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習作II <1954> 【監修済】

電子音楽

(「電子音楽『習作I』と『習作II』」より、『テクステ』第二巻、デュモン出版社、ケルン1964年)

電子音響制作の第二の基本的な方法は、正弦波を重ね合わせて「静止音響」や「混合音」を作ることにではなく、「ホワイト・ノイズ」を「カラー・ノイズ」に分解することに基づいています。このためには、プリズムが白色光を虹彩色へと分解するのと同じように、「ホワイト・ノイズ」を任意の幅と密度の周波帯ノイズへと分解するフィルターが必要です。十分な精密さをもったフィルター・システムがなかったので、『習作II』では、非静止音響イベントを得るために特別な手順が使用されて、ノイズ類を作品に統合することが可能になりました。
 『習作II』は音響の多様性や新奇さを目指しているわけではありません。むしろ音響素材とその形式の最大限の統一が意図されています。

(「作業報告1953-電子音楽の成立」より、『テクステ』第一巻、ドゥモン出版社、ケルン1963年)

そこでの本質は、用いる音色比をずっと単純化したことである。この作品のために音高システムの特別な調律を導入したので、自然音列のあらゆる関係がサウンドの面でも音階の面でも除外されている。正弦波音による最初の作品とは対照的にスペクトル的な合成はたった一種類だけである。全てのサウンドは、調律に従った間隔でならぶたった五つの部分音しか含まない。これら五つの部分音の間の一定した間隔と音を混合する幅が五回変奏されるだけである。その代わりに、「上位の形式基準」が前面に表れる。そのようなサウンドの垂直・水平方向でのグルーピングから、異なる様々な密度が生まれ、それは上位の音色へと変わる。「一つの複合音に基づくセリエルな変奏」が考えられるだろう。
 サウンド形成の本質的な基準の一つとして、個々のサウンドの強度の推移曲線、つまり「エンヴェロープ」がある。音がやってきて、去る、あるいは上がり、下がる。あるいはそのような様々な音の動きを結合し、相互に重ね合わせれば新しいサウンドの構造を生成できる。(訳者注:清水穣訳『シュトックハウゼン音楽論集』より引用)

楽譜について

『習作II』によって「電子音楽」は初めて楽譜として出版されました。それはスタジオの技術者にはサウンドの製作に必要なあらゆるデータを提供し、そして音楽家と音楽愛好家には、それを見ながら聴くための、研究用楽譜として役に立ちます。
 最初のサウンド製作は1954年にケルンの西ドイツ放送局の電子音楽スタジオにて行われました。
 この新しいタイプの作品に相応しい記譜法が開発され、そして以下の解説はこの作品のために選ばれた作業方法の産物です。

音高

100Hzから25√5の一定の間隔単位で上方へ向かう、81段階の周波数スケールが選ばれました。周波数は使用されたRC発振器で設定可能な周波数値に四捨五入されました。一定間隔でならぶ正弦波を5つづつ合成して、一つの混合音が作られます(「製作」を参照)。一定の間隔には1x、2x、3x、4x、5x 25√5の5通りがあり、混合音に5つのヴァリアントをつけています。
結果として生じる1番~193番の混合音が、この習作のための音響素材を構成しています(Hz表記):

<表>略

各番の混合音を、その5つの部分周波数のうちの最低周波数の地点に配置した周波数表を、比較参照してください(36、128ページ参照)。
 楽譜(39、131ページ参照)の上段には周波数が記入されています。線の間隔は100から17200Hzまでの25√5の間隔に対応しています。各混合音は等間隔の5つの正弦波から成り立っているので、各混合音の最高周波数と最低周波数のみが水平の線で提示されています。水平線の始まりと終わりは垂直線でつながれていて、囲まれた四角い部分には陰影を付けています。その他の3つの周波数は、最高周波数と最低周波数の間を、線のシステムに従って、四等分すれば得られます。例えば、楽譜1ページの最初の混合音は690、952、1310、1810、2500の周波数(周波数表のNo.67)から成り立ち、二番目の混合音は690、785、893、1010、1150の周波数(周波数表のNo.136)から成り立つ、等々(混合音139番、109番、137番、140番など)。
 混合音が重複する部分では、重複の密度に従って、陰影の濃さが変えてあります。

振幅

0dBと-30dBの間で、1dBの一定の間隔単位による、31段階の強度スケールが選ばれています。0dBの実際の音量は空間の大きさに依存しますが、少なくとも80フォンはなくてはなりません。
 各混合音のなかの5つの部分音は同じ振幅をもち、各混合音は増加か減少のどちらかのエンベロープ曲線をもちます。増加エンベロープの初期値と減少エンベロープの終止値には-40dBの下限が定められています。つまり、エンベロープの頂点は0dBと-30dBの間で変化します。
 エンベロープは楽譜の下段に描かれています。線の間隔は下から二番目の線(-30dB)から一番上の線(0dB)まで1dBの間隔に対応していて、一番下の線は-40dBに対応しています。楽譜の周波数を示す楽譜上段の各混合音には、それと等しい長さで、その混合音のエンベロープが、振幅を示す楽譜下段で対応しています。増加または減少するエンベロープ線と基底線(-40dB)の間は陰影を付けられています。

周波数表

<表>略

持続

周波数パートと振幅パートの中間に、二本線に沿って持続がcmで表示されています。これらcmでの測定値は、76.2cm/秒での再生での、テープの長さに相当しています。
 時間経過における各々の変化は、二本線のあいだの垂直の短線で示されています。記入された各数値は二つの短線の間隔をcmで表示しています。
 混合音が重複するとき、重複の始まりと終わりはすべて時間的変化として短線で示されます。ある混合音の持続は、その始まりと終わりのあいだの長さのすべてを加えることによって得られます(この長さは周波数パートと振幅パートの線の長さで確かめることができます)。

製作

各々の混合音のために、5つの周波数が0dBで個別にテープ上に録音され(76.2cm/秒)、録音されたこれら周波数のそれぞれから、4cmのテープ断片が切り取られました。これら4cmのテープ断片5つを、最低音から最高音まで周波数順に、ループ状のブランクテープ上に、端と端とをつないで接着しました。
このシーケンスはエコー・ルーム(約10秒の残響と可能な限り規則的な周波数レスポンスをもつ)で再生されて、0dBで再録音されました。このようにして実現された変調を録音したテープからは、5つの音の元々のシーケンス部分は切除されました(スケッチ参照)。
 残されたテープ(スケッチの「使用された混合音」の部分を参照)は規定の長さ(cm)に切り取られて、ループにされ、そして決められたエンベロープにそって手動で連続的に調整され、そしてコピーされました。増加するエンベロープは残響音を逆方向に再生して型が調整され、減少するエンベロープはオリジナルの残響音を前方に再生して型が調整されました。

例:混合音No.1

<図>略

残響音の計測、切断、接合、そして同時に発生するサウンドの同期は、すべて手作業で行われました。

『習作II』楽譜1ページ

<譜例>略

電子音楽『習作II』は、『習作I』とともに、1954年10月19日にケルンの西ドイツ放送局にて世界初演されました。

『習作II』の楽譜はシュトックハウゼン出版社にて取り扱っています。

[翻訳:山下修司、監修:清水穣]