見出し画像

【夢日記】或る採用試験

時計はモウ正午過ぎを指している。

ぼくは広い駐車場に慌ただしく車を乗り付ける。建物の近くに車を駐めようかとも思うのだが、区画には番号が振ってあり、ところどころ破れた金網に錆びた標識で「職員用」と書かれてある。「嗚呼、此処では駄目だな」と思い、急いでいるのにもかかわらず仕方なく少し遠くに駐めてぼくは早足で歩く。

此処は、国会図書館である。

きょうは採用試験の日で、ぼくは試験に遅刻しようとしている。国会図書館の建物は確かに広いのだけれども、古びていて、どこか汚らしい印象を与えている。荘厳な宮殿の如き建造物を想像していたぼくは些か幻滅を感じつつ、入口を探す。

職員通用口と云った風情の鉄扉が遠慮がちに開いており、「採用試験会場」の立て札がある。入口もコンナものか…と思い思い、ぼくはそそくさと中に入る。

中は天井が低い、安っぽい内装である。

幸いまだ試験は開始していないと見えて、わずかだが人の流れがある。それについて行くと、狭い宴会場みたような場所に到着する。けれども、係員が私の名前を聞くなり、「此処ではありません。隣の試験室ですから、其方へどうぞ」と云う。

隣の部屋も似たような内装の宴会場だが、此部屋はモウ少し広いようである。床にはシミだらけのカアペット。前方には試験時間等の書かれてあるホワイトボオド。入口近くの壁には席順の書かれた紙が掲示されてある。

席に就くのに受験票を探すけれども見当たらない。存外、自分は落ち着いている。とにかく壁の席順を見ると、「◯◯」とぼくの下の名前が書かれてある。「フウン、変わった表示もあるものだな」と思うが、ほかに同じ名前の者もないようなので、其処に腰を落ち着ける。

座る前に壁際に戸棚があることに気づく。まるで場末の居酒屋のボトルキイプのようにして、棚には安い酒の緑色の角張った瓶が沢山置かれてある。それぞれにはキイプしている者のものらしい名前が、矢張り下の名前ばかりで書かれている。酒瓶に埃が溜まっているのが目につく。

椅子や机も事務的なのを想像していたが、昔の温泉ホテルかなにかのロビイにあるような、ごてごてとした装飾のある深くて低い一人がけのソフアに座るようだ。更に奇妙な事に、座席はまっすぐ前を向くのでなく、硝子板のテエブルを間にして、ほかの人と差し向かいに座るような恰好になっている。ぼくは前から三列目に座っていて、向かいの人は欠席のようだ。

試験に遅れると思って慌てて入ってきたけれども、試験はいっこう始まる様子がない。ホワイトボオドには乱雑な字で試験時間だの、注意事項だのが書かれてあるのだが、たれも気にかける気色がない。何時になったら試験が始まるのかしらん、と此方が待ちかねていると、隣の席に(ホワイトボオドに近いから「前の席」と云うべきか)に夫婦が連れ立ってやって来る。二人は譲り合っているが、夫人の方が私の隣に座り、更にその向かいに亭主が座る。「ヤア、今回も楽しみだね」とか何とか亭主が云っているのが聞こえてくる。

「お待ち遠様でした」

と声がかかって、職員らしい若者が快活な様子で僕の前の硝子テエブルに料理を置く。其れはどうやら、カツ丼のようである。厭に汁気が多いのが気になるが、全部の席に配膳されて周囲が食べ始めているから、ぼくも何となく箸をつけることにする。

やけに塩辛い。

米はスッカリ黒っぽい汁に漬かってしまっているから、其方にはあまり手を付けずに衣のベロベロに剥がれた卵とじのカツレツだけつつくことにする。その後も硝子テエブルに卵料理ばかりがふんだんに載せられていく。嗚呼、こんなに卵ばかり使って、一体何個の卵をきょうだけで使っているのかしらん、と無用の心配をする。

それにしても試験が始まらないな、と思って前方を改めて見ると、面接が四時間くらい組まれてあることに気がつき、嗚呼、然うか、道理でなかなか試験が始まらないわけだな、もっと長く待つのか…と思う。然し、「面接」と書くべき場所には何故か「返事」と書かれてあって…

…と云うところで目が覚めた。

勿論、国会図書館は温泉ホテルの宴会場のような場所ではない。もっと大きな、生真面目な印象の建造物である。

また、試験会場も何処か大学のキャンパスであったように記憶する。少なくとも、気の遠くなるような昔に試験を受けに行ったときには、そうだったような気がする。

口の中がまだ塩辛いような気がして、ぼくは台所に行き、麦茶を一杯流し込んだ。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。