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心のままに


2024年1月27日(土) 21:00 飛行機は定刻通り成田空港を離陸。
明日の朝、いや、現地到着は今日の朝8:50を予定している。

まだまだ上昇を続ける飛行機。
機内は家族連れや若いカップル、女性数人のグループがほとんどで、皆、これから始まる旅に心を踊らせている。

シートに身を預けながら私は懐かしい事を思い出していた。
始まりは2ヶ月前。

「美里ちゃん!
今日山田と橋本と飲みに行くんだけど、君も来ない?」

毎週のように私を飲みに誘ってくるセクハラ課長。
他の同僚も一緒だと安心させたいようだが、この二人は奴の手下。
同席なんてしたらどうなるかわかったもんじゃない。

「課長、すみません、今日は用事がありまして…」
私はいつものように誘いを断る。
しかし、いつもなら用事があると言えば身を引くのに、この日に限っては、

「きみ、いつも断るよね?
本当は用事なんてないんじゃないの?」
「いえ、本当に毎回用事があって…」

しつこく食いついてきたのだ。
しかも、

「ふぅ〜ん、ま、僕優しいから信じてあげるけどw
ところで、あの案件、今日の飲み会に来れないなら他の人に回すから」
「え?」
「用事、頑張って調整したほうがいいんじゃないかなぁ〜
いい返事、待ってるよ」

商談から必死に頑張った、私の大型案件を誘いを断るなら別の社員に回すと脅してきたのだ。

「わかりました…用事はキャンセルします」

渋々飲み会に参加する旨を伝えた私に、

「そうか、それは良かった!
たくさん飲んで、いろんな話をしような」

課長はニヤニヤしながらそう言った。

そして夜、チェーン店の居酒屋に連れて行かれた私は、そこで最悪な思いをする事になる。

「ほら、美里ちゃ〜ん、上司のグラスが空だよ、ついでついで!」
「いやぁ、君ほんといい体してるよね!もしかしてあの案件もその体で取ってきた?」
セクハラ、パワハラのオンパレードである。
しかも手下どもも調子に乗って私にセクハラしてくる始末。
飲み放題終了までの2時間だけ、耐えろ。。。
そう思い、なんとか笑顔で耐え忍んだ私だったが、会計後、店を出たところで地獄の底に突き落とされてしまった。

「じゃ、美里ちゃん、行こうか」
タクシーを止めた課長が笑顔で私に乗るように促す。

「え?どこに?」
そう聞くと、課長は

「そんなの言わなくてもわかるでしょ?」
ニヤニヤした笑顔で当然のようにセクハラ発言。

「いえ、私はここで…」
「あれぇ、あの大型案件、別の人に回ってもいいのぉ?」
「な、飲みに同席したら他の人には回さないって約束でしたよね?」
「えぇ〜そんなこと言ったかなぁ?
まぁ、言ってたとしてもいいや。
今から変更ね。
この後、ホテルに付き合わなかったら他の人に回しま〜す!」
「はぁ?!」
「さぁどうする?僕としても無理強いしたくないんだけどねぇ〜」

この瞬間、私の目の前は真っ暗になった。
そして、こんな奴の下で働くのも、こんな奴のために仕事をこなすのも、こんな奴のために笑顔でいるのも全てが嫌になった。

「わかりました」
「お、さすが聞き分けのいい美里ちゃんだね!
じゃいこっか」
「今限りを持ちまして、会社を辞めさせて頂きます!」
「は?」
課長は鳩が豆鉄砲くらったような顔をしている。

「では!」
私はそう言うと走って家路を急いだ。

「くそ!くそ!くそ!!!」
帰り道、涙が止まらなかった。
男ばかりの職場でなんとか頑張ってきたのに。
やっと大きな案件も任せてもらえるようになったのに。
神様、こんな仕打ちはあんまりだ!
そんな風に世界を呪っていた時、ふととある看板が目に入った。

「解放される島-」
そこには青い空と青いビーチ。

「明日から無職だし、行ってみようかな…」
思い立って私はすぐに飛行機のチケットを取った。

それからの数日間は最高だった。
乾いた風は心地よく、南国の風景は心を癒してくれた。
そして現地の人たちは笑顔で自由で上司のセクハラやパワハラに悩まされることもなく、本当にのびのびと自分の人生を謳歌しているように見えた。

そうして2週間が過ぎた頃、久々にスマホの電源を入れると大量の着信と留守番電話が入っていた。
確認すると大半が課長で、

「退職なんて認めない。
土下座して謝るなら許してやる」
と言うようなものだった。

後は、部長や人事課からの心配していると言うメッセージだった。
課長はともかく、部長や人事に迷惑をかけたことに罪悪感があった私はすぐに会社に連絡。
部長に繋いでもらい、正式に退職の話と今まで課長に受けてきたセクハラの数々を暴露してやった。

そうして一息ついた私は、ふと思った。
「日本に帰るの嫌だなぁ…」

もうあの課長に会わなくてもいいわけだし、生活の事を考えると戻って再就職するのが一番なのはわかっていた。
でも、

「帰りたくない…」

心が、どうしても日本に戻るのを拒否していた。

「ねぇ私、どうしたいの?」
ポツリと自分に問いかける。
傍目から見たらただの独り言だ。
でも、心臓の真ん中の真ん中から声が聞こえた気がしたんだ。

「ここに住みたい…」

それからの私の行動は早かった。
移住の事を調べ、手続きを進め、住処を確保。
日本の家は解約し、引越しの手続きを整えた。

そして私は新しい居場所へと向かう飛行機の中にいる。

初めての海外移住。
言葉も違うし、文化も違う。
不安がないといえば嘘になるが、正直今はワクワクしかない。

これからの人生、どうなるかはわかないが、少なくとも前の場所にいるよりかはマシだろう。
だって移住は私の心の奥底が望んだものだから。

「どんな結果になっても、楽しむぞ!」
そう呟いた時、

「間も無く当機はハワイ、ホノルルのダニエル・K・イノウエ国際空港に向けて着陸体制に入ります」
キャビンアテンダントさんのアナウンスが聞こえてきた。



* 1月27日 ハワイ移民出発の日 *
1885年のこの日、移民条約によるハワイへの移民第一号の船が横浜港を出航した。
引用:今日は何の日(https://www.nnh.to/01/27.html)

[ あとがき ]
ちょっと過激?な内容になっちゃいましたかね…(そこまででもない?)
ハワイ、2回行ったことがあるんですけどいいところですよね。
日本では体験できない気候とか、自然とか。
また行きたい場所の一つです。


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