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【夢日記】事務取扱
ぼくは困ってゐた。
試験の範囲が出たのだけれども、どうも教わつてゐない範囲であるやうに思へて仕方ない。先生が、不安な者には任意提出の事前課題を出しておきますから答案を書いて私のところにお出しなさい、添削してあげませう、と云つた。ぼくは課題を受け取つて、問題文を見たのだが、これまた珍妙な課題であつた。
「奴隷としての心得について論ぜよ」
四千文字、原稿用紙にして十枚分、奴隷の何たるかについて書かねばならぬ。ハテナ、これはいつたい何の科目だつたのかしらん。歴史?国語?原稿用紙といふことは、マア英語や独逸語ではあるまいて。
おかしいナアと、思ひ思ひ、フト顔を上げると、果たして其処は事務室であった。
「君の席はけふから此処だから」
上司にさう云はれて指さされた席は、一番壁側の事務机であつた。ぼくの席の前には向かひ合はせになつた席が六つ。つまるところ、ぼくの座席は課長職が座る座席だつた。ヒラのぼくが到底座つて良い座席ではないから、気味が悪くなつてぼくは上司に云つた。
「然し…」
「然しもカカシもあるものか。君の席だからとにかく座り給へ」
「然し此処は本来は課長の…」
「モウ辞令も出てゐるわけだしするから、座りなさい。それに正確には課長ではない」
本当は交付式前に渡すわけには行かないのだけれど特別だ、と云つて上司はぼくに辞令を手渡した。賞状みたやうな厚紙に「統括専門官付を免じて、厚生管理官事務取扱を命ず」と書かれてあつた。俸給は行政職(一)二級十五号俸。厚生管理官と云へば九級とか十級の課長級職員である。「事務取扱」か。ヒラの儘の身分で、仕事だけは課長級の厚生管理官と云ふわけか。普通ならば、そんな莫迦な事があるか、と一笑に付するところだが、そのときにはそれならば仕方あるまいと妙に納得して仕舞つてぼくはストンと椅子に腰を下ろした。
「ヒトツ奮発して頑張つて呉れ給へよ」
上司はさう云つて、ぼくの肩をぱんと叩いて向かうに行つてしまつた。目の前に六つある席は空席のやうだつた。上司が居なくなると、急に事務室はガランとした。古めかしい電話だけが机に置かれてある。頑張ると云つて、全体、ぼくはなにをどう頑張つたものか。
果たして、ぼくは職員の体力増進のために三十粁の競歩大会を企画したが、ぐるりの職員から「今度の厚生管理官は駄目だ」と総スカンを喰つた。
…と思ったら、目覚まし時計の電子音に起こされた。口を開けて眠っていたのか、やけに喉が渇く。さすがに三十キロも歩くのは無理だけれども、今度の休みには健康のために少し外でも歩いてみようか。
夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。