禍話リライト「一人多い家」

 とある家で心中らしき事件があった。
 〝らしき〟というのは、心中と言い切るには不可解な点があったからだ。
 その家にはごく普通の一家が住んでいたそうだ。出火は夜中だった。消防が駆けつけ近隣の住民も見守る中、燃え盛る家から逃げ出してくる者がいない。火の回りが速かったのかと言い合っていた住民たちは、後に、家の中に油が撒かれていたと知ることとなる。家族は一か所に集まって亡くなっており外部から侵入された形跡もなかった。そのため心中だろうと判断されたのだが、不可解だったのは、遺体が一体多かったことだ。
 大きさから子供と判断されたが、誰なのかまったく分からない。DNA鑑定など無い時代のことである。結局、身元不明のまま処理されたそうだ。
その後、件の家は「一人多い家」などと呼ばれるようになり、焼け跡の付近に亡くなったはずの一家が立っている姿が目撃されるようになった。両隣の家の住人は逃げるように引っ越してしまったらしい。
 土地の所有者は焼け跡に新しい家を建てたが、そこには誰も住まわせなかったようだ。カーテンも閉め切っていた。一家の亡霊らしきものはその焼け跡にしか現れないので、四方に壁を立てて囲っておけば見えなくなって良いだろうという具合だった。
 焼け跡に建った家はちょっとした心霊スポットと化し、「行くと助からない家」「何かが起きる家」などと呼ばれるようになった。


 行った人がなんだか凄い目に遭い、行かないようにしようと情報共有され、しかし十年も経てば体験者もいなくなってしまうものだ。
 そんなの噂だろ馬鹿馬鹿しい、という間違った方向にガッツのある若者たちがその家を訪ねようと計画を立てた。夏のことだ。
 その家を知っている人からは行くのを止められたそうだ。行った人が半狂乱で飛び出して来て車に轢かれたなどと聞かされて怖くなったのか、彼らは人数分のおふだを用意した。おふだは大きくて分厚くて、一番年下のA君が荷物持ちに任命された。そうして夜更けに乗り込んだ家は、しんと静まり返っている。犬の鳴き声も聞こえない。蝉も鳴いていない。

「うわ、怖いなー」
「車のエンジンは掛けておこうか」

 そんなことを言い合って、玄関から家に入ったそうだ。これは後から分かったことだが、家は施錠されているはずだった。なのに開いたのだ。警備会社とも契約していたようだが、二日ほど前から何者かによって通報されないように細工されていた。A君に任せたせいか、みんなおふだのことを完全に忘れていた。
 いわくつきではあるものの、ここで誰かが亡くなったわけではない。後から建てた家である。しかし、家の中を見て回るうちに、一同はじわじわと恐怖に蝕まれた。生活感があるのだ。建ててから誰も住んでいないはずの家の中に。
 カーペットなんかがちょっとへこんで、ソファーを動かしたような痕がある。リアリティがあるなと誰かが笑い飛ばした。
 醤油差しをどけてみたら、まるく痕が付いている。差し口から垂れてしまった醤油が乾いて残ったような痕だ。誰かがもう帰ろうと言い出し、別の誰かが同調した。帰りたがる者と探索を続けたがる者は半々だったが、年上の連中が探索を続けたがって押し切る形になった。
 一同が二階に上がってみると、そこには布団が敷かれていたらしい。なんとなく布団をめくってみる。それを見て、一人が声を上げた。

「いま、あの、……いま、布団めくったときに、埃とか舞いませんでしたよね?」
「おう……」
「布団、ふかふかですね。……ちゃんと干したみたいな」
「……そこまでリアリティ追及しねえよな……」
「あれ? あのおふだ……どうしたっけ」
「おふだはAが、」

 A君がいない。
 さっきまで一番後ろをついて来ていたはずだ。

「おいA、Aどこだー?」
「……どうしましたぁ?」

 呼んでみると、A君の声が一階から聞こえた。

「なんだよあいつ、怖いからって玄関にいたのかよ」
「A、お前ふざけんなよー」

 おふだのことを忘れていた自分たちを棚に上げて、文句を言いながらみんなで階段に向かう。

「おいA、おふだどうしたー?」
「あぁ、もう持って来ても無駄だと思うんで車の中に置いて来ましたぁ」
「は? いや何言ってんだお前」

 さっきまで点いていたライトが点かなくなっている。仕方がないので、真っ暗な階下を覗いて呼びかけた。

「何言ってんだよー」
「だからぁ、おふだなんか持って来てもみんな死んじゃうわけですよぉ。おふだに悪いじゃないですかぁ、無理ですよぉ」

 A君がおかしなことを言う。その時、玄関に立つA君のまわりに人が立っているのが見えた。人影が四つ五つ、まわりに立っている。
 不思議なもので、二階の面々はいっせいに目を背けたそうだ。

「だからぁ、」とA君の声が聞こえる。「おふだなんか持って来てもぉ、この家に入った時点で取り憑かれてるんですよぉ。意味ないですよぉ」

 誰も返事しない。なおもA君は喋り続ける。

「ここ普段は鍵しまってるんですよぉ。今日なんで開いてたかって、俺ら誘われてたんですよぉ。決まってたんですよぉ。おふだなんか買ったのが無駄だったんですよぉ」

 聞いているうちに、段々恐怖が怒りに変わってきた。
 しかし、お前何言ってんだ、と言い返そうとした声は尻すぼみになって消えた。
 階下を覗いてもA君の姿が見えないのだ。
 玄関にいる。それは分かる。
 複数の人影がある。それは分かる。
 だが、A君がどれなのか、分からない。
 まわりに立っていた人影の中に溶け込んでしまって、A君が分からない。真っ暗な中の誰かがこちらに話しかけてくる。
 完全に家族の一員になってしまったようだった、と体験者は語っていた。
 暗さに慣れた目でも判別できず、玄関に降りていくのも怖い。彼らは二階の窓から飛び降りて逃げたのだそうだ。
 足を挫いたりしながら脱出し、車の中からおふだを取り出しA君をどうしようかと相談するあいだも玄関のほうから声が聞こえていた。「おふだなんかぁ、」とか言っている。

「明かりで照らすとオバケ消えるって聞いたことあるぞ」
「ダメもとでやってみます……?」

 エンジンを掛けっぱなしだった車のハイビームを玄関に向ける。すると、玄関の引き戸に映る人影が減ったようだった。

「——だからぁ、だめじゃないですかぁ、」
「なあ、あいつだけになったんじゃねえか?」
「……今ならいけるかもよ」
「おう、助けよう!」
「——俺らもう死ぬんですよぉ、」

 駆け寄って開けようとした引き戸には鍵が掛かっていた。A君が掛けたのだろうか。向こう側にいるA君に開けるよう呼びかけてみても、おふだがどうとか言うばかりである。
 仕方なく、彼らは玄関をぶち破ってA君を引きずり出した。
 縋る思いでおふだを持たせてみたが様子は変わらない。
 彼の家に送り届けるあいだも、家に着いてからも、A君は同じようなことを言い続けていた。それでも肉体の方の疲労が限界に達したのか、やがてことりと眠りに落ちた。起きてもまだ言い続けてたらどうしようか、その時はお寺にでも連れて行こうか、などと言い合いながらみんな寝ずにA君を見守っていたそうだ。


 朝になって目覚めたA君は何も覚えていなかった。
 みんなどうしたんすか、なんて呑気なもので。あの家に行ったことはおろか、家の存在自体が記憶から消えてしまっていた。
 こりゃまずいとお寺に連れて行きお祓いをしてもらい、それで一応の片は付いた。

 しかし。
 時々、脈絡なくA君が言うのだそうだ。みんなで集まってわいわい騒いでいるような場で。
「やっぱりだめじゃないですかぁ」と。
 何言ってんだお前、と問いただせば「何がですか?」といつものA君に戻るのだが。
 やべえかな、もっかいお寺に連れて行こうかな、と体験者の男性は悩んでいるそうだ。

※「震!禍話 第二十夜」より

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