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「10000回観てるからですよ!」と“J”は言った

気がつくと「読んでいない本」や「観ていないディスク」が溜まっている。

買ってはいるが、もちろん買ったから手元にあるのだが、それらは「買いたい」から買ったのであり、実は「読みたい」から「観たい」から買ったのではないのかも知れない。
小銭を道にバラ撒きながら歩いていたかつての末井昭のように、文化的な生活を志すことにのみ注力した、購入行為に特化した行動形態なのかも知れない。

もはや自分が何を読みたいのか、何を観たいのか。選り好み迷子といった隘路に迷い込んでしまっている。部屋のあちこちに散らばり、埃をかぶったDVDケースやジュンク堂のブックカバーを視界の隅に認めながら、しどけなく過ぎていく日々。

中学生の頃に学校帰りのレコード屋で万引きした長渕剛の『昭和』も実は聴きたかった訳ではなかったような気もする。一度もCDプレイヤーにかけることもなく堀口兄弟の兄貴の方に貸してあげたら借りパクされてしまった。それは、昭和末期の出来事であった。

「映画好き」
とか公言していながら、観たくもないDVDを買った挙句、一切かえりみないとか、どうかしている。
動画配信のサブスクにも加入している。NetflixHuluAmazonプライムにも入っている。定期的に「おっ、コレ今月から観れるんだぁ」とか独りごちて、お気に入りリストを拡張していくだけで、観ない。全然、観ない訳。
「何してるんだ、俺」な訳。

話は変わって、というか本質的には変わらないから聞いて欲しいのだが、欠かさず杉作J太郎のラジオを聞いている。

その番組のなかで杉作さんはしばしば、映画のワンシーンを完璧に再現する。
仁義なき戦い』の前口上。『新幹線大爆破』の山本圭の独白。『おしん』の高橋悦史の強弁。『新世紀エヴァンゲリオン』の。『大都会 闘いの日々』の。『ジャンゴ 繋がれざる者』の。『白昼の死角』の。『刑事コロンボ』の。『ロンググッドバイ』の。『犬神家の一族』の、・・・・。
杉作セレクトによる、高度なモノマネを駆使した各作品の再現度は異常に高い。作品内の俳優や脚本家監督の魂を杉作さんは完全に消化し、血肉とし、まるで自らが産み落としたかのような熱量で語り、うたい上げる。
「スゲーなぁ」と思っていつも聞いている。

ある時、番組内で「なんでそんなによく覚えているんですか?」と問われた杉作さんは、

「10000回観てるからですよ!」

と言った。

決定的な一言だった。
自らに置き換えてみたときに、10000回観ている映画があるか?10000回読んでいる本があるか?
杉作さんは、観たいから10000回の時間を割く。その結果として、完全に自分のものにしてしまっている。「スゲーなぁ」

そこで私も少しは、ほんの足元くらいは杉作さんの精神を見習うことにした。
毎日、少しずつでもいいから同じ映画を観続けていく。10000回観たらどうなるだろう。何日、何年かかるんだろう。でも、やってみる。
対象映画は、

イコライザー

杉作さんもしょっちゅう口にし、ワンシーン再現を繰り返す一作だ。

元CIAの腕っこきだったデンゼル・ワシントンが、妻の死を機に公職の身を自らの死を偽装する形で引き、一介の市民としてホームセンターで働きながら、死ぬまでに読みたい100冊のリストを消化しつつ平穏に暮らしている。
眠れぬ夜を近所のダイナーで読書をしながら過ごすうちに、歌手志望の少女と出会う。少女は夢を抱きながらも、今はロシアンマフィアが元締めの売春組織に身をやつしている。
ある日、デンゼルは暴力的に支配されている少女の現状に気づき、彼女を救わんと立ち上がる。

ここまで、なんの資料も見ずに書けた。
現状ですでに『イコライザー』を15回観ているからである。
あと、9985回。

意を決したデンゼルはロシアンマフィアの事務所に単身乗り込み、元締めの野郎に手持ちの9800ドルを手渡し、少女の解放を願い出る。
しかし、マフィアはそんな金ではたかだか1ヶ月の自由を与えられる程度であり、なんの足しにもならない、出直してこいと突っぱねる。そのときロシアンマフィアはこんなセリフを口にする。

「9800回マスかいてから出直しな!」

そのセリフを端緒にデンゼルの元CIAたる驚異的な殺戮能力が解き放たれ、少女奪還に向けた正義の刃が繰り出されていく。

面白そうな映画だ。『イコライザー』って。

もしかしたら、私もオナニーならこれまで9800回くらいはしてきたかも知れない。1日3回の夜もあったと記憶している。5回の日もあったかも知れない。いや、もっとだ!もっとやれていたはずだ。ただ、9800回のマスかきで得られるのは、9800回の後悔かも知れない。だから、そんな目標設定はイヤ。

今日、2020年7月22日現在、私は映画『イコライザー』を15回観ている。
観るたびに新たな発見がある、といったタイプの深遠なテーマ性をもつ作品ではないかも知れないが、観るたびに視点を入れ替えたり、小さな登場人物の動きが目に入ったり、デンゼルの毛穴に目が行ったり、毛穴の数を数えてみたり、確実に『イコライザー』をイコライズ出来ている実感がある。イコライズの意味はわからない。

冒頭私は書物や映像を無残にあつかっている現状に触れ、いったい自分が何を欲しているのかわからなくなってきた、と述べた。
その悩みを解くカギを杉作さんの「10000回観てるからですよ!」という言葉に見出したように思う。
己の狭量な好みや体裁を超えた感覚を見つけるヒントが「10000回観てるからですよ!」のなかにあると感じたからだ。
こんなことをしている暇はない。早く16回目の『イコライザー』を観なければならない。そして、オナニーもきっとするだろう。

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