見出し画像

アリーナから紙のMTGを始めた。皆優しかった。ある一点を除いて。(前編)

MTGやってます。アリーナで。

最近マジック・ザ・ギャザリング(MtG)というカードゲームをやっている。
MtGは1993年に発売された世界最初のトレーディングカードゲーム(TCG)であり、世界で最もプレイされているカードゲームとギネス認定もされたりしている。歴史と伝統あるゲームだ。

初心者がゲームの歴史の長さを持ち出す時に言いたい事はだいたい絞られている。「なんか敷居が高いなぁ(誤用)」と敬遠する時のそれだ。

実際、高校時代の友人やTwitterのフォロワーにもポツポツとプレイヤーはいるらしいのは見ていたのだが、小学生の頃以来カードゲームから離れていた俺は、興味はあっても実際にプレイするには至っていなかった。

幸い、現在では「MTGアリーナ」という基本無料ゲームがあるので、去年くらいに軽い気持ちで始め、テフェリーとナーセットが並ぶ盤面にガン萎えして軽く引退したり、最近また軽い気持ちで復帰して「まだ現役だったのかよあのハゲ!!!」と軽く全ギレしたりしていた。
なので俺にとってのMTGは完全にデジタルゲームであり、「MTGをやっている」とは言えるが「カードゲームをやっている」と表現するとちょっと語弊があるかもしれない。

MTGというゲームの面白さはMTGアリーナで十分に味わえていたが、そんな俺がある日、紙の(実物のカードの)デッキが組みたいと思うようになった。

イチローに憧れる素人

きっかけは八十岡 翔太選手。通称ヤソの存在だ。
MtGプレイヤーには紹介するまでもない人物だが、時に本人しか使えないとすら称される独特のデッキ構築をし、巧みなプレイングで殿堂入りを成し遂げた偉大なプレイヤーの一人である。

……流石に、「ヤソのプレイングを真似したくて始めました」とは言わない。「現役時代のイチロー見てたら俺もああいうバッティングしてみたくなったんだワ」とか言って初めてバット買ってきたおっさんみたいなもんだ。

実際、彼を目にしたのは大会の映像ではなく、トモハッピーチャンネルという動画への出演である。
MTG専門カードショップとして国内最王手である「晴れる屋」の社長であり、自身もプロプレイヤーである齋藤 友晴氏が運営するこのチャンネルには、旧知の仲として八十岡選手も登場する。
二人が共演するコンテンツの一つに「MTGあの頃対決」という物があり、過去の環境を再現したゲームを見る事ができる。
……まぁ、その内容はどうでもよかった。心奪われたのはヤソの華麗なカードシャッフルだった。

ファローシャッフル(カードの山を2つに分け、それを互いにめり込ませるように噛み合わせ混ぜるシャッフル)の亜種なのだと思うが、2つに分けた山をある程度噛み合わせ、その後カードを自由落下させて束を整える。長年のプレイで手に染み付いた一連の動作は、それ自体がマジシャンの手品の如く華麗だ。

「アレやってみてぇなぁ」と思うようになった。
さっきの例えを引用すれば「野球やった事ないけどイチローのルーティン格好良かったから真似してみたくなったんだワ」とか言って初めてバット買ってきたおっさんという事になるがモノマネするくらいは許して欲しい。

ともあれ、八十岡選手のシャッフルを真似してみたいと思った。シャッフルするには紙のカードが必要になる。
勿論、シャッフルするだけならタダで手に入るコモンカードか何かを60枚集めれば目標自体は達成出来るが、いい歳した大人としてそれはあまりにも侘しいので、とりあえずスタンダードフォーマットで使えるデッキを組もう、と決断した。

店員さんごめんなさい

組んだデッキは「ターボゲート」。「門」というカテゴリの土地に絡むカードを用い、潤沢なマナと大量ドローで相手を捻じ伏せるパワフルなデッキ。

ターボゲートを組んだ理由は2つ。
一つはMTGアリーナで最も使い慣れたデッキである事。
様々なデッキを試しはしたが、復帰直後のシーズンではターボゲート一本でブロンズからプラチナまで戦い抜いた、いわば相棒とも言えるデッキだ。(「プラチナランク」と書くと結構な高ランクに聞こえるが、MTGアリーナのプラチナはシステム上勝率35%で昇格出来る)
ゲーム上の電子データとしてしか存在していなかった自分のデッキを物理的に具現化する。ちょっと心ときめかないだろうか。

もう一つの理由は値段だ。

ターボゲートのカードは安い。理由は簡単で、デッキの大部分を占める「門」という土地が最低レア度のコモンであり、「門」を参照するカードも「門」デッキにしか使わないので需要が高くない。様々なデッキに使用出来る一部の汎用カードを除き圧倒的に安く手に入れられるのだ。
実際、今回購入したデッキで最も高く付いたのは《ハイドロイド混成体/Hydroid Krasis》という汎用カードで一枚1100円程度。最高レア度の強力なカードの中でもかなり安めであり、残りのカードも高くとも500円程度で、総計で1万円を大きく下回った。
これがどれほど安いかというと、スタンダード環境トップクラスの汎用カード「自然の怒りのタイタン、ウーロ」一枚より安い。カード一枚買うお金でデッキが組めちゃう。逆にウーロどんだけ高いんだ。

思い立ってから行動に移すまでは速かった。晴れる屋の秋葉原店にて怒涛のシングル買い。晴れる屋には店内注文システムがあり、ポチポチカードを選ぶだけで店員さんが在庫からカードを引っ張り出してくれる。
オーダーを送信した直後、「マジかよ」みたいな空気が店員間で走ったのを肌で感じた。クソ安いカードを60枚近く注文されればそりゃそうだ。ほんとごめんなさい。めちゃくちゃテンパっていたので「アゾリウスのギルド門」を間違って8枚買っている事に気が付かなかった。(3枚しか使わない)
ともあれスリーブやデッキケース等合わせて購入し、晴れて初めて紙のデッキを手にするに至った。

デッキは回る。相手のはもっと回る。ローテーションも回る。

デッキ購入を報告してしばらくしてから、カードゲームの現状に詳しい知人から「正気を疑う」とのコメントを賜った。

ターボゲートを買った理由と同じく、ターボゲートを買うべきではない理由も2つある。

1つ目は、ターボゲートが時代遅れの低速デッキである事。
デッキの主軸である「門」という土地は、タップイン土地という「使えるのが次のターンから」という特性を持っている。
ここまで読んでて「MTGマジで知らない」という人がいるのか怪しいので詳しい説明は省くが、要するに他のデッキと比べて動き出しが1ターン遅れる。ターボゲートの主要カードは3マナなのに、だ。

現代のMTGにおいて相手に2~3ターン完全フリーで動かれる事は結構な確率での「死」を意味する。アグロデッキが相手なら1枚目のカードを使用する前にライフが半分以下まで削られているなどザラであるし、ミッドレンジ相手でも動ける頃には対処しきれない巨大なサイズが場に出てタコ殴りにされて終わる事も多い。
エンジンがかかれば強いのは確かなのだが、今のMTGはそれを待ってくれる程展開が遅くない。

残されたもう1つの理由はより致命的。
このターボゲートというデッキ、もうすぐ使えなくなる。

先程「このデッキは時代遅れ」といった。実際、デッキの主軸である「門」に関するカードは二年近く前のパックに収録された物だ。
そして「スタンダード」というフォーマットは定期的に使えるカードがローテーションしていく。その範囲はおおよそ2年間。

そう。ターボゲートはもうすぐスタン落ちする。
このデッキを買ったのが7月22日。次のローテーション(スタン落ち)は9月。いくら安いと言えど1ヶ月ちょっとしか使えないカードを山盛り買うのは賢い行動とは言えないだろう。

でも俺としてはそれで満足していた。そもそも紙のMTGで対戦する相手などいない。デッキが弱かろうがもうすぐスタン落ちしようが関係なかった。具現化した相棒を手に、ハンドスピナー感覚でデッキをシャッフルして楽しんでいた。ヤソ式シャッフルは案の定難しかったので、「開封大好き」という名義でYouTubeに動画を投稿しているよしひろ氏のシャッフルも真似してみた。こちらも見た目は華麗であるが幾分か真似しやすくご満悦だった。スリーブがやたら滑るので10回に1回はカードが吹っ飛んだりしたが。

犯行動機

それから数日後。俺の中にある感情が産まれる。

「紙で対戦してぇ~……」

だって手元にデッキがある。デッキがあるなら使ってみたくなってしまった。
こいつ絶対ナイフとか模造刀とか買っちゃ駄目なタイプだな。

実際MTGアリーナをしているからルールはだいたいわかる。でもアリーナは自動で色々処理してくれるから紙で同じ事をやれって言われても出来る気がしないし、そもそも知らん人と対戦すんのこえー。
「は?何してんのお前」とか「え?これの効果も知らんの?」みたいな事言われたらどうしようという恐怖。コミュ障はカードゲームすら遊べないのか。

でも、そんなド偏見から為る恐れよりも、ほんのちょっとだけ「紙でやりたい」という気持ちが勝った。

俺が踏んだ一歩目は晴れる屋の初心者講習会。
完全な未プレイでも、昔やってたけど最近のルールは…という復帰勢でも受講OKという間口の広さだったのでトーナメントセンター東京店へと足を運んだ。
その日は参加者1名だった為スタッフとのマンツーマン。卓上カレンダーのような紙芝居を用いた色のイメージの説明から、ウェルカムデッキを使用しての実践形式での講習だった。

……正直テンパり過ぎて結構な量の記憶が飛んでいるのだが(複数ブロック時のダメージ割り振りとかを質問した気がする)最後の最後にこちらから一つ質問をぶつけた。

「対戦前に『自分初心者なんで……』って自称するのは大丈夫ですかね?」
馬鹿みたいな質問かもしれないが、紙が未経験の人間にとっては死活問題だ。
「わかんない事だらけなんで変な事してたら言って下さいね」みたいな予防線を張れるのならば、処理を間違えても指摘して貰えるし、知らないカードに対して「それどういう効果なんですか?」と尋ねる事も出来る。

だが「初心者です」と自称して相手にゲーム進行を委ねる事自体が許されない事だって想定出来る。
対戦をお願いする以上、基本的な効果の処理は自分で出来て当たり前みたいな暗黙の了解があるとか、そもそも対戦相手に初心者を自称する事が好まれない風潮がある事だって考えられる。実際に人狼ゲームのように初心者宣言をする事が明確なバッドマナーとされているゲームだってある。
経験者から見たら至極当たり前の事だったとしても、未知の界隈の空気は外から知る事は出来ない。

「そうですねぇ……」
レクチャー担当の店員さんは少し考え込んでから答えた。
「全然大丈夫だと思いますよ。今頑張ってデメリット考えてみましたけど思いつかないですね」

滅茶苦茶記憶が曖昧なのだが、だいたいこんな回答だったはず。

「よし、大会出よう」

決断は一瞬だった。

大会出る前振りで4000文字を超えてしまったので前後篇に分けます。

https://note.com/stormroastpork/n/nd3f58048e95b

サポートして頂いた分は俺が肥える為の糧とさせていただきます。 引退馬関連の記事にサポート頂いた分は引退馬支援に何らかの形で還元いたします。