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たまには素直に。

「おい、お茶」
「はい、ただいま」

「おい、メシ」
「はい、ただいま」

令和6年1月31日。
ここはとある団地のとある一室。
ここには60代の一組の夫婦が暮らしており、
夫の名前は義行。
妻の名前は志津子と言った。

夫婦には二人の子供がいたが、両者とも独立し家を出て、今では自分の家庭を持っている。
そうしてすっかり静かになった家に響くのは、味気のない会話だけだった。



のだが、どうやら今日は少し様子が違うようだ。

「今日の夕食は鮭の塩焼きか」
「そうですよ」
「俺の好物だな」
「そうですね」
「あ…」
「なんですか?」
「いや、なんでも。
いただきます」
「?
いただきます」

一応いただきますとご馳走様は言うものの、食事中はテレビがつけられ、二人の間に会話はほぼ無いに相応しかった。

そうして沈黙の夕食が終わると、志津子はいつも通り片付けに入る。

「あ…」
「なんですか?お茶ですか?」
「あ、いや…なんでも」
「?
なんか必要なら言って下さいね」
「…わかった」

そう言いつつキッチンに消えていく志津子。
そしてYouTubeで懐かしの歌謡曲を聴きながら洗い物をするのが彼女の日課だった。
そんな中、キッチンから声がかかった。

「お父さん、落ち着いたらお風呂入ってきて下さいね」
「わかった」

返事を聞いてまた洗い物に戻る志津子。
しかし、洗い物を終えてリビングに戻ると。

「あら、お父さん、まだ入ってなかったんですか?」
私服の義行がダイニングテーブルの椅子に座っていた。

「あぁ、ちょっと、な」
「も〜、私が入れないから早く入ってきて下さいよ!」
「いや、あの、その…」
「なんですか?」
「今日は、お前が先に入れ」
「え?」
「今日はお前が先に入れ!」
「2回言わなくても聞こえてますよ。
どうしたんですか?いつも我先にと入るのに…」
「いいんだ、今日はそんな気分なんだ」
「???そうですか?
じゃあお先に入らせて頂きます」
志津子は頭に「?」を浮かべたまま風呂場へと向かって行った。
そしてゆっくり浸かって出てくると…

「え?お父さん、お布団敷いてくれたんですか?」
いつもは家事なんて何もしない義行が布団を敷いていたのだ。

「あぁ」
「えっと、ありがとうございます」
「あぁ」
志津子の方を見ようともせず、ぶっきらぼうに答える義行。
しかし、

「お父さん、何かやましいことでもあります?」
志津子は疑念を抱いていた。
今日の義行の態度はおかしすぎるのだ。

「な!やましいことなんて何もない!」
「じゃあなんでお風呂先に入れとか、布団を敷いてくれたりとか、いつもと違うんですか?」
「そ、それは…」
「ほら、やっぱりやましいことがあるんじゃ無いですか!
なんですか?
正直に言って下さい」
「やましいことでは決してない」
「じゃあ何なんですか?」
「それはだな…」
義行は観念したかのようにスマホの画面を見せた。
そこには…

「1月31日愛妻家の日?」
そう書かれていた。
そう、今日は「愛妻家の日」なのだ。
そしてそのことを知った義行は妻に日頃の感謝を伝えようとしていたのだ。

「あの、志津子」
「はい」
「あ、あ、ありがとう」
「はい。
こちらこそ、いつもありがとうございます」

そうして微笑みあった義行と志津子。
二人の間にはいつもより暖かい空気が流れていた。


* 1月31日 愛妻家の日 *
日本愛妻家協会が制定。
1月の1をIに見立て、「あい(I)さい(31)」の語呂合わせから。
引用:今日は何の日(https://www.nnh.to/01/31.html)

[ あとがき ]
愛妻家の日ですよー!
全国の旦那さん、今日は奥様に愛を伝えて下さい!(笑)


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