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金粉 <1968>  【監修済】

(1973年1月のテキスト)

 小アンサンブルのための『金粉』は、1968年5月に作曲した『七つの日より』十四番目の、そして最後から2番目のテキストです。それは「七つの日」の第四日目の夕方遅くに生じました(1968年5月10日)。私はまさしく以下の演奏指示で述べる状態にありました。直前にピアノを開けておいたので、私は無作為にいくつかの音を ---比較的静かに---弾いて、一音一音を完全に消えてしまうまで鳴り響かせました。それは、屋外の動物の鳴き声と風の音を別にして、四日間で私が聴いた最初の「音」でした。

『金粉』

四日間まったく一人で暮らせ
食事をせず
まったく静かに、あまり動くことなく
最低限必要なだけ眠り
出来るだけ何も考えないで

四日後の夕方遅く、あらかじめ打ち合わせることなく
一つづつ音を奏でよ

どんな音を弾いているかと考えずに

目を閉じ
ただ聴け

                           1968年5月10日

 「響きが金色となり/純粋で、穏やかに煌めく炎となる」『太陽に向かって帆を上げよ』のときと同じく、『金粉』とは、目を閉じ、完全にくつろいで(イメージや思考なしで)「色彩」に注意を集中するという経験のことを意味しています。はじめ黒灰色の「色彩」は、暖かい赤紫色を経由して金の粉 ---漆黒の夜でも---に変わるのです・・・いずれにせよ、1968年5月10日夜の孤立したピアノの音は空前の広さと長さで、振動の豊かな潮の干満のように、そしてまさに「金粉のように」響きました。

 『金粉』は1972年8月20日に初めてそして今日に至るまでたった一度だけ、森の中の一軒家である私の家で演奏と録音が行われました(演奏時間:53分20秒)。演奏者はペーター・エトヴェシュ(エレクトロコード、ケイス、リン)、ヘルベルト・ヘンク(声、シタール、ある程度水を満たしたソースパン、2つの小さなベル、船のベル)、ミヒャエル・フェター(声、手、リコーダー)、そしてカールハインツ・シュトックハウゼン(声、巻貝の貝殻、大きなカウベル、ケイス、14個のリン、水入れと水の鉢、一つのカンディ=ドラム、ベルの輪[カウベルは普段は屋外の木に釣り下げられている、他の楽器は家のあちこちに置いてある])。いくつかの楽器はほとんど使用されないあるいはたった一度だけ使用されました(ヘンクの楽器、カンディ=ドラム)。

 8月16日の朝に、ドイツ・グラモフォンのクラウス・ヒーマンとヨプスト・エーベルハルトがレコーディング・ルームにマイクを、そして隣接した部屋に残りの技術機材を設置しました。正午前後に他の三人の演奏者が来て、レコーディング・ルームに楽器を配置し、マイクを簡単にテストしてそして再び退室しました。エトヴェシュは家から少し離れた丸太小屋に住み、他の人はそれぞれがお互いに遠く離れて一つか二つの隣接する部屋を使用しました。家に彼らだけを残して、電話の接続を外し、そして庭の門を閉じました。技術者達は午後はやくに家を離れました。四日間にわたって、私たちはお互いにも誰にも会うことはありませんでした;私たちはそれぞれに一瓶の水あるいはお茶をいくらか飲みました。
 録音を8月20日の午後11時にはじめることは合意しておきました。あらかじめ技術者達は、録音監督のルディ・ヴェルナーと一緒に、家に入って機材のスイッチを入れていました;私たちは録音の終了(ほぼ午後11時55分)まで彼らを見かけることはありませんでした。午後11時近くに私は家の何もない部屋で、それから家の外側のあちこちで巻貝の貝殻を吹きはじめ、そしてだいたい午後11時10分になったときにレコーディング・ルームに入ると、他の人たちはすでに演奏をしていました。音響技師が20~25分後に、そしてもう一つは約50分後に視覚的な合図を与えるように打ち合わせておきました。最初の合図のほんのしばらく後に、レコード(録音は伝統的なLPを意図していました)の面をかえるためやや長めに沈黙して、そして二番目の合図の後すぐに私はベルの輪を揺さぶって外へ出て、それを揺さぶりながら、家の廻りをまわり森の中へと駆け出していきました。
 レコードのジャケット用に全員が四日間の経験について短いテキストを書くようにとの要請に、ヘルベルト・ヘンクだけが応じました。彼が書いたのは以下の文章です:

私にとって、『金粉』はあまりに本質的に新しい経験で、肉体的なものと精神的な感覚の未知なる統一という、あまりにも意識的な体験だったので、言葉ではほとんど言い表せない。私たちの実験がうまくいっているとすれば、これの何かが音楽で伝達されているはずである。幾つかの知覚を列挙することができる。それらはもともとこれらの日々のための行動規定を固守することに関係していたと思う。例えば頭痛、不眠、昂められた夢体験、増大する感覚認識(例えば心拍と呼吸の意識)など。私はとても小さな部屋に住んでいたが、私の視覚をできるだけ刺激しないように、部屋から不必要なあらゆるものを移動しておいた。日中はずっと牧草地につづく一つのドアを広く開けておき、そして暗くなりはじめてからそれを閉じた。私はハミングをはじめた、何か適当なメロディを。自分の声を感じるためだ。退屈する瞬間はなかった。時計の時間は意味がなく、時間は具体的に分割された。家の中の雑音、遠い犬の鳴き声、飛んでいくヘリコプター、降り注ぐ雨、薄明によって。私は気楽に、とても平穏でくつろいでいた。冴えていた。とても冴えていた。四日目の夜、もう一度人々に出会えるという喜び。音楽を作れるという喜び。音楽、それは同時に普通の生活に戻ることでもあった。

 以上がヘンクの書いたものです。

 私が記憶から話した言葉は「ハズラット・イナヤット・カーンのスーフィー・メッセージ第二巻、第八章:抽象的な音」<脚注1>という本からのものです。
Huは「名のなきものの唯一の名...神の唯一真実の名」;Haq真理、神の智慧、Hu-ek一つの神と一つの真理;Aluk 神、あらゆるものの源;Al-Haq真理;Huma伝説上の鳥(Hu=精神、mah=水)、Human神を意識する人、神人(Hu =神、man=意識した、普通の「人」);Hamd賞賛;Hamid賞賛に値する;Mohammad賞賛に満ちた;Hur 天国の美女;Hay永遠に続く;Hay-at=生命(神の永続する自然);Huwal遍在;Huvvaエーファの名の源、現実化;Ya-Huva =ohHu-a(A=啓示、はじまり、一、最初);A=アリフあるいはアルファ、Al=the、すべて、ALL=存在の絶対的本性、(アッラー・アッラーフ、エロイ・エロヒム、ハレルヤなど);Akud (A=なしで、Hudd=限界)無限存在、すべてを包括するもの;om-omen-amen-ameen-AMN-AUM:A は始まり、真中のMは終わりを表す、最後のNはMのエコー。Mは鼻音で終わり、鼻音をもたらすことすなわち生であるから。

脚注1:The Sufi Message of Hazrat Inayat Khan ,Band2, Barrie and Jenkins, London1960年、第三版1970年、p.64-66.

[翻訳:山下修司、監修:清水穣]