23.GOEMON

僕が中学2年生くらいの頃、『GOEMON』という映画が放映されました。主演は江口洋介。かの有名な江戸時代の大泥棒「石川五右衛門」をモチーフにした作品なのですが、いわゆる時代劇というよりは、当時最先端のCG技術ををふんだんに使った作品で、CGならではのアクロバティックな表現や幻想的な風景が、まるでゲームの中の世界にいるような気分にさせる、非常にエキサイティングな作品です。

ある日の夕食中のことでした。この『GOEMON』のテレビCMが、家族だんらんの食卓の中流れたのです。時間にしてほんの15秒程度。

CMが終わった瞬間、父が箸を置きました。そして次の瞬間、興奮した表情で「これゼッタイおもしろいぞ!観に行こう!」と言いました。

僕の家はそれほど文化的な素養があるわけではないので、映画に行く機会はそれほど多くはありません。『ハリーポッター』シリーズや『ONE PIECE』などの人気作品に限っては、家族全員で観に行くことはありましたが、それ以外はほとんどDVDで済ませていました。

僕自身、子供の頃は映画館の大きな音響がどうも苦手でしたし、途中で飽きてしまうことが多かったので、それほど映画館は好きではありませんでした。先ほど声を上げた父だって、母と子供がハリーポッターを見ている間、『オレ、パチンコ行ってくるわ!終わったら連絡して!』とひとり別行動してしまうくらいですから、映画にはそれほど興味はないはずです。

しかしながら、その日だけは違いました。目を輝かせる父に、息子たちも賛同したのです。「たしかに!観てぇ!」「面白そう!」4人の兄弟たちは口々に声を上げました。僕も負けじと「俺んち苗字『石川』だし、石川五右衛門の映画なら見るべきだよ!」と言うと、父はニンマリと笑って、「そうだよなぁ!イイこと言うじゃねぇか!」とご機嫌な様子で褒めてくれました。

だいたい家庭内で男だけが盛り上がるような場面では、紅一点の母だけが取り残されてしまいます。その日も母だけは、ようわからん、みたいな顔をしていましたが、そんなこと気にも留めない男たちの満場一致により、その翌週の土曜日、家族全員で映画館に行くことになりました。

そして当日を迎え、車で映画館まで向かいます。久々の家族全員での映画鑑賞ですから、車内はウキウキと上機嫌な空気で満たされていました。いつもなら僕が弟たちをからかうと、「うるさいぞ!」と怒る父も、その日は「あんまりはしゃいでると、映画の途中で眠くなっちゃうぞ」とやんわりと注意をするだけです。

そして映画館に着くやいなや、早速チケットを買い、次に売店でキャラメルポップコーンを3つ、コーラのLサイズを人数分買いました。父もその日だけはパチンコに行かず、家族全員でコーラとポップコーンをつまみながら意気揚々とシアタールームに入っていきました。

そしていよいよ、待ちに待った『GOEMON』がスタートしました。体感したことの無い圧倒的な映像美が、巨大なスクリーンに次々と映し出されます。そして江口洋介が敵と戦うアクションシーンも、まるでゲームのキャラクターのように軽快かつ迫力たっぷり。

そして当時「ワンナイ」で人気絶頂だったガレッジセールのゴリや、K-1ファイターのチェホンマンらも脇役を固め、エンドロールが流れるまで、ずっと興奮しっぱなしでした。途中で眠くなることなんて、一瞬だってありませんでした。

シアタールームを出ると、「いやぁ~、すごかったな!」「めっっっちゃ面白かった!!」「だろぉ!?」と未だ興奮冷めやらぬ男たち。そのまま売店へ向かうと、下敷きやクリアファイルやポスターやら、GOEMONグッズを買いあさりました。その夜の食卓の話題はGOEMONでもちきりでしたし、風呂に入った父は、劇中で五右衛門役の江口洋介のセリフ「いやぁ、絶景!絶景!」と叫び出すし、僕は携帯の待ち受け画面を、江口洋介が不敵な笑みを浮かべる写真に変更しましたし、近年まれに見る家庭内大ヒット作品でした。

月曜日には、僕は学校で友人たちに「GOEMONまじで面白いぞ!」と触れ回ります。「お前、自分が石川だから面白さ倍増してるだけじゃね?」とスカされることも多かったのですが、後にも先にもあれほど心から友人に勧めた作品はないでしょう。

そして月日は流れ、僕は大学2年生になりました。ある日、所属していたラクロス部で「今まで見た中でいちばんおもしろかった映画は?」という話になりました。その時、GOEMONの記憶がふと、僕の中によみがえってきました。と同時に、あの当時の興奮も思い出し、「GOEMONっていう映画なんすけど、あれは名作っすね!超面白いっす!」と鼻息荒く声を上げました。

すると、先輩の1人が、「GOEMON?!あれはクソ映画だろぉ!」と言ったのです。僕はいやいや、めっちゃ面白いじゃないっすか!と返すものの、この中でGOEMONを観たことがある者は僕とその先輩の他にはいませんでした。結局、その先輩の声に押され、GOEMONはクソ映画に認定されてしまいました。その後は『ショーシャンクの空に』とか『ゴースト』とか、文化的素養の無い僕には無縁の洋画のタイトルが、耳の上を滑っていくかのように流れていくのを、ただ僕はぼーっとしながら聞いているだけでした。

あんなにおもしろかったGOEMONがその場のノリでクソ映画認定されてしまったことに、僕はどうしても納得がいきません。家に帰ってもそのモヤモヤは続き、僕はGoogleでGOEMONの評価を調べることにしたのです。

するとそこにあったのは、GOEMONに対する酷評の数々。大手映画サイトでの評価は、☆5つのうち☆3.1がほとんど。こういったサイトでは、よっぽどのことがないと☆3.5を下回ることはほとんどないのですが、☆3.1。さらに検索の予測変換には「GOEMON ひどい」と出る始末。

あの時、家族で映画館に行き、グッズを大量に買ってワイワイ大盛り上がりした温かな記憶が、ガラガラと音を立てて崩れ去るような感覚に襲われました。ALWAYS 3丁目の記憶のごとく、セピア色の懐かしい一家団欒の日々が、一瞬で否定されてしまったのです。

雷に打たれたような衝撃と共に訪れる、しんみりとしたもの哀しい気持ち。センチメンタルな感傷に浸った僕は、その足で近くのGEOに向かいました。

GOEMONは邦画コーナーの片隅にひっそりと佇んでいました。在庫はどれもレンタルされておらず、たっぷりあります。迷わず手に取ってレジに向かい、会計を済ませると足早に家路をまた戻ります。

ディスクを家のDVDプレイヤーにセットし、不安と期待が入り混じる中で、およそ10年ぶりにGOEMONを観ました。

結果を言ってしまうと、「ふつう」でした。

たしかにストーリーは楽しめたものの、あの頃に感じた驚きも、ドキドキも、残念ながらそれほど感じられませんでした。最先端と言われていたCGも、10年も経てば古臭く見えてしまうようで、当時のように興奮することもありませんでした。観終わった感想としては、「やっぱり良いなあ」と言ったものではなく、「ふぅん」と淡々としたものでした。(ただ、中盤の蛍が舞う秘境で、五右衛門と茶々が語らい合うシーンは、すごくエモくて良かったです。)

これが先輩にクソ映画認定されたせいなのか、成長した僕の心に響かなかったせいなのか、はっきりとはわかりません。ただ、中学2年生のあの時、家族みんなでGOEMONを楽しんだ記憶は、僕の中に揺るがないものとして、持っておこうと思いました。今日までにいろんな映画を観ましたが、家族でガハハと和気あいあいと楽しんだGOEMONの楽しさに勝るものはなかなかありません。

名作を理解する心と、そうでない作品も楽しめる心。その二つをいつまでも持っていたいなと、そう思う今日この頃でした。

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