21.コウ、停学になる。

前回の話では弟のコウが小学校の時、全裸でプールに入ったという話をしたが、他にも小学校時代のコウはいろいろとやらかしている。

朝、家を出て学校に行ったと思ったら、自宅の車庫の裏にずっと隠れていたりしたこともあったし、親指をしゃぶる癖がエスカレートして、ずっと親指をチューチューとしゃぶっていたら、しゃぶりすぎて親指にタコができてしまい、お医者さんに取ってもらった、なんてこともあった。

そんなコウの奇行も成長と共にだんだんと落ち着いてきて、中学に上がってからはだいぶ大人しくなっていた。そして中学を卒業したコウは一番上の兄が通っていたのと同じ、公立の工業高校に入学した。

田舎の工業高校なんて、ヤンキーかオタクしかいないようなもので、その中でコウはヤンキーの多い野球部に入っていたので、もれなくヤンキーたちの影響を多分に受け、高校に行き初めてしばらくするうちに、眉毛はどんどん細くなり、口調は荒々しくなっていった。

けれども根は心の優しい真面目なヤツなので、遅刻は絶対しないし、家庭で暴力をふるうこともせず、たばこも吸わない。ヤンキー揃いの野球部の中でもトップクラスに品行方正だったコウは、顧問の先生からも「あいつは真面目だな」などと一目置かれていた。

事件が起こったのは、コウが高校2年生の秋のことであった。当時僕は高校3年で、部活も引退して大学受験を控えていたため、授業が終われば塾に行くかそのまま家に帰って勉強するか、という生活を送っていた。

ちょうど僕が中間テストの時期のことであった。半日で学校が終わり、お昼過ぎに家に帰ると、家にはなぜかコウがいた。コウの高校は別にテスト週間でもなかったし、テストがあったとしても野球部はその後練習があるので、いずれにせよこんな早くにコウが家にいるのはおかしなことだった。

「あれ?コウ、なんでいんの?」と僕が聞くと、コウはなんだか自慢げな表情で、こう言った。

「ああ、オレ、停学になったわ!」

一瞬何を言っているのか理解できず、僕はあっけに取られてコウを見つめていたが、当の本人の表情はなぜか誇らしげで、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

いったい何があったのかと尋ねると、「いや、友達が学校の屋上でたばこ吸ってるの見はってたらよ、先生にバレて停学になったんだよ。」まるで自分がヤンキー漫画の主人公になったかのように、コウは饒舌に語った。

僕は思わず、「えー、お前たばこ吸ったの?うわーだっせ。」と言うと、「吸ってねえよ!俺は!」と答えるコウ。

ん?どういうことだ?よくわからずにさらに話を聞こうとしたのだが、コウはぷいと背を向けてそれ以上僕の問いには答えなかった。

しばらくすると母が帰ってきた。僕が「あのさ、コウが停学になったって言ってるんだけど・・・」と言うと、母は「そうなのよ、ほんと、この子はバカな子だよ」と言う。しかし、息子が停学になった割に、母はそこまでショックな様子でもなく、むしろあっけらかんとしている。母に事情を詳しく聞くと、事の顛末はこういうことだった。

昼休み、コウはクラスの友達に「屋上にたばこ吸いに行こうぜ」と言われて一緒に付いていったらしい。しかし、コウはたばこを吸わないので、友達がたばこを吸うのをただ見ているだけだった。友達に勧められても、俺はいいよ、と言って断ると、「じゃあお前は入口で先生来ないか見張ってろと」言われた。真面目なコウはそれを快諾し、屋上の入り口のドアの近くで先生が来ないか見張っていた。

そこにちょうど、生徒指導の先生が来てしまい、目が合ったコウは「おい、何してるんだ!」と声を掛けられてしまった。ふつうなら、「なんでもないっすよー」とかごまかすところなのだが、とても正直なコウは「ああ、友達がたばこ吸ってるんで、ここで見張ってるんすよ」とそのまましゃべってしまったというのだ。

驚いた先生が慌てて屋上に向かうと、案の定、友人たちがたばこを吸っている現場を目撃し、その場にいた一同は職員室に連れていかれ、停学を言い渡されてしまった。しかし、友達がコウをかばってくれて、コイツはタバコ吸ってない、俺たちが連れてきて、見張らせてただけなんだ、と先生たちに訴えたのだ。日ごろのコウの真面目な行いの甲斐もあってか、友達らの必死の訴えが先生に通じ、他の友達たちは1か月の謹慎期間の所、コウだけは1週間という軽い処分で済んだのだった。

そして今こうして、家にいるというわけだ。僕はオラついているコウに、お前は不良ぶってるみたいだけど、タバコ吸ってないし、結果的に先生に報告してるから、むしろただの良い子だぞ。あと、友達めっちゃいいヤツだな。と伝えると、コウは「まあ、あいつらは仲間だからな!」と謎にポジティブな返事をしてそのまま自分の部屋に戻っていった。

身内が停学になって初めて知ったのだが、停学中は何をしても良いというわけではなく、ちゃんと学校に行っている時と同じように、家でも過ごさないといけないらしいのだ。始業時間までには制服を着て、家の勉強机に座り、学校の時間割と同じ科目を勉強して、授業が終わったら休み時間を取る、というように。

ただ、よく見るヤンキー漫画のイメージだと、停学になった不良たちはもちろんそんなことをしていなし、たぶん現実でも停学処分になるような不良たちは、このルールをちゃんと守るなんてことはしないだろう。

けれども真面目なコウは違った。次の朝、僕が眠い目をこすりながらリビングに行くと、そこには僕よりも朝早く起きて、きちんとブレザーに着替えて朝食を食べているコウの姿があった。僕がダラダラとご飯を食べているうちに、ちゃちゃっとご飯を食べ終えたコウは、自分で食器を台所まで運んで片付けて(コウは普段から自分で食器を片付ける人である)、そのまま自分の部屋に戻っていった。

そして僕は学校に行き、授業を終えて夕方頃に家に戻ると、ちょうど自分の部屋のドアから出てきたコウと出くわした。どうやらこの時間までちゃんと勉強をしていたらしい。

そんな生活を、コウはきっちり1週間やり遂げて、再びコウは学校へと戻っていった。その時僕は「コイツ、ほんとに真面目なんだな・・・」とあっけにとられると共に、それまでただの阿呆だと思っていた我が弟を、少しだけ尊敬したのであった。

その後コウは大きな問題を起こすこともなく、野球部も最後の大会までレギュラーとしてやり切って、引退後は野球部の顧問の先生に、真面目さと時間をきっちり守れることを評価され、JRの駅員さんへの就職口を紹介してもらった。

家族はみな、まあ内定は厳しいだろうなと思っていたが、周囲の予想に反してコウは試験に面接と順調に進み、最終的に内定を勝ち取った。今ではきちんと駅員さんとして日夜働いている。

小学校時代、フルチンでプールに入っていたあのコウが、ちゃんと駅員さんをやっていると思うと、なかなか感慨深いものがある。ちょっぴりヘンだけど、結局良いヤツ。そんな僕の弟のお話でした。

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