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【没作供養】ミサキちゃん

妻のママ友から聞いた話。

その家の娘さん(仮にケイちゃんとします)が「ミサキちゃん」というお友達のことを自宅で話し出したのは、三年生に上がったころのことでした。

放課後、ケイちゃんはランドセルを放り出してすぐ遊びに出かけます。「ミサキちゃん」のところに行くと言うのです。毎日毎日、日が暮れるまで遊んでいて、仲の良い友達ができてよかった、というくらいに思っていました。

異変に気づいたのは、二か月くらい経ったころのことです。明るくて笑顔の絶えないケイちゃんが、次第に真顔でいることが増えてきました。

「きょうもミサキちゃんと遊んでたの?」
「うん」
「ミサキちゃんも三年生なの?」
「わかんない。同じくらいと思う」
「学校では会わないの?」
「会ったことない」
「どこに住んでるの?」
「知らない」

一見、何気ない会話ですが、この狭い町内で友達の学年も、どこに住んでいるかもわからないというのは変です。ママは、近所の私の妻も含む近所のママ友に「ミサキちゃん」のことを聞いてまわりましたが、だれも「ミサキちゃん」を知りません。

もしかして、悪いことに巻き込まれている…?嫌な予感がしたママは、「ミサキちゃんに呼ばれた」と遊びに出るケイちゃんを、そっとつけてみました。

ケイちゃんは、黙々と近所の裏道を歩いていきます。小学校を通り過ぎ、近所にある神社の境内も通り過ぎ、ただただ歩いていきます。歩道橋をわたり、また路地に入り、用水路の脇の狭い通路で止まりました。

何もありません。

黄土色をした汚らしい用水路があるばかり。水門でせき止めたのか、水は引いていて、フナが一匹取り残されていました。まだ生きているようでしたが、だいぶ弱っています。

ケイちゃんは手すりの前で「気をつけ」をして、まっすぐ前を見ているばかりです。表情もなくケイちゃんはずっとそこにいました。ママは先に帰宅し、家で話を聞きました。

「ケイちゃん、きょうはなにしてミサキちゃんと遊んだの?」
「かくれんぼ」
「どこで遊んだの?」
「この近く」
「楽しかった?」
「ママも見てたでしょ」
「え…」
「見いつけた」

そう言って、にやりと笑うとケイちゃんは急に気を失いました。その後、39度くらいの高熱が二、三日つづきましたが、数日後に回復しました。

その後のケイちゃんは笑顔の多い、元気な子に戻りましたが、なぜか「ミサキちゃん」のことはまったく覚えていないそうです。

* * * * *

上記作品は、或る怪談の公募に出品したものの、残念ながら落選となってしまったものです。このまま消えていくのではなく、せめてみなさまに一瞬でも楽しんでいただければと思い、掲載しました。お読みいただきありがとうございます。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。