禍話リライト「ニワトリちゃん」
昭和の終わりごろのことだ。
その男性教師はある田舎の小学校に赴任した。田舎暮らしは初めてのことで、住人の距離の近さに戸惑うこともあったという。
しかし、新しい生活に慣れるにつれて印象は変わっていった。大人たちの一種の馴れ馴れしさは親切心の表れ。子供たちは純朴で活発。田舎暮らしも悪くないと思うようになった。
彼が勤める小学校は、敷地内にニワトリ小屋があった。別段珍しい話でもない。
小屋と言ってもなかなかの大きさで、子供たちがニワトリの世話をしている。これもまあ珍しくはない。
ひとつ引っかかったのは、ニワトリの呼び方だった。
子供たちは、ニワトリのことを「ニワトリちゃん」と呼ぶのだ。
方言のようなものかもしれない。このあたりではそう呼ぶのが一般的なのかもしれない。
ただ単純に、耳にしたシチュエーションが衝撃的だったせいで引っかかりを覚えたのかもしれない。
子供たちが作業している小屋に通りかかったところ、なかでニワトリが一羽死んでいたのだそうだ。
さぞかし悲しむだろうと思ったが、彼の予想に反して子供たちの対応はあっさりしたものだった。
「ニワトリちゃんはしょうがないね」「埋めてあげようね」などと言いつつ淡々と始末をつけていく。報告を受けた教師も教師で、「ああニワトリちゃんね」と受け流していた。
田舎の子供はこういう事態にも慣れているのだろうかと、なんとも言えない気分になった。
大人も子供も「ニワトリちゃん」と口にするけれど、変に地域に馴染もうとしているなんて印象を持たれるのも嫌で、彼はそう呼ばなかったという。
それから特に何事もなく日々は過ぎていったのだが、やはり彼はニワトリのことが気がかりだった。
よく死ぬのだ。
けっこうな頻度で。
ニワトリの墓だって、なかなかの数になっている。
しかし同僚の教師たちが何も言わないので、そういうものかもしれないと思い直した。病気や喧嘩が原因で死んでしまうこともあるのだろう。
そんなある日。
季節は冬になっていた。インフルエンザが猛威を振るったおかげで同僚の仕事を引き受けることになり、彼は遅くまで学校に残っていた。
もう帰ろうと門に向かって歩いていたとき、ニワトリ小屋のほうから物音が聞こえた。
まだ世話係の子が残っていたのだろうか。
夜闇に耳を澄ます。
妙な違和感がある。
ニワトリ同士の喧嘩のようには聞こえなかった。
誰かいるのか。こんな時間に。
変質者かもしれない。
もしかしたら、ニワトリがよく死ぬのも、そいつが。
彼はニワトリ小屋に行ってみることにした。
真っ暗な小屋のなかから、ニワトリのはばたく音が響く。やはり喧嘩でもしているのか。
小屋の戸に鍵がかかっていることを確かめる。
そのあいだにもニワトリは暴れ続けている。
彼は小屋のなかを覗き、暗さに慣れた目が人影を捉えた。
それは、はだしの子供であったという。
中学生くらいの、女子制服を着た、髪はおかっぱで。
女子中学生は、小屋のなかに立ち、両腕を伸ばし、——ちからいっぱい、ニワトリを絞め殺していた。
状況を完全に理解するより先に、彼は脱兎のごとく逃げ出していた。
走って、逃げて、それからやはり気にはなるので、またニワトリ小屋に戻ったそうだ。
今度は静かなもので、小屋のなかには誰もいなかった。確かに鍵もかかっている。
だがしかし、小屋のなかではニワトリが一羽死んでいた。
いったいどういうことなのか。
混乱した彼は、こちらへ近づいてくる用務員を発見し助けを求めた。そしていま起きたことを説明した。都会から来た余所者の言うことと思われるかもしれないが、と必死に訴える彼に対し、用務員はこう言った。
「ああ、ニワトリちゃん見たんですね」
さらに、用務員は続けた。
「子供が見る分にはいいんだけど、大人が見るとなあ……。二、三日熱が出ますよ」
言葉のとおり、彼は熱に浮かされたのだそうだ。
その後もたびたびニワトリは死んだ。
彼はもう居残りをしなくなったという。
※「震!禍話 第一夜」より
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