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【夢日記】遅刻

会社に向かっている。

転勤したので、会社に向かう道のりにまだ慣れない。ぼくは駅までまっすぐに伸びた太い道路を西に進んでいく。時計は始業時間の寸前を指している。実にまずい、着任早々遅刻するわけにもいかない。ぼくは最近急に強くなった日差しに汗ばみながら、懸命にペダルをこぎ続けた。ペダルを…?そう、ぼくはなぜか自転車に乗っていることに気づいた。家から三十キロ以上あるはずだけれども、ぼくはいまどうして自転車に乗っているのかしらん。とんとわからない。わからないが、悩んでいても仕方がないからペダルをこぎ続ける。額から垂れてくる汗を手の甲で拭った。

あッ…!

本当なら左に折れるところを、勢いでツイ行き過ぎてしまった。慌てて引き返す。左に曲がると、そこは果たしてぼくの見も知らぬ道であった。無暗に細い路地が、建てたばかりと思しき家々の隙間を縫ってくねくねとつづいている。会社はどっちだ。右手に小さな公園が見える。どうせもう間に合わないのだから、そこで一服して行こうかしら。

キキッ…とけんかに負けた猿みたような声を出して、ブレーキがぼくの自転車を停めた。

外套の左のポケットに入れてあるたばこを出して火をつけようと思ったが、そんなものはない。否、ないどころか、そもそもぼくは外套を着ていなかった。はてな、どうして自分は外套を着てこなかったろう。そう思って、下を向き自分の恰好をぼくは点検した。するとどうだ、ネクタイはしていない、ワイシャツも来ていない、寝間着のまま三十キロもの道のりを自転車に乗ってきた自分にぼくは気づいて仕舞った。

会社に言い訳するためのさまざまのことをぼくは一瞬のうちにいろいろ考えようとした。考えようとしたが妙案はなにも浮かばない。困った。実に困った。とりあえず、会社に何としても電話しなければなるまい。…。電話もない。夢遊病者のようにして宅を出るときに、みんな置いてきて仕舞ったに相違ない。

嗚呼、参ったな…。

万策尽きたところで小便がしたくなってきた。そこの公衆便所にでも…、と思ったら部屋のソファで気絶している自分に気がついた。家族の者はみな出かけているらしい。時計を見ると十一時を指している。仕事はいつも午後からだから、問題なく間に合う。ぼくはのろのろと起き出して便所に行き、浴室でシャワーを浴び、珈琲を一杯飲んで、シャツに袖を通し、まちがいなくネクタイをして、スーツと外套を着込む。そうして、ひとつ大きなため息をついてから、ぼくは玄関先の物入れに置いてある自動車の鍵を手に取った。二つとなりの街にある転勤先の職場まで、ゆうに三十キロ以上。自動車でたっぷり一時間以上かかる。夢を反芻する時間はいくらでもありそうだ。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。