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三十一文字

「「風に舞う 桜の花びら 春の息吹 心に響く 命の喜び」
ん〜、なんか違うな…」

「「夜の静けさ 星が語る 遠い物語 心に残る 夢の煌めき」
だめだ、もっと深みが欲しい…」

おじいちゃんは末期の癌で3ヶ月も前からこの緩和ケア病棟に入院している。
私とお父さん、お母さんは、毎週お見舞いに来ていたんだけど、薬の効果か、いつ来てもおじいちゃんは眠っていて、ろくに話すこともできなかった。

しかしこの日お見舞いに行くと、久しぶりにおじいちゃんが目を覚ましていたんだ。

「おじいちゃん!」
「おぉ、凛ちゃんか、よく来たね」
「今日は調子いいの?体、大丈夫?」
「あぁ、今日は随分と気分がいいよ」
おじいちゃんはそう言って少し微笑んだ。

「ところで、何をしているの?」
おじいちゃんは少し背もたれを上げたベッドにもたれかかり、長細い紙に筆ペンで何かを書いていた。

「これかい?短歌を作っているんだよ」
「短歌?」
「短い詩の事だよ」
「へぇ〜」
見るとおじいちゃんの周りにはたくさんの紙が散らばっていて、そこには短い文章がいくつも書かれていた。

「父さん昔から短歌好きだったもんなぁ〜」
私のお父さんがベッドの椅子に腰掛けながらそう言った。

「え?そうなの?」
「あぁそうだよ。柿本人麻呂、和泉式部、小野小町。
青い空を見上げながら、歌人たちの書いた詩を読んで空想に耽る。
そんな時間が大好きだったんだ」
「へぇ〜」
おじいちゃんは遠い目で窓の外の青空を見つめていた。

「小学生の頃、親父に無理やり万葉集覚えさせられたのを思い出すわぁ〜」
「ははは、あの時はすまなかったな」
そんなやり取りをしていると、おじいちゃんはなんだか疲れてしまったみたいで、

「せっかく来てくれたのにすまないが、少し横にならせてもらうよ」
そう言ってベッドを平らに戻し、目を閉じた。

「じゃあまた来るよ」
「おやすみ、おじいちゃん」
私たちはおじいちゃんのお昼寝を邪魔しないように、家へ帰った。
久しぶりにおじいちゃんと話せた喜びを胸に抱きながら。


そしてその日の夜、おじいちゃんは天国に旅立って行った。
あまりにも急な出来事で正直頭が追いつかなかった。
だって、昼間はあんなに元気そうにしていたのに…
するとお父さんがポツリと言った。

「父さん、最後に大好きな短歌が読みたかったんだろうなぁ」
私はその言葉に、なるほどと納得した。

おじいちゃんが息を引き取ったその日は、奇しくも歌の天才、柿本人麻呂、和泉式部、小野小町と同じ命日だったらしい。


* 3月18日 精霊(しょうれい)の日 *
柿本人麻呂、和泉式部、小野小町の3人の忌日がこの日であると伝えられていることから
引用:今日は何の日(https://www.nnh.to/03/18.html)

[ あとがき ]
万葉集で活躍した3人の命日が一緒ってなんだか不思議ですよね。

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