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叫び3


私はささやくように言った。「これは詩というものです」
「そう」とカフカは応えた。「これこそ詩というものですー友情と愛の言葉を見にまとった真実です。我々の誰もが、棘だらけの薊(あざみ)から優雅な棕櫚の木にいたるまで、すべてのものが頭上の天空を支えています、満点の重さが、われわれの世界の満点の重さが崩れ落ちぬために。われわれはものを超えて見なければならない。たぶんそれが、ものにより近づく道なのかも知れません。きょうの街での出来事はお忘れなさい。そのおせいは間違っていたのです。どうやら彼女は、 印象と真相とを区別できないのです。これはひとつの欠陥です。その女は惨めだ。感情に狂いがある。この女性は、些細なものにつまずいて、すでにどれほどの傷を負ってきたことでしょう」
 彼は、文鎮のように目の前の雑誌にのせていた私の手に、やさしく触れて、微笑みながら言った。
「印象から認識にいたる道のりは、しばしば遠く、そして困難です。しかもたいていの人間は、脚の弱い旅人にすぎません。彼らが私たちに向かって、壁にでもぶつかるようによろけるときには、彼を宥(ゆる)さねばなりません」

「カフカとの対話 手記と追想」

グスタフ・ヤノーホ・著/吉田仙太郎・訳

(みすず書房)


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