ヒュムネン(国歌) <1966-67> 『ヒュムネン』の製作 【監修済】
二冊のルーズ・リーフ・ノートの作業覚書
ケルンのWDRの電子音楽スタジオ(ヴァルラフ広場、放送棟四階)での『ヒュムネン』の製作作業を私は二冊のルーズリーフ・ノートに記録しました。1964年以来私は数多くの国際的なラジオ放送局---フランクフルトのドイツ・ラジオ局、シュツットガルトの外交関係局、パリのユネスコのラジオ部門---に国歌のテープを注文して『ヒュムネン』を準備してきました。ノートの一冊は1966年5月までに私が収集して分析した国歌の一覧表で始まります。
『ヒュムネン』の製作作業は、1965年に始まり、1965年末に中断されました。1966年の1月から3月にかけて日本の放送局「日本放送協会(NHK)」の電子音楽スタジオで『テレムジーク』を製作したからです。
私は国歌の一覧表を作ってそこに、それぞれの国歌の調性と、参照した『世界の国歌』という本(NationalAnthems oftheWorld.MartinShaw+HenryColman共編、BlanfordPress、ロンドン・1960年、1963年改訂二版。)のページを記しました。この本には1964年8月1日の日付けと私のサインが記入されています。
続けてほとんどの国歌には私の書き込みがあります:例「楽団、合唱とオーケストラ」、「ユニゾンの合唱とオーケストラ」、「前奏に歪み」、「不安定」、「アカペラ男声合唱(2ヴァース)」、「合唱とオルガン、ティンパニー付き(荘重)」、「カントリー・コンボ」、「とても古い(極端にゆっくり、素朴)」、「数多くの若者の明るい声(屋外の子供達、楽器は弱い)」など。
第一のノートで次に続いているのは「ドラマ性」に関する一般的な作曲の基準です:国歌を処理する幾つかの方法、たとえば「国歌に突然にffで流れ込むノイズ」、あるいは「国歌を短い時間に分割する」、「不規則なリタルダンドを伴う『吃音』」、「トランスポージング・マシンを突然に停止させ残りのテープをテープ・レコーダのヘッドに沿ってがくんと引く」、など。
これに続く「形式化」に関する2ページから8つのカテゴリーを引用しましょう。
大きめの国はすべて作品の中の諸関係を通じて場所を占める:
a)継起的(コラージュ)
b)同時的(ポリフォニック)
c)継起的かつ同時的
1 スター・フォーム(集中的)
a)<図>略 例えばアメリカ合衆国セクションの接合、調整;
b)旧ソ連国歌 <図>略
他の国歌 <図>略 <図>略 <図>略 <図>略 など。
2 プルーラル・フォーム(訳注:プルーラル=複数の)
a)4トラック・テープ・レコーダによる、不規則な4相互フェードイン(例えばスカンジナビア);
b)7、例えばヨーロッパ
調 移調
BE(ベルギー) B♭/B ┐
FR(フランス) B♭―B♭ │
IT(イタリア) B♭\A │ すべてはB♭(長調)
LUX(ルクセンブルク)B♭\A♭ ├ にて合流する。
HOLL(オランダ) A♭\G │ (連続的グリサンド)
DE(ドイツ) E♭ │
SCHW(スイス) E♭ ┘
ポリフォニック
(密度1-7で変化)<図>略
2については、短い断片の置換---セリー---はピアノ曲VII番終結部のように、合間に休符を置く。
3 デュアリスティック(訳注:デュアリスティック=二元的)
調
a)接近 例 DE(ドイツ) E \
/ OST(オーストリア)D / E♭
双方向的<
\ 音色(器楽)
b)遠隔 例 ISR(イスラエル) /第一フィルタ
\第二フィルタ
調
a)接近 例 FR(フランス) B \
/ SPAN(スペイン) B♭―B♭
一方的<
\
b)遠隔 2つのリズム的に類似のものを探し、それらを
スプリンガー・マシーンによって均等にする。
4 モニスティック(訳注:モニスティック=一元的)
例 JAP(日本)/連続的移調+リング変調あるいは歪み
―管楽器奏者はそのまま ↑
雅楽回路(注1)
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注1 全集CD9ブックレットの『テレムジーク』を参照
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5 上拍のみ
6 冒頭部のみ(例えば素早く連続して)
7 終結部のみ
8 冒頭部と終結部のみ
8種類の「空間プロジェクション」のスケッチと「変換」の30の可能性がこのノートでの全般的な計画を補っています。
そしてCol1からCol12(私の製作した12のパートがコラージュとして指定されています)が所見を伴って列記されており、以下のパートの作業ノートは製作された第I-IV部についてのメモと共に二冊目のノートに収められています:
Col1 (アメリカ合衆国)→第III部
Col2 (ドイツ)→第II部
Col3 (スペイン)→第III部
Col4 (スイス)→第IV部
Col5 (フランス)→第I部
Col10(インターナショナル)→第I部
Col11(アフリカなど)→第I部と第IV部
Col12(ロシア)→第II部と第III部
私は当初『ヒュムネン』をより大規模な作品にしようと計画していましたので、私はすでに、製作の初期時点で、Col6からCol9とCol13の5つのセクションを製作していました。
Col6 (ギリシャ、トルコとイギリスに関連して)
Col7 (アラブ共和国連邦)
Col8 (ベルギー、ルクセンブルク-ドイツ-フランス-オランダからの「伴奏曲」を伴って)
Col9 (ブラジル)
Col13(アルバニア)
これら5つの製作完了したセクション---最終的には『ヒュムネン』に含まれなかった---の作業ノートが一冊目のノートに残されていることを述べておきます。
従って出版されたとおりの『ヒュムネン』の製作についてのすべてのノートは104枚のシートからなる二冊目のノートに収められています(ほとんどすべてのシートが両面に手書きされています)。
使用した電子機材
電子音響の製作のために、私はWDRの電子音楽スタジオで利用できた機材を使用しました:
発振器:サイン波、方形波、ノコギリ波、ノイズ発生器;
フィルター:オクターブ、3度、ラジオ・ドラマ(W49)フィルター;
テープ・レコーダ:多数のモノラル、2トラック、4トラック・テープ・レコーダ、特殊なジェネレータによってモーターを制御する連続的可変テープ速度を備えた2トラックと4トラックのテープ・レコーダを一台づつ、回転式6連再生ヘッドを備えたスプリンガー・テープ・レコーダ(私はこの機械を音高変化なしでの漸進的なスピード・アップとスロー・ダウンのために絶えず使用しました);
回転テーブル、1958~60年に『コンタクテ』の製作のために私が作り使用したもの(全集CD3ブックレットの説明と写真を参照)。1秒間に4回転までの『ヒュムネン』のあらゆる空間的和音と空間的旋律はこの手動式回転テーブルを使用しています:
<ホールでのスピーカー配置図>略
ロシア国歌の112の和音
<譜例>略
製作の例
私は純粋な電子音響だけを使用してロシア国歌---その当時のソ連国歌、そこでは私の音楽は禁止され排斥されていました---を製作しました:極端にゆっくりで;全音階的な調性からジプシーの旋法的調性を経由し、全音音階へ、そして最終的には半音階的な不協和音の無調へと至る和声的なプロセスです。
112の和音は4トラックで製作されました。それぞれの音はサイン波でしたが、+40dBのアンプを通して倍音成分に富むように歪ませられ、急峻なオクターブ・フィルターの七つの出力から七つの回転式手動ノブを使用してその音色が構成されました。その設定は:
<設定値>略
四つの層のそれぞれの音のあらゆるリズム面での差異化は手作業で調整され、+15dBから-25dBの範囲内で強度のピークとエンヴェロープによって「一定不変」から「非周期的痙攣」までを作りました。和音は順々に4つのトラックで製作しましたが、同期しています---最初は各々が約25秒の長さです。一つの和音に4つ以上の音がある場合は同時に2つ3つの音を1トラックに録音しました。
続いて、それらのテープの長さを定規を使って計測し---8つのテンポ・セクションI~VIIIにて(66、150ページを参照)---以下の表に従って、1インチ幅のテープの断片を鋏によって特定の角度で(対角線や垂直)切断し、それらを接合しました。セクションI-VIIIを楽譜と比較して下さい:
<表>略
「音響製作」、「フィルタ操作」、「時間的モンタージュ」の後に、第四の作業プロセスとして「空間的配置」があります(再生については、トラックI-IVは常にI=左後方、II=左前方、III=右前方、IV=右後方を示しています。)
私は112の和音の収められたテープを別の4トラック・テープに76.2cm/秒のテープ速度でコピーしました;これを4倍遅いテープ速度19cm/秒で再生し、その際に私は四つのセクション(和音1-22、23-47、48-83、84-112)の和音の「空間的配置」を手動で調整し、これを順番に19cm/秒で録音しました。
トラックI-IVを4×4のスライド・フェーダーに回路を組みました。
<図>略
私は和音1-22の第1セクションを「時計回りの回転木馬」として調整しましたが、私は四つのフェーダー1-4を平行に開き、それから最初の四つのフェーダーを閉じている間に2番目の四つのフェーダー5-8を開き、その後に3番目の四つのフェーダー9-12を開き、5-8を閉じ、これに続いて、4番目の四つのフェーダー13-16を開いて9-12を閉じ、再び1-4を開いて13-16を閉じる、ということです。フェーダーの開閉はゆっくりと、不規則に、ところによっては素早く(できるかぎり早く)行われました。
第2セクションでは、和音43-47を、私は「反時計回りの回転木馬」として調整しましたが、何度かは右-左-右-左と往復させています。
和音48-83を私は厳密に同じ方法で調整しましたが、しかしながら「ループ運動」としての回路を組みました:
<図>略
(何度かは往復)
私は和音84から112までを「逆ループ運動」で移動させました:
<図>略
第五の作業操作としての「プロセスとしての音響変調」が次に続きます。
上述の運動の4トラック録音はそれから76.2cm/秒で再生され、そして以下の回路によってすべてのトラックは異なる仕方で変調され、その結果が4トラックに録音されます。
<図>略
三つのチョッパーの出力は、周期に支配されない不規則なリズムを持続するために、等しく重要なものとして操作されます。プレート・リバーブの出力は4.5秒の残響を伴ってトラック1に接続されます。
5番、6番、7番と8番のスライド・フェーダーは平行に変化させます。しかしながら、1番のスライド・フェーダーを開く時(プレート・リバーブ)五番のスライド・フェーダーは6番、7番、8番のフェーダーよりもさらに(ほとんど完全に)閉じられます。
「音響変調のプロセス」は変調されていない音響(5番、6番、7番、8番のスライド・フェーダー)とともに、最初は2番フェーダーからの212Hz(エンベロープ曲線(<図>略)、そして再度(<図>略)ゆっくりと、9番、10番、11番、12番のスライド・フェーダーにて)とミックスされたリング変調とともに始まります。
約10分間にわたり、「音響変換の増加のプロセス」が行われます。はじめはほとんど「ダイレクト・サウンド」のみで、長めの音響については変調されたものが、フェーダーの順序に従って、一度ミックスされます:1番、2番、3番、4番のスライド・フェーダー(和音21はダイレクト・サウンドで始まる)。
徐々に2つの変調形式の混合されたものがそれぞれに元音響に追加され、すなわちそれらの音響が元音響と交互に交替します:1番のスライド・フェーダーが開いているときは、元音響(5番-8番のスライド・フェーダー)はかなり引き下げられているか完全に閉じられますが、それは残響処理が明瞭に聴き取れるようにするためです。
時折、変調形式の変化が穏やかになります:それほど素早くなくなります。しかしながら全体としては、それぞれの和音にダイレクト・サウンドが存在しているのですが、ダイレクト・サウンドはますます姿を現わさなくなります。5番-8番のスライド・フェーダー(ダイレクト・サウンド)はそれによりますます頻繁に(<図>略)、時には突発的に素早く(<図>略)操作されます。
次の段階では、連続した一つの変調形式と二つあるいは三つの同時の変調形式がミックスされ、フェーダーは反対の動作で不規則に動かされました。
終わり近くでは、四つの変調形式(1番-4番のスライド・フェーダー)のすべてとダイレクト・サウンド(5番-8番のスライド・フェーダー)は、素早く、不規則に結合され交換されます。音響は時に「ブレーク」され、絶えずより生き生きと、ぎざぎざになるばかりでなく、より激しく強くなります。
***
前述のように、Col12ロシア---すなわち『ヒュムネン』で使用されたたった八つのパートの中の13の製作されたパートの内の一つのパートのみ---の製作の簡単にまとめた説明で、特別な種類の製作過程がこの作品のために用いられたということが理解され、それは私の以前の電子音楽作品である『習作I』、『習作II』、『少年の歌』、『コンタクテ』(注1)の製作過程とはまったく異なっているのです。
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注1:『コンタクテ』の製作用楽譜(シュトックハウゼン出版社)を参照。
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以下の情報は、このように表面上オープンで、多元的な『ヒュムネン』のような作品に全体としてどのような「赤い糸」が貫かれ、矢印や螺旋として、始めから終わりまでの首尾一貫性を与えてているのかを説明しています。
冒頭から終わりまで
『ヒュムネン』冒頭から17分55.5秒までを、私は最後に製作しました。一連の短波イヴェント、さまざまな「サウンド・シーン」の断片の録音、アナウンスと信号のような電子ノイズのグリッサンドによる中断、国歌の冒頭部、そして最初は不明瞭ですが繰り返し明瞭になってくる「インターナショナル」のアナウンスの重なり合わせによって構成されています。
冒頭部
<譜例>略
政治的学生デモとその他のリアルな「サウンド・シーン」の七つの断片の組合せは前述のロシア国歌の和音によって特別に引き立たせられます。ロシア国歌の和音はずっと後の、第二部(66、150ページの譜例を参照)で4パートの和声に結合されます。ルージュ(フランス語=赤)-レッド(英語=赤)-ロホ(スペイン語=赤)-ロート(ドイツ語=赤)といった言葉による5パート、それから4パートになる四カ国語のフーガの「挿入部」は9分31.5秒からです。
<譜例>略
研究用楽譜の1分15秒には、Eと記された和音72が、1オクターブ高く第三声のB(被覆されている)なしでGの代わりのG♭(リング変調による)を伴って、ffで登場します。<譜例>略
1分22.5秒には、これもまた被覆されたC#とそれぞれに半音上がった二つの上音を伴った和音73が続きます。
和音74・75・76は1オクターブ高いのですが、2分16秒-2分21.5秒-2分29秒にて原型を保っています。
移調されていない和音77・78が3分30秒-3分56秒に次に続きます;それから79・80が4分50秒と5分07.3秒;81・82・83が5分56.5秒-6分13.5秒-6分28秒;84は6分51秒(7分16.3秒の和音のグリサンドはテープ・レコーダの再生ヘッドの前にある4トラック・テープ上の和音84の始まりで、そのときに急速なテープの巻き戻しとフィードバックを伴って突然に始動され、それによって約2秒間の早いグリサンドで急上昇します);85・86・87は8分05.5秒-8分12秒-8分36秒。
作品全体の終わり近くになって---第四部、第三挿入部「インターナショナルの回想」(研究用楽譜53ページ)---回想のサウンド・シーンを横断するようにロシア国歌の個々の和音が続けられます;和音90は約22分46.6秒に長二度下げて移調され、同じものが僅かに遅れて二回半音高く、さらに23分09.8秒の前には半音高くシフトされます。
<譜例>略
和音112は24分0.6秒に半音高く登場し、24分18.6秒に元の音高へとスライドし、24分23.6秒に長二度下がるグリサンドをします。
<譜例>略
和音48(!)が26分04.5秒に響きます;和音91は27分31秒そして和音92は27分52.2秒。
どのサウンド・シーンがロシア国歌の個々の和音に関係しているのかを楽譜にて精密に調べ、調性から無調性への和声展開のプロセスやスペクトル的ダイレクト・サウンドから極端に変調されたサウンドへの音色的変換を思い起こせば、構成全体にわたってバラバラに配置された和音意味がよりよく理解されるでしょう。
ルージュ・ルージュ
『ヒュムネン』の第一部の9分31.5秒に、前述の通り、5パート、ついで4パートの『フーガ』が始まります。ルージュ(フランス語=赤)-レッド(英語=赤)-ロホ(スペイン語=赤)-ロート(ドイツ語=赤)の四カ国語の『フーガ』です。クルピエ(賭博の胴元)の”ルージュ”という声で始まります。彼のカジノでのアナウンス---とりわけ、”ルージュ”という言葉---はすでに何度か聴かれています。それから”ルージュ”という私の声が登場し、『ヒュムネン』が製作された当時の電子音楽スタジオでの共同作業者たちの声が後に続きます。デヴィッド・ジョンソンの”ブライト・レッド”とメシアス・マイグァシュカの”ロホ”です;5番目の”ロート”は再び私の声です。音高、リズムそして中断以後のテキスト列の始まりは研究用楽譜に記譜されています。
<譜例>略
「赤」という言葉は、『ヒュムネン』が製作された当時には、社会主義、共産主義---また不思議なことに西ドイツの社会民主党---を連想させました::インターナショナル、ソ連、東側ブロック、東ドイツの社会主義統一党SED、西ドイツの社会民主党SPD。西ドイツの知識人や数多くの「先端的な」芸術家の間で、「赤」であることが流行していました。
『ヒュムネン』の第一部の展開には、そのゴールとしての、「マルセイェーズ」があり、それは激しいトレモロを伴って21分07秒に登場します。従って、9分31.5秒から11分49秒までの四カ国語の『フーガ』としての”ルージュ”の展開はこのプロセスのほぼ中間に位置することになります。テキストとして、私はいかなる政治志向のテキストでもなく、イギリスの会社ウィンザー・アンド・ニュートン「アーチストの水彩絵の具」という色彩カタログを選びました。これら「芸術的絵画のための赤色」の列挙のなかに、私はそのときいくつかの自由に考え出した色のニュアンスを挿入しましたが、それは「ルージュ・ペルマネント・アン」、「…ドゥ」、「…トロワ」、「…キャトル」、「…シクス」、「ルージュ・アンテルナツィオナル」;「イングリッシュ・レッド」;「ロシアン・レッド」;「チャイニーズ・レッド」;「インターナショナル・レッド」;「ロッホ・ペルサ・エスパニョール」;「ロッホ・ハポネス」;「ロッホ・ヴェトナメス」;「ルシッシュ・ロット」;「ローズ・レッド」、「ブレッド」、「サブスティテュート・レッド」、「ニュー・レッド」、「ファッション・レッド」、「ペルシアン・レッド」、「カーディナル・レッド」、「ヴァチカン・レッド」、「アメリカン・レッド」などです。この挿入部を終了するために会社名のウィンザー・アンド・ニュートンが11分47.2秒に語られ、ついでクルピエのコメント”アンペール・エ・マンク(奇数でマンク=1~18の奇数)”が続きます。
スタジオでの会話
第二部の製作期間中に、「ドイッチュラント・リート」(ドイツ国歌)の二重の展開(研究用楽譜14ページ、11分46秒から14分20秒)のところで、私は「第二の」ドイツの国歌「ホスルト・ヴェッセル・ソング」を挿入しましたが、それは第三帝国の時代には、「ドイッチュラント・リート」の後に常に歌われていたものでした。『ヒュムネン』当時、WDRの現代音楽部門の部長であったオットー・トメクは、私が彼に第二部の説明をしたあとで私に忠告を与えました。このことをアメリカ人の共同作業者デヴィッド・ジョンソンに、スタジオでの作業中に、話したのですが、私の言いたかったことは:「オットー・トメクは、ホルスト・ヴェッセル・ソングを使用することは悪い印象を呼び覚ます、と言っている。でもそのようなつもりではまったくなかった。それは記憶にすぎないのだ。」
「スタジオでの会話」は、ジョンソンがマイクで録音したものを、始めは私が知らなかったことに起因しています。会話の間に、私は録音に気付き、録音された会話を素早く巻き戻し、そして再生しました。私達はこの録音に重ねて話して、すべてを再び二台目のテープ・レコーダーに、「第二の時間層」として録音しました。この会話は『ヒュムネン』の第二部の18分07.3秒から20分13.3秒(研究用楽譜17ページ)に挿入されています。それは以下のような内容です。
S=シュトックハウゼン; J=ジョンソン; M=テープ・レコーダー(Magnetophon)
録音の層:1=最初の録音の再生、プラス、それに起因する会話の録音
2=最初に作成された録音
秒 話者 時間層 強度 スタジオ内騒音 テキスト
0 S 1 p …両方を残して
1 1 急速なテープの
巻き戻しとスピーチ
1 J 1 pp …多分…
3.5-8 S 2 f(近接) 悪い印象を呼び覚ます、と言った。そんな
つもりはなかった。
13 S 1 p> …記憶…
13 テープのスイッチ+
巻き戻し
14.5 S 1 ppp それを取っておこう。
16 J 1 ppp …必要ならば…
17 J 1 mp 決めなきゃ、どれくらいの長さ…なら
ば… 全部が…
20 S 1 mp そう、必要なのは…
22 J 1 mp ほんの少しの時間…
23 S 1 mp (Sが机を手で叩く) ただ最初の…
23.5 S 2 ff テープのうなり ホルスト・ヴェッセル・リートを使用したパートは悪い
印象を[言い間違い]オットー、オットー・トメクは…
[より小さく、わずか 小声で、ただし
鮮明に]あぁ、畜生!
32 テープのスイッチ
33.5 S 2 [穏やかに]オットー・トメクは、ホルスト・ヴェッセル・リートを
悪い印象を呼び覚ます、と言った。そん
なつもりはなかった。それはまさに記憶
にすぎない。
48 J 1 とても弱く
ppp 二つの…
48.5
-49.5 S 2 mf>p それはまさに記憶に…
51 S 2 mf オットー・トメクは、ホルスト…
56 J 1 mp こう言ってみろよ「オットー・トメクが私に言う
には」たぶんずっと
1’08 個人的?…あるいは?-さあね。
1’14 S 2 f オットー・トメクが
1’17 S 2 f オットー・トメ
1’17.5 テープのスイッチ
1’18 S 1 mf それで終わろう
1’19 J 1 mp テープの巻き戻し うん、これだ-これだね
1’21.5 J 1 mf [素早く]違う違う違う…「オットー・トメ
クが”を…俺の声の後で。
1’26 S 1 mp まだ他にあるのか?
1’27 J 1 mf もちろん、全文が入るんだが 私は”オットー・
トメクが言った”の後で切りたいんだよ。
1’32.5 S 1 pp ああそうか。
1’33 J 1 mf [素早く]…なぜなら…それをやるのは、
私の提案した…提案していた、君が
”オットー・トミックが私に言うには”と言っ
て、それから君が「オットー・トメクが言った…”
1’40 S 1 pp えぇ。
1’40.5 J 1 f …そうして止める!
1’43 テープのスイッチ
1’45 S 1 pp これを使ってみましょうか?
1’50.1 J 1 ppp それはいいですね。
1’51.5 f 巻き戻し
1’52 S 1 pp …言った…(?)
1’52.5 J 1 mf 僕がいま何してると思う?
1’54 S p さあ。
1’54.5 J 1 mf マイクも一緒にミキシングしてるんだよ。
さらにもう一次元深くに行くことが
できるというわけ![笑い]
1’59 僕らが今話していることもテープに
入ってるんだよ!
2’00.5 S p ああそうか。
2’03 J p>ppp たぶん少なくとも機能はしてる…
2’05.5 テープのスイッチ
それから15秒の完全な沈黙[空のテープ]
2分21秒で第3のセンターに接続、研究用楽譜の17ページの20分28.3秒
全体にわたって、かなり大きな騒音が聴き取れますが、それは中庭から開いた窓に入ってきたものです(遠くの交通の騒音も聴き取れます)。
呼吸
第四部にて、穏やかな「呼吸」がクルピエの最後のセンテンス「みなさん、賭けて下さい」と長い全般的な休止の後に続いて20分45.8秒に始まります。それは私自身の呼吸であり、9分17.5秒に始まるスイスの男声合唱のバスの和音の穏やかな鼓動に続きます。この呼吸は、『ヒュムネン』が上演されレコードが出版されて以来、しばしば模倣されています。すでに『モメンテ』にて私はソプラノ独唱と合唱のためにさまざまなテンポとリズムでの呼気と吸気を作曲していました。
ある朝に呼吸を録音したのは、スタジオで私にアイデアが自然発生的に生じてからでした。私は頭部を覆うようにコートを被り、口に近付けてマイクを持ち、一節を呼吸し、それには中断無しで数分間かかりました。のちに、スタジオの窓が閉じられていたにもかかわらずラジオ局の中庭からの雑音が録音に(弱く)入っていることが発見されました。
楽譜では、「呼吸」の冒頭にいわく:穏やかな呼気\と吸気/、唇は[O]の型に開く;マイクは口の横端にかなり近付ける。呼気はしばし、特に空気が完全に広がっているときには、あまり持続させない。また、呼気は大抵より多くの低音を含む(マイクでの空気の流れ)。
呼気が最初に現われてから、そしてこの呼気は吸気よりもより低く、それほど激しくなく、より静かで、より長く、拡張された周期(少なくとも第3番目の挿入部までは)のためにあちこちで呼吸は、まるで呼気から始まるかのように、逆に聴かれます。二つの吸気の直接的な連続(呼気は切除されている)のために、テープと共に呼吸しようと試みるときの混乱はさらに大きくなります。ただ次第に人が”自然な呼吸”で自動的に同期していると、そのときには再度邪魔をすることはありません(個別の呼吸---特に呼気、そして吸-呼と呼-吸の間の休止---はますます長くなります)。
『ヒュムネン』終了部のこの「呼吸」を、数多くの聴衆が「人類全員の呼吸」だと評しましたが、私は「七つの挿入部」の形式で「音楽的回想」と連結させ、それは夢のような方法で作品全体の七つの場所を心に思い出させます。
いくつかの挿入部は、21分06.9秒の第1挿入部のように呼吸と同時に響きます(研究用楽譜、52ページ下段):
<譜例>略
「回想」としての、呼吸の中での「七つの挿入部」は、音の絵画のように提示され、その周囲には「フレーム」が形作られ、そしてその中には抽象的な電子音の和音が写実的な「サウンド・シーン」を段々に横断していきます。
第1挿入部は「フレーム」なしでの回想: <図>略:ガーナ
第2挿入部はsffzの和音で始まる: <図>略:ソ連、インターナショナル
第3挿入部、sffzの最初の和音とサウンド・シーンを横断する電子音の和音: <図>略:インターナショナル、国家的レセプションの群集
第4挿入部、sffzの最初の和音、fのベース・ラインとサウンド・シーンを横断する電子音の和音: <図>略:回想、イギリス
第5挿入部、sffzの最初の和音、fの高低のフレーム・ラインとサウンド・シーンの横断: <図>略:インド
第6挿入部、sffzの最初の和音、fの高低のフレーム、サウンド・シーンの横断とsffzの最後の和音: <図>略:中国商店
第7挿入部、空のフレーム(77秒!):低いC#での連続的なライオンの咆哮、これと高く、純粋なG#の五度、sffzの最後の和音。 <図>略
26分57.4秒の、第5挿入部の後で、私は呼吸の中に第一の署名を話しました:プルーラモン
<譜例>略
そして同じものを再び、最後の挿入部の前に、より早く高く、第二の署名として:<譜例>略
最後の呼吸:<譜例>略
[翻訳:山下修司、監修:清水穣]