたらしい。

「いいけど、どこ行くの?」
「今日はねー、肝試し」
「肝試し? バカなことやって補導なんかされないようにしなさいよ」
「大丈夫、トンネルとかダムとかじゃなくて家のなかだから」
「え、それ不法侵入じゃないの。余計大変なことになるじゃん、やめなよ」
「平気だよ。あんまりパトロールとか無いんだって」

 俺もそういうの気になるから聞いたんだけど、と弟さんは今夜の目的地について聞かせてくれた。
 取り壊しが決まっているアパートの、一番奥の部屋。
 かつて住んでいたのは管理人だか大家だかの親戚。
 芸術家志望の男性で、結局芽が出ないまま亡くなってしまった。
 一番奥の部屋にはその人の遺品が残っている。
 長居すると災いがあるとかなんとか。

「行ってみて何も無かったらすぐ帰って来るよ」
「日付変わるまでには帰りなさいよ」

 弟さんを送り出したお姉さんは一人で食事をして風呂に入り、テレビを見ているうちになんだか眠くなってきたそうだ。時計を見ると二十三時だった。夜更かしは平気なはずなのにひどく眠い。
 小一時間ほど眠ればどうにかなりそうだったので、お姉さんは居間のソファーに横になった。
 そして、夢を見た。
 夢のなかのお姉さんは高校の制服を着て、バスに乗っている。車内は高校生でいっぱいになっている。修学旅行みたいな雰囲気で、誰かが楽しそうに話しかけてくる。大勢乗っている高校生たちは知らない顔ばかりで、実際の友人は一人もいない。引率の先生にもバスガイドさんにも見覚えが無い。さっきから同じ道を走っているような気がする。真っ直ぐな道だけど、ずっと窓の外の景色が変わらない。気持ち悪いな、と思ってーー夢が終わった。
 パッと目が開いて無意識に時計を見ると、一時間くらい経っていたらしい。眠気も消えて頭がスッキリした、と思ったら今度は瞼が重くなった。眠いんじゃない。まるで誰かに指で押されているかのように、ぐーっと瞼が下りていく。体が動かない。
 目を閉じたお姉さんは、居間の入口に誰かが立っているのを感じた。
 ミシ、と床板を踏み込んだ気配も感じた。
 そいつはまっすぐソファーに向かってきた。こいつ裸足だな、と思う。
 人の形をした気配が覆い被さってくる。
 唇の両端に指が触れ、ぐっと押し上げられる。
 なにこれ? なにしてんの? と混乱したお姉さんはあまりの恐怖に気絶した。
 次に目を覚ましたときには弟さんが帰宅していたそうだ。ソファーから床に転がり落ちた格好のお姉さんを心配して声を掛けてくれていた。日付は既に変わっている。
 お姉さんが先程の体験を話してやると、弟さんはひどく怖がって、肝試しの顛末を聞かせてくれた。


 ボロボロのアパートに着いた男子高校生四人組は、一人ずつ例の部屋に行くことにしたそうだ。
 弟さんは三番手。部屋の奥に積まれた段ボール箱に尻込みして、中には入らず引き返したという。
 次に友人T君が出発し、ーー帰って来ない。

「俺は見なかったけど、あの箱の中って見た?」

 一番手と二番手の友人に訊いたところ、お面の土台みたいなのが入ってた、と返答があった。

「原型っていうのかな、いっぱい」
「中途半端に粘土か何か盛ってあるやつもあって気持ち悪かったな」
「えー、そうなの……」
「…………おせえなアイツ」

 待てど暮らせど帰って来ない。
 仕方がないので三人はアパートに向かう。例の部屋に足を踏み入れると、T君は入口の近くに座り込んで泣いていた。泣きながら、どうしよ、どうしよ、と繰り返している。

「どうしよ、おれ選んじゃったよ」
「え、なに?」
「今さ、中に入ろうと思ったらさ、人がいてーー知らない人がいてさ。最初おれ仕込みかと思って。ドッキリだなって。上手く隠れてたなあと思ってさ。ぜんぜん知らないお兄さんみたいな人がいて、選べって」
「なにを?」
「喜怒哀楽どれか選べって。今から手を三回鳴らすから喜怒哀楽どれか選べって言われた」
「喜怒哀楽を?」
「三回鳴らすっていうのが、お兄さんがパンパンパンってすごく速く手を叩いて。おれ、ウワーとなって『喜ぶ喜ぶ!』って選んじゃったけどさあ、『喜ぶ? 喜ぶでいいんだ? 喜ぶでいいんだね?』つってお兄さん奥のベランダの方に行ったんだけどさあ、ーーいないよね?」
「いや……いないね」
「おれ選んじゃったけど大丈夫かなあ、喜ぶを選んじゃったよ……」

 いったいどうなるんだろうと思いながら帰ってきた、と弟さんは語ったそうだ。

 同行していた友人たちの家族に何かあったか聞いていないけれど、ひょっとしたらお面の災いは家族に向かうものなのかもしれない。

※「禍話X 第二夜」より

※関連話?:「四面のある部屋」



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