ウィーンへ行きました。⑤

コントロールしたいの?

 翌朝起きると、時計は十時を指していた。こんなに寝坊するのは久しぶりだ。日本でも、外地でもどんなに疲れていようが、朝六時前に目が覚めてしまうので困っていた。こうよく寝ると、目覚めも気持ちがいいものだ。
ベッドの中で手足を伸ばす。その爽快感とは裏腹に、頭の中では昨夜の話を思い出していた。
 DV、ドメスティック・ヴァイオレンスーーこんな近くに被害者がいるとは思いもしなかった。綾乃の顔を思い出すだけでも、胸がズキッと痛む。いつも穏やかな笑顔を湛えている綾乃が、私生活でそんなに苦労しているとは。
「私だって、こんなことになるなんて付き合っている頃は想像もしていなかったよ。彼、ちょっと乱暴なところはあったけれど、私、父がそういうところあったし、男の人って、そういうものなのかなって、余り気にしていなかったの」
 と綾乃は言った。
 何があっても暴力を振るう人はだめだ。心の中でそう思った。美樹もそうだったようで、目が合った。

 だがーー。
 枕を抱きかかえながら考える。原田は暴力を振るうことはない。そういう荒々しさは皆無の人だ。だが、ある種の力ーーぴったりくる言葉が見つからないが、強いていえば「権力」だろうかーーわたしより自分の方が上だ、と見せつけようとしているところはある。
 例えば最近は、待ち合わせに遅れて来ても悪びれないようになった。平気で三十分以上遅れてくる。原田の、「ごめん、待った?」とニヤニヤしながら謝る顔を見ると、わたしを待たせたことに喜びを感じているのではないか、と勘ぐってしまうことがあった。
 また、わたしが何か意見を述べると、「ユキちゃんは分かってない」という一言で片付けるようになった。政治の話でも芸能人の不倫の話でも、何でも否定する。食い下がると、「面倒くさいな」「疲れるから止めて」とシャットアウトだ。稀にわたしが「ほら、やっぱりそうでしょ?」と説明するに至ったとしても、原田は「はいはい」と涼しい笑顔を保ちつつ、持論を変えない。まるでわたしの意見など、聞くに値しないかのように。
 もっといえば、フライト後、疲れて眠りたい時でも、原田は執拗にベッドで迫ってくる時がある。わかっているだろうに、来るのだ。その時の顔が「オレが望んでいるのにノーとは言わないよな」とわたしを威嚇しているように感じる。あまりに疲れている時は断るのだが、そうするとむくれて背中を向け、酷い時は帰り支度を始める。
 どれも些細なことだと分かっている。わたしの考え過ぎなのかもしれない。今までは、そう思って流してきた。
 だが、ウィーンへのフライトの前々夜、原田と交わした会話は、胸にこびりついたまま流せずにいる。

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