東西と歴史の谷風その2〜インド シュリナガル〜


シュリナガルのバスターミナルに着くと、トラックとバスが、けたたましくクラクションと土埃を巻き上げながら行き来し、騒然としていてまるで戦場のようだった。実際に軍用車両も目についた。
予約していたラダック行きのバスに乗り込み「予約してたんだけど」というと、「お前の席はない」と一刀両断された。「どうすればいいんだ」と一緒に来てくれていたガイドに聞くと「運送用トラックをヒッチハイクで止めるといい」と言われた。「お前最初からそれ言いに着いて来たのか」と内心思いながら運送トラックをヒッチハイクして止めた。比較的あっさり何度かの挑戦で運送用トラックは止められた。高齢のドライバーとグリーンの目の綺麗な髭を生やした青年のアシスタントのコンビだった。3人で並んで座ってトラックに揺られながらヒマラヤの険しい谷を抜け山脈に入って行った。
美しいヒマラヤの渓谷に感動しながら、また落ちたらやばいなという恐怖を抑えながらトラックの旅は続いた。かなりヒマラヤ山脈を登った渓谷の崖っ淵で、夕陽が山を茜に染めながら沈む絶好のポイントで、トラックは止まり、アシスタントの若者は食事の準備を始めた。山のさらに高いところにはオレンジ色の衣を着てサドゥー(修行僧)が夕陽に照らされながら瞑想していた。保護色かと思うくらいオレンジ色の夕陽に溶け込んでいた。
食事はその辺りの薬草も入れて煮込んだような薬膳カレーでこれまた絶品だった。私は持ってきたナンを差し出して、それをつけてすくいながらながらみんなでカレーを食べた。シユリナガルのハウスボートでもらって来たナンはとても美味しかった。あたりには数台のトラックが同様に隊列のように車両を停めて食事をしていた。
食事が終わるとさらにトラックは険しい道を進み、夜も深くなると車両を止めた。アシスタントが今度は後部座席の方をベッドメイキングし始めた。結局、私がその後部のベッドで寝ることになり、ドライバーとアシスタントは椅子を倒してベッドにして寝た。
夜中に目が覚めてどうしても我慢できなくなったので用を足すために外に出た。
すると驚いたことに、空も目の高さも足元も、つまり上も横も正面も下も満天の輝く星で埋め尽くされていた。あっち向いてホイをやれば、向いた先全てが星で埋め尽くすされている状態だ。そしてまるで最高の宝石をあたり一面に散らばらせたようだった。さらに星と月で凍った山々が反射して青光りしていた。後でルートを調べたのだが、おそらくそこはカルギルに行く途中の標高5000m級のゾジラ峠ではなかったかと思われる。用を足しながら、心を奪われてうっとりしながらしばらくそこに立ち尽くしていたが、さすがに寒くなったので中に戻り毛布に包まり再び眠りについた。
夜が明けると美しい川の流れにそって谷間に草原が広がる道を走っていた。途中車両を停めて外に出て川で顔洗って歯を磨いた。ベッドはアシスタントが元に戻してくれた。時々ヤギを放牧していたり、子どもが水浴びしていたりした。それはまるで桃源郷のような美しい風景だった。
トラックがカルギルの街に着くと、ここから戻るからラダック行きの別のトラックかバスを明日の朝探してくれとのことだった。お礼を言って、言われていた料金を払って彼らに別れを告げると、とりあえず宿を探した。巡礼団が泊まる安宿があったので、そこに泊まることにした。野戦病院のような簡易ベッドが並ぶ大部屋で、ラダックに行く巡礼団と一緒になった。街を散策しながら昼と夜はカレーを買って持って来たナンをつけて食べた。夜どうやら巡礼団の一人の若者が喘息の発作を起こし熱にうなされているようなので、気功を入れて癒してやると落ち着いて眠りに着いた。私も安心して朝までぐっすりと眠りに着いた。

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