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【脚本公開⑨】夜明け前のスプートニク

「わたしは、わたしたちは、帰る場所があるから、どこへでも行けるのさ。」

初演

劇団AQUA 第13回公演
夜明け前のスプートニク
日程 2018年12月22(土) - 2018年12月23(日)
会場 イオン浦安店4階

タイトル

夜明け前のスプートニク

登場人物(男1・女6)

須藤有砂(すどう・ありさ) 女
ユーマ 女
並木隼人(なみき・はやと) 男 

店長 女

フローラル・矢部(やべ) 女 
金元(かねもと) 女

ユリイカ  女

上映時間の目安

約1時間30分

1 ― ①

■夜行列車の中
向かい合い座っている有砂とユーマ。
列車SE

有砂 「店長、泣いてたね。」
ユーマ 「今生の別れのような勢いだった。」
有砂 「もう一生、会えなくなるわけじゃないのにね」
ユーマ 「そうだよ。私だって、もうあそこの紅茶が飲めなくなるのは困るんだ。」
有砂 「お土産に、たんまり紅茶をもらってたじゃん。一生分ってくらい。」
ユーマ 「こんなの、毎日飲んでいたらすぐになくなってしまうよ。あーあ。通販が出来ればいいのにな。」
有砂 「ちょっと距離的に厳しいかな。さすがに。」
ユーマ 「そうか、ざんねんだ。」

列車の揺れる音。

有砂 「…このまま、夜が明けなければいいのにね。」
ユーマ 「明けない夜はないさ。」
有砂 「うん、そうだね…。」
ユーマ 「……けれど、いまは、1時間が60分よりも、60分が3600秒よりも長くなればいいと思っているよ」
有砂 「ユーマでも、寂しいと思ったりするの?」
ユーマ 「私のことを何だと思っているの。」
有砂 「宇宙人」
ユーマ 「違いない。」

列車が速度を落とす音。
ホームに滑り込んでいく。

ユーマ 「そろそろ、見えてきた」
有砂 「……うん」
ユーマ 「もう、行かなくちゃ」

汽笛の音
暗転。

1 ― ②

■喫茶ターミナルにて
窓際の席、向かい合い座っている有砂とユーマ。
列車のシーンと同じポーズから始める。

有砂 「もう行かなくちゃ、間に合わなくなっちゃうよ!」
ユーマ 「いや、まだ12分35秒の猶予がある。駅の階段を上ってホームに滑り込む1分54秒、喫茶ターミナルから駅まで早歩きで5分22秒、このテーブルの会計に48秒、そして私がモーニングを食べ終わるのに4分31秒だ。」
有砂 「わかったから早くして」
ユーマ 「朝はこのモーニングを食べないと始まらないんだ」
有砂 「ていうか、お金渡すから払っといてよ。ユーマが食べ終わるの待ってないといけないの意味わかんなくない?」
ユーマ 「342日8時間19秒前に自分が言った言葉を忘れたの?」
有砂 「そんなの具体的に言われても思い出せるわけないでしょ」
ユーマ 「有砂はわたしにこう言った。これから食事はできるだけ一緒にとろうね、と」
有砂 「できるだけの限界を! 超えてる、いま!」
ユーマ 「焦らずとも心配ないさ」
有砂 「どうして?」
ユーマ 「いまにわかるよ」

店長が2人分のお冷を持って出てくる。

店長 「今日はずいぶんゆっくりだけど、大丈夫なの?」
有砂 「わたしはいま焦ってるんですけど、ユーマが」
ユーマ 「店長、テレビを」
店長 「はいよ」
有砂 「積雪の影響で、列車は一時運転を見合わせ…」
店長 「あらやだ、今日は早めにお店閉めようかしら」
有砂 「うそ!」
ユーマ 「どうせ忘れていると思ってたよ」
有砂 「そうだった、地上の電車は雪で止まるんだった」
店長 「地元は地下鉄だったんだっけ?」
有砂 「はい、うっかりしてました」
ユーマ 「足元の装備は忘れなかったのにね」
有砂 「えぇ? 一番大事でしょ。っていうか、気づいていたんならもっと早く言ってよね」
ユーマ 「というわけで、有砂ももう一杯くらいどう?」
有砂 「(ため息)…まって、せめて連絡入れてから…れっしゃ・うんてん・みあわせ・に・よ・り、しゅっしゃ・が、おくれる・みこみ・で・す…」
ユーマ 「店長、ダージリン追加」
店長 「かしこまりましたー」

店長はける。

有砂 「焦って損した」
ユーマ 「ここにきてわかったことがある。喫茶店はゆっくり時間を過ごす場所だ」
有砂 「やけに余裕ぶっこいてるなと思ったら」
ユーマ 「窓の外を見ればわかることさ」
有砂 「(足元を見ながら)見てたんだけどなぁ~」
ユーマ 「雪見酒ならぬ、雪見紅茶だ」
有砂 「…まぁ、それも悪くないかな」

窓の外を見やる二人。
しんしんと降り積もる雪。

有砂 「ユーマがうちに来て、もうすぐ一年かな? 時がたつのは早いなぁ」
ユーマ 「正確には、343日…」
有砂 「それはいいから。なんか、年々時が経つのが早くなっていってる気がするよー。」
ユーマ 「そういった現象は起きていないよ。時間は常に一定のリズムで流れている…」
有砂 「わーかーってーるーのー。気がするって言ってるじゃん」

ポットとティーカップと砂時計を盆にのせて戻ってくる店長

店長 「わかるわ~」
有砂 「ですよね?」
店長 「もうこの年になると、1年なんて、一瞬よ、一瞬。気が付いたらもう1年経ってる。」
有砂 「小学生の頃の夏休みってめちゃくちゃ長かったじゃないですか。そもそも一日が長くて。どこにでもいけるし、どこまでも行けると思ってたけど、今は夏が短く感じるんですよね。そんですぐ、冬が来る。」
店長 「ないわよね、秋。」
有砂 「夏が終わったら即・冬ですよね。」
店長 「わかるわ~。」
有砂 「そんで、冬が終わったら即・夏がくる。」
店長 「ないわよね、春。」
有砂 「そうなんですよ! 毎年かわいいトレンチコート買ってるのに、毎年数回しか着れないんです! 意味わからん!」
店長 「わかるわ~。」
ユーマ 「紅茶、冷めるよ」
有砂 「はいはい」
店長 「ユーマちゃんはそう思わない?」
ユーマ 「(メニューに視線を落としている)……一年は等しく365日、8760時間、52万5600分、3153万6000秒としか思わない。」
有砂 「ユーマはぶれないですよ~。」
ユーマ 「誰にでも平等に時間は流れている。1分1秒たがわず、正確に。誰にでも平等に死が訪れるのと同じようにね。店長、ニルギリ、ミルク付き、追加で。」
店長 「かしこまりー」

店長はける。
砂時計をいじっているユーマ。

有砂 「たまにはコーヒーも飲んでみたら?」
ユーマ 「あれは飲み物ではない」
有砂 「え~、おいしいのに」
ユーマ 「まず見た目が良くない。ブラックホールを覗いている時のような気分になる。それに香りも良くない。独特な豆の香りを嗅ぐと、思考がそれに支配されてしまう。そうそう、味も良くないね。強い苦みで舌が痺れて、口直しに紅茶を飲もうとしても、すぐに舌に残っているコーヒーの風味が邪魔をするせいで、紅茶を楽しめなくなる。」
有砂 「全部じゃん。それ、くれぐれも店長の前で言わないでよ」
ユーマ 「はぁ」
有砂 「喫茶ターミナルは、一応コーヒーのお店なのに…」
ユーマ 「一方、紅茶はいいね。水色は透き通っていてティーカップの内側の絵柄も楽しめるし、香りは華やかで癒される。口当たりは優しく、食事やスイーツの邪魔をしない。何より、こうして待っている時間も楽しめる。」
有砂 「わからなくはないけど。でも、時間は一定なんでしょう?」
ユーマ 「一定だからこそ、この1分1秒をどう楽しむかが大事なんだよ」
有砂 「あっそう…」
ユーマ 「紅茶というものは、私の居たところにはなかったからね。」
有砂 「ふーん。」
ユーマ 「……。」
有砂 「なに?」
ユーマ 「なんでもない。」

ポットとティーカップと砂時計とミルクピッチャーを盆にのせて戻ってくる店長。

店長 「お待ちどおさま。」

ドアベルが鳴り、並木が入ってくる。

店長 「いらっしゃいませ、おひとりさまですか?」
並木 「はい」
有砂 「あ」
並木 「…あれ、須藤ちゃん?」
有砂 「おはようございます」
並木 「ぐうぜーん!」

言いながら、有砂の隣に座る並木。
店長は一度はける。

並木 「須藤ちゃんも足止めくらったの?」
有砂 「そうですね。並木さんもですか?」
並木 「困っちゃうよね、雪くらいで止まっちゃって」
ユーマ 「(有砂に)誰?」
有砂 「(ユーマに)並木さん。職場の先輩。(並木に)それで、こっちは友人のユーマです。いろいろあってうちに居候してるんですけど…」
並木 「へ~。どうも。」
ユーマ 「どうも…」

お冷をもって戻ってくる店長。

店長 「ご注文お決まりのころにお伺いします」
並木 「はーい」

店長はける。

並木 「朝まだなんだよね。おすすめある?」
有砂 「今はモーニングの時間帯なので、ドリンク頼んだらトーストがつきますよ」
並木 「そうなんだ。(袖にむかって)じゃぁ、ブレンド一つ」
店長 「(声のみ)かしこまりました」
並木 「俺さっき起きたんだよね。やべって思って慌てて支度して出たらさぁ、雪で電車止まってるじゃん? ラッキーだったよね」
有砂 「(笑う)そうですね」
並木 「で、電車動くまで時間つぶそうと思ってココ入ったんだよね。けど、ココにして正解だったよ。須藤ちゃんいるしさぁ。よくココくるの?」
有砂 「あ、そう、ここ私の行きつけなんですよ。コーヒーも紅茶もおいしくて。食事も甘いものもたくさんあるし」
並木 「へぇ。けっこう渋いトコが好きなんだね。俺もこういう雰囲気好きだから、また来たいな。いいかな?」
有砂 「えっ」
ユーマ 「ダメ」
有砂 「なんでユーマが答えるの。(満更でもなさそうに)並木さんも、なんでわたしに聞くんですか~。」
並木 「自分の行きつけの店に知り合いが居ると気まずくない? てか俺ここに居て大丈夫?」
ユーマ 「ダ」
有砂 「(遮って)大丈夫ですよ!」
並木 「そう? ならよかった♪」

コーヒーカップとミルクピッチャーとトーストを盆にのせて戻ってくる店長。

店長 「お待たせいたしました。ブレンドとモーニングです」
並木 「あざす」

店長はける。
露骨に顔を顰めるユーマ。

並木 「あ、ごめんコーヒー苦手だった? ウィンナーにすればよかったかな」
有砂 「気にしないでください!」
並木 「そう? (コーヒーを口にして)あ、おいしいね」
有砂 「そうなんですよ~。」
並木 「まぁ、俺目覚まし代わりに飲むから、味とかよくわかんないんだけどさ。けど、なんかここのはおいしいと思ったよ。須藤ちゃんの行きつけなだけあるね~。」
有砂 「いえ、そんな。私はなんでもおいしいと思う方なので…」
並木 「いや、でもいいお店だね。俺こういうオマケも好きなんだよね。ドリンク頼んだら豆菓子ついてくるところとかあるじゃん? あぁいうのも好きでさぁ。」
有砂 「あ、わかります。うれしいですよね。」
並木 「須藤ちゃんいいお店知ってそうだなぁ。他にもおすすめのとこあったら教えてよ。」
有砂 「いいですよ。」
並木 「約束ね。」
ユーマ 「……。」
並木 「てか、ユーマちゃんだっけ? 何つながりの友達なの?」
有砂 「あー…ちょっと、説明が難しいんですけど」
ユーマ 「343日20時間6分49秒前、無人駅の待合室で列車を待っていた私に声をかけたのが有砂。」
有砂 「旅行先だったんですけど。私が乗っていた電車から何時間かは来る予定がなかったので、おかしいなと思って声をかけたんです。で、簡単に言うと、帰る場所がないって言うので、うちにおいでって言って…」
並木 「え、須藤ちゃんさすがにそれは不用心…」
有砂 「わかってます、自分でもわかってるんですけど。けど、なんか、ほっとけない感じだったんですよね。」
並木 「(ユーマに)訳アリってやつ? 家出少女みたいな」
ユーマ 「…自分の居た星に帰る列車を待っていたのさ」
有砂 「ちょっと、ユーマ」
ユーマ 「わたし、宇宙人なんだ」

間。

並木 「(笑う)ユーマちゃん、面白いね。ちょっと不思議ちゃん系?」
有砂 「ま、まぁ、初めて会ったときからこんな感じで」
並木 「ユーマちゃんは女の子だし、大丈夫だと思うけど。世の中物騒なんだから、気を付けてね」
有砂 「はい…」
並木 「(スマホの通知を見て)っと、電車、運転再開したみたいだね。」
有砂 「(スマホを見て)あ、本当ですね。」
並木 「あ、そうそう、俺、このあいだから会社のテニス部に入ったんだけど、まだまだ人数少なくてさ。よかったら須藤ちゃんもどう?」
有砂 「え、テニスですか?」
並木 「なんか似合いそうだからさ。たのしいよ、休日にみんなで体動かすの。普段話せない総務の人とかもいてさ…」
有砂 「うーん…楽しそうだけど、遠慮しておきます。みんなでワイワイって、ガラじゃないし…」
並木 「そう? 残念。まぁ、気が変わってやりたくなったら遠慮せず言ってね。」
有砂 「はは…。」
並木 「じゃぁ、俺、先に行くね。(お札をテーブルの上に出して)これ、お代。」
有砂 「え、多いですよ!」
並木 「いいの、おしゃべりに付き合ってくれたお礼。じゃ、またあとで会社でね。」
有砂 「あ、ありがとうございます」

並木はける。
ドアベルの音。
店長出てくる。

店長 「ありがとうございましたー!(見送って) ねぇちょっと今の人イケメンじゃなーい!?」
有砂 「スマートですよね」
ユーマ 「はぁ」
有砂 「いつもあんな感じで、仕事もできるしいい人なんですよね。」
ユーマ 「胡散臭い」
有砂 「ユーマがそれ言う?」
店長 「えー、いいじゃない。さわやかで。私も若いころはあぁいう子に憧れてたわ~」
有砂 「モテるんですよね。」
店長 「でも、デートの約束までしてたじゃない。カレ、有砂ちゃんに気があるんじゃない?」
有砂 「社交辞令ですよ」
ユーマ 「嘘っぽい」
有砂 「ねぇ、だからユーマがそれ言う?」
ユーマ 「わたしのは嘘じゃない。」
有砂 「はいはい、宇宙人ね」
店長 「え~、でも私はユーマちゃん本物だと思うな。」
有砂 「えっ。」
店長 「ねぇねぇ、宇宙人っぽい特殊能力とかないの?」
有砂 「いや、それはさすがに…」
ユーマ 「大した事はないけど…」
有砂 「あるの!?」
ユーマ 「有砂」
有砂 「なに?」

ユーマが有砂に視線を合わせて、ウィンクする。

有砂 「あ!? なんかチカチカする!」
店長 「なになに、何が起こったの、いま!」
ユーマ 「目を合わせてウィンクをすると、目があった人の目を、少しの間眩ませることができる…」
店長 「どういう原理なのかしら!?」
有砂 「えー、偶然じゃないですか?」
ユーマ 「信じないなら、いい。」
店長 「え、ちょっと私にもやってみて、ユーマちゃん。」
ユーマ 「一日に一回しかできないんだ。」
店長 「あら、そうなの。ざんねん。じゃぁ、また今度ね。」

並木の使っていたテーブルウェアを盆にのせてはける店長。

ユーマ 「…有砂、あの男には気を付けたほうがいいよ。」
有砂 「え、私そんなに危なっかしい?」
ユーマ 「有砂には、お人好しなきらいがあるから。」
有砂 「そんなことないと思うけど。」
ユーマ 「お人好しじゃなきゃ、自称宇宙人とかいう怪しい女を居候にしたりしないよ」
有砂 「自覚あったんだ。」
ユーマ 「それに。」
有砂 「なに?」
ユーマ 「急がないと、次の電車に乗れないと思う。」
有砂 「あっ。」
ユーマ 「お会計は私がやっておく。」
有砂 「ごめん、あとごみ捨てと買い物もお願いしていい? 夜ご飯は私が作るから」
ユーマ 「了解」
有砂 「いってきます!」
店長 「(袖から)いってらっしゃい~」

有砂はける。
ドアベルの音。
暗転。

1 ― ③

■回想・ここではない場所

ユリ 「どうして解かってくれないの」
ユーマ 「ユリイカ、きみの話す言葉は曖昧で意志が伝わりにくい。それでは、わたしはどうすればいいのかわからない。」
ユリ 「ユーマのそういうところ、息がつまっちゃう。言葉で意志を伝えるよりも、もっと大事なことがあるでしょう。」
ユーマ 「言葉でなければ意思は正確に伝わらないよ。私はあなたではないのだから。」
ユリ 「そうね、ユーマはわたしではないし、私はユーマではないわ。けれど、感じてほしいの。一緒に考えてほしいの。それだけなのに。」
ユーマ 「あなたの真意が理解できなければ、それはとても難しいことだ」
ユリ 「正確であることがそんなに重要? 曖昧でもいいはずよ。」
ユーマ 「曖昧でいいことなんてない。」
ユリ 「形あるものが必ずしも正確であるとは限らないように、曖昧なものごともまたほんとうのことなのよ。」
ユーマ 「ますますわからなくなってきた。散歩の行き先を決めるだけで、なぜこんなに争わなくてはならないの。」
ユリ 「わたしはただ、いっしょに美しいものが見たいだけなの…」
ユーマ 「じゃぁ、あなたの見たいものは、なに? 答えがあるなら抽象的な言い回しはやめて。 あなたの気分に振り回されるこっちの身にもなってほしい。」
ユリ 「美しいものは好きよ、心が掴まれるから…。」
ユーマ 「だから…」
ユリ 「わたし、世界の端っこを捕まえに行きたいの。」
ユーマ 「…正解があるなら、あなたが手を引いて。わたしには、そこがどこだかわからないんだ。」
ユリ 「いいわ、一緒に行きましょう。どこまでも二人で。」

暗転。

2 ― ①

■喫茶ターミナルにて
テーブルの上には二人分のティーセットと、いくつかのネックレス。

有砂 「変じゃない?」
ユーマ 「うん」
有砂 「でも、やっぱりこのワンピにはこっちの方が合うかな!?」
ユーマ 「どちらでもいい」
有砂 「もっと真剣に考えてよ」
ユーマ 「どちらでも印象は変わらない。それよりも、5分18秒以内にここを出ないと、待ち合わせ時刻に間に合わなくなる。」
有砂 「それ、走るの計算に入れてる?」
ユーマ 「入れてる」
有砂 「やば、じゃぁ急がないと」
ユーマ 「これ以上悩んでもきりがないよ。」
有砂 「ねぇやっぱり靴変じゃないかな? 履き替えてきた方がいいかな??」
ユーマ 「玄関でも散々悩んだじゃないか。もうそれは決定でいいでしょ。」
店長 「おでかけ?」
ユーマ 「店長の言うところの、デート」
有砂 「やっぱりデートなのかな!?」
店長 「あら、このあいだ来てた人?」
有砂 「そうです! ねぇ店長わたし変じゃないですか?」
店長 「変じゃない、かわいいわよ」
有砂 「ちゃんと社会人っぽいですか?」
店長 「社会人っぽいっていうのはどういうのかわからないけど、似合ってるからいいんじゃないかしら?」
有砂 「やっぱり子供っぽいんだ!」
ユーマ 「もういいでしょ、どうせ無理して背伸びした服着ても、外に出てから後悔するんだから。」
有砂 「それはそうだけど、失敗したくないよ」
ユーマ 「普段の有砂を見て幻滅するくらいならどうせ続かないよ」
有砂 「3年ぶりに彼氏できるかもしれないんだよ? なるべく印象よくしたいじゃん」
ユーマ 「それなら今のままで十分。」
有砂 「緊張してきた。ねぇ場所あそこで大丈夫かな? 大通りのパンケーキのお店。」
ユーマ 「どこでもいいよ。」
有砂 「よくないよ。重要じゃない? 場所。」
ユーマ 「地球人の男女がデートに使うには無難だと思う。」
有砂 「無難かぁ~。」
ユーマ 「まぁ、私はここに勝る店はないと思っているけれど。」
有砂 「そうなんだけど、それはそれとして。」
店長 「いやん、嬉しい(小躍りではける)」
有砂 「もっと変わったところのほうがいいかな? パンケーキのとこ、結構有名店なんだよね、もう行ったことあるかも」
ユーマ 「似たような会話を2時間55分23秒前にもした。きみは十分下調べをしたし、私はそれに付き合わされた。」
有砂 「ありがとう」
ユーマ 「いくつの店に連れていかれたと思う。私はこの場所だけで十分なのに」
有砂 「ごめん、ありがとうってば。わかった、もう悩むのはやめるよ。ユーマの言う通り、十分悩んだ結果だしね。」

ドアベルが鳴って、矢部と金元が現れる。

店長 「いらっしゃいませ」
矢部 「今日もいい天気ね」
有砂 「あれ、あの人」
ユーマ 「どうかした?」
有砂 「えっと…あの人じゃない? 夕方のバラエティによく出てる…」
ユーマ 「そういわれれば、なんか見たことあるような気がする…」
金元 「わからないんですか?」
有砂 「なんだっけ、名前」
金元 「ありえない…」
店長 「矢部さんよ」
矢部 「(決めポーズ)フローラル・矢部よ!」
店長 「フローラル・矢部さんよ」
ユーマ 「いや、見たことないかもしれない」
有砂 「そうだね、もう一回やってもらおう」
矢部 「フローラ…やらないわよ!」
金元 「2回目以降は有料です」
有砂 「フローラル~~!の人だ」
ユーマ 「うん、それだ」
有砂 「それで、フローラル~~!の人が」
矢部 「フローラル・矢部よ!」
金元 「三千円です」
ユーマ 「料金が発生した」
有砂 「どういうつながりなんですか?」
店長 「この建物の大家さんなのよ」
有砂 「そうなんですか!」
店長 「注文ですか?」
矢部 「えぇ、ブレンド4つ、事務所までお願い」
店長 「かしこまりました」
矢部 「金元、お会計」
金元 「はい」
矢部 「上原さん、おいしいコーヒーをいつもありがとう。(店内をゆっくりと歩きながら)(十分に間をとる)挽き立てコーヒーのかぐわしい香り…フローラル~!(決めポーズ)」
金元 「五千円です」
有砂 「勝手にやったのに?」
ユーマ 「しかも、さっきより高い」
店長 「はい、では丁度いただきます。」
矢部 「じゃぁ、よろしくね。」
店長 「はい。」

矢部と金元が去る。
ドアベルの音。

ユーマ 「なんだったの? いまの」
有砂 「ここ配達もやってるんですか?」
店長 「矢部さんだけね。まぁ、どうせ近いし。」
ユーマ 「うちもやってもらおう」
有砂 「テイクアウトでいいでしょ。」
ユーマ 「テイクアウトは、茶葉か豆しかないじゃないか」
店長 「ごめんね、紙コップとか用意してないのよ」
有砂 「いいんです、わかってて言ってるから、この人は」
ユーマ 「有砂」
有砂 「なに?」
ユーマ 「時間」
有砂 「あ!」
ユーマ 「足、ひっかけないようにね」
有砂 「いってくる!」
店長 「いってらっしゃい~!」

上着を着て、早足ではける有砂。
ドアベルの音。

店長 「うまくいくといいわねぇ」
ユーマ 「(紅茶を啜る)……。店長、お会計を」
店長 「はいはい。ユーマちゃんも今日はどこかへおでかけ?」
ユーマ 「(考えて)世界の端っこを捕まえに…」
店長 「なあに、それ。」
ユーマ 「さぁね」

暗転。

2 ― ②

■デートの帰り道

舞台下
並び歩く有砂と並木

並木 「今日はありがとね。」
有砂 「あ、いえ、こちらこそ…」
並木 「俺結構甘いもの好きなんだけどさ。一人だと入りにくいから助かったよ。」
有砂 「そうなんですか? 最近は一人でスイーツのお店に行く人も多いって聞きますけど。」
並木 「いやいや、なかなか勇気いるよ。あぁいう店ってさ、結構女性の割合高いじゃん? スイーツ男子って言っても少数派だし。やっぱり肩身狭いよ。」
有砂 「気にすることないと思いますけどね…。女性のお客さんも、実際目の前のスイーツしか見てないものですよ。」
並木 「そうなんだろうけどー。嫌じゃない? 女の子ばっかりの空間にむさ苦しい男が居ると。」
有砂 「そんなの思ったことないですよ。それに、並木さんはむさ苦しくないですし。」
並木 「ありがと。まぁ、気分の問題かな…。このあいだの、ターミナルみたいな渋めな店だったら、俺も一人で入れるけど、今日行ったとこみたいな、キラキラ可愛いお店は、一人だとやっぱ勇気いるよー。」
有砂 「(笑って)私なんかでよければ、いつでもご一緒しますよ」
並木 「うん、またお願いしようかな。」
有砂 「あ、でも、並木さんなら、いくらでも付き合ってくれる女の人いますかね…。」
並木 「そんなことないよ。」
有砂 「仲いい女の人、いっぱいいますもんね。」
並木 「……須藤ちゃんさぁ」
有砂 「並木さん、モテますし。」
並木 「俺の勘違いだったらごめんね。」
有砂 「はい…」
並木 「俺、誰かひとりを特別扱いってできないんだよね。」
有砂 「…え?」
並木 「俺にとっては、どんな女の子も、きれいな花にしか見えないんだよね。」
有砂 「? えっと…。」
並木 「どの花も同じくらいきれいで、だからこそ、どれか一輪だけを愛でることなんて考えられない。だってそんなの花に対して失礼だろ。」
有砂 「………。」
並木 「だから、もし俺にそれ以上を望んでるなら、他行った方がいいかもね。」
有砂 「……。」
並木 「じゃぁ、ここまででいいよね? 俺、帰るから」

間。

有砂 「(小声で)…なんですか、それ」
並木 「なに?」
有砂 「言っておきますけど。私、違いますから」
並木 「なにが?」
有砂 「た、たしかに、並木さんモテるし、ちょっといいなって、思ってました、けど、…そんな、誰のことも大切にできないような人なら、別にいいかなっていうか…」
並木 「どういうこと?」
有砂 「そうですよね。並木さんみたいに、誰にでも優しい人って、そうやってバリア張って、誰のことも懐に入れる気がないってことですもんね。」
並木 「……。」
有砂 「それって、…居場所を作るのが怖いっていうか…誰かの居場所になるのが怖いっていうか…臆病な人ってことですよね。」
並木 「俺が、臆病?」
有砂 「特別な居場所を、きっと、知らないんですね。」
並木 「……。」
有砂 「だから、可哀そうな人なんだなって…。あ、ごめんなさい。先輩なのに。」
並木 「…俺、自分のこと、可哀そうとか思ったことないけど。」
有砂 「誰かを特別に思えない人は、誰の特別にもなれないと思います。きれいな花の中から、たった一輪の自分だけの花を見つけて、それを大切にすることができないなんて、…それは、寂しいことだと思います。」
並木 「俺、別に寂しくなんてないけど。」
有砂 「寂しくないなら、どうしていろんな女の子をデートに誘うんですか。誰かと一緒にいるんですか。」
並木 「それは、女の子たちが喜ぶからでしょ。」
有砂 「けど、こうやって、深入りする前に自分から離れて行っちゃうんですよね。きっと、私だけじゃなくて、いろんな女の子に言ってきた断り文句ですよね。」
並木 「それは…」
有砂 「自分に好意を持ってそうな女の子を振り回して、自分の都合で傷つけて、…そんな人なら、私は、もう、いいです。」
並木 「……。」
有砂 「だから、並木さんのこと、ちょっといいなって思ってたけど、もうやめます。…今日は、ありがとうございました。」
並木 「…須藤ちゃん」

足早に去る有砂、取り残される並木。

2 ― ③

■喫茶ターミナルにて
テーブルの上にはお冷ふたつ

有砂 「って、負け惜しみみたいなこと言っちゃったよー!」
ユーマ 「うん、負け惜しみだ」
店長 「負け惜しみ、かもねぇ…。」
有砂 「だって、花にしか見えないとか言われた途端、サーって冷めちゃったんだもん。何言ってるんだろこの人、って思って。」
ユーマ 「それは何言ってるんだろで合ってるよ」
有砂 「なんだろうね、いままで何を見てたんだろうね、わたし。」
店長 「イイ子そうに見えたんだけどねぇ。」
有砂 「でも告白もしてないのにふられた感じになってるの、なんかうける。始まってすらいなかった恋が終わったみたいな。」
ユーマ 「うん」
有砂 「バカだよね。変な期待して、お気に入りのワンピース出して、ネックレスとか靴の組み合わせで悩んでさ。どうせ私のことなんか見てないのに。」
ユーマ 「見てなかったなぁ」
有砂 「でも、ショック受けてるの。わたし。なににショック受けてるのか、自分でもよくわかっていないんだけど。」
ユーマ 「大丈夫。なにも始まってないし、なにも終わってないよ。」
有砂 「え?」
店長 「そうよ。ほらほら、お茶とおケーキよ。」

二人分のティーセットとケーキをテーブルに並べながら。

ユーマ 「お茶会だ!」
店長 「本日のケーキはガトーショコラよ。」
ユーマ 「おぉぉ…」
有砂 「やった、ガトーショコラ大好き。」
店長 「甘いもの食べて、元気出して。」
有砂 「いやー、別に、言うほど落ち込んでるわけじゃないんですよ? 謎のショックは受けてますけど…」
ユーマ 「いいんだよ、笑い話にしなくて。」
有砂 「え?」
ユーマ 「別に、笑い話にしなくても、ちゃんと、聞いてるから。」
店長 「そうよー。話して楽になるなら話しちゃえばいいのよ。」
ユーマ 「傷ついてるのに、自分で自分の傷えぐることないよ。」
有砂 「傷ついてなんか……。いや、傷、ついてる、かも。」
ユーマ 「うん。」
有砂 「モテるの知ってたし、向こうは私のこと好きなわけじゃないんだろうなって、わかってたんだけど、久しぶりの色恋沙汰? で浮かれちゃってたみたい。」
ユーマ 「色恋沙汰…」
有砂 「でもさひどくない? 向こうから誘っておいてこの仕打ち!」
店長 「そうねぇ。有砂ちゃん、たくさん悩んだのにね。」
有砂 「それが、無駄だったんだなって思うと…やっぱり、へこみますよね。」
店長 「…そんなときは、おいしいお茶を飲んで、お菓子を食べて。ゆっくりして、くつろいでね。あ、もちろん、コーヒーも飲んでみてくれたらうれしいけど。」
有砂 「(笑って)ごめんなさい全然頼まなくて。」
店長 「ここは喫茶ターミナルなのよ。ターミナルは、始発駅でもあり、終着駅でもある。始まりと終わりの場所。お客さんがいつでも、ここに帰ってきて、一服すれば、帰ってきたなって思ってくれるような場所にしたくて、この名前にしたの。」
ユーマ 「始まりと、終わりの場所…?」
店長 「そう。だから、いつでも帰ってきてね。私はいつでもここで、待っているから。」
有砂 「店長ぉ…。わたし、わたしが、初めてここに来た時も、同じこと言ってましたよね。」
店長 「あらやだ。そうだったかしら?」
有砂 「そうですよ。わたし、一人暮らしなんて初めてで、初めての土地で、友達も居なくて、知らない人ばっかりで。心細かったんです。そしたらね、駅に向かう道の途中にある、この喫茶店を見つけたんです。見つけてしまったら、気になって気になって。でも、一人で喫茶店なんて入ったことなかったから、毎日目の前を通り過ぎるだけだったんです。」
店長 「うん。覚えているわ。朝、この道を通るときにいつもいつも、看板をじっと見て、表のメニュー表をじっくり見て、ドアに手をかけるけど、やっぱりやめて、去って行っちゃう女の子。」
有砂 「え、そこまでみられてたんですか。恥ずかし。」
店長 「よく覚えているわよ。」
有砂 「忘れてください…。それで、いつだったか、お店の前でまた入るかどうか悩んでたら、店長が声をかけてくれたんですよね。」
店長 「よかったら、あがってちょうだい。コーヒーくらいしか出せないけど。って」
有砂 「喫茶店なんだから、コーヒー出してくれればもう何も言うことないのに…って、なんだかその言い回しがおかしくて、つられて入っちゃったんですよね。」
店長 「ごめんねぇ、うまいこと言えないのよ。」
有砂 「そうじゃなくて。なんか、気が抜けたっていうか。店長に声をかけてもらえたおかげで、安心してお店のドアを開くことができたんですよ、わたし。……コーヒーを飲んで、一息ついて、食器同士がふれあう音や、食器を洗う音。だれかが料理をしている音を聞いてたら、帰ってきたな、って思ったんです。変ですよね、初めて来たお店だったのに。」
ユーマ 「それは…。なんだか、解かるような気がする。」
店長 「これ以上ないほどの誉め言葉だわ。…わたしは、その言葉を聞くために、毎日働いているのかもしれないわね。」
有砂 「おいしいです。ガトーショコラ。小さいとき、お母さんに焼いてもらったケーキは、こんなにおいしくなかったけど。でも、なんだか懐かしい味がします。」
ユーマ 「味に、“懐かしい”があるの?」
有砂 「あるよ。人間の感覚は、記憶に密接に関係しているんだよ。味も、香りも、音も、目に映るものも、手触りも。」
ユーマ 「ふーん…」
有砂 「きっと、次、同じケーキを、紅茶を、口にしたときに、今こうしてターミナルで過ごしている時間を思い出すことになるよ。ユーマも。それが、“懐かしい”になるんだよ。」
ユーマ 「時間の経過と記憶が“懐かしい”になるのか。」
有砂 「そうだね、“今”が“過去”に変わるときもくるんだ。そう考えると、不思議だよね…。」
ユーマ 「それは、興味深い意見だ。」
有砂 「…なんか、どうでもよくなってきちゃった。さっきまでのこと。」
ユーマ 「紅茶はおいしいし、」
有砂 「ケーキもおいしいもん。」
店長 「一息つけたかしら?」
有砂 「はい。」
店長 「それならよかったわ。」

ドアベルの音。
並木が入ってくる。

店長 「…いらっしゃいませ」

一直線に有砂のもとへ向かう並木。

並木 「いたいた、須藤ちゃん」
有砂 「…なんの用ですか」
並木 「嫌だな、そんなに身構えないでよ。俺と須藤ちゃんの仲じゃないか。」
有砂 「は?」
並木 「俺、気づいたんだよ。須藤ちゃんが俺の『特別』だって!」

有砂 「…はぁ!?」
並木 「だからさ、俺、君に謝ろうと思って。ひどいこと言ったよね、ごめんね。けど、俺、ちゃんと気づいたから。大丈夫だから。だから、俺と一緒になろう!」
有砂 「どこをどう解釈したらそうなるんですか!?」
並木 「俺にあんなに真剣に感情をぶつけてくれたのは、君が初めて。君が教えてくれたから、俺は自分の過ちに気づくことができたんだ。だから、今日から俺は君という一輪の花だけを大切にするよ。」
有砂 「近い近い近い」
並木 「俺は君を特別に大切にする。君も俺のことが好きなんでしょ? これでやっと両想い、ハッピーエンドだ。」
有砂 「いや、だからそうじゃなくて。」
ユーマ 「いい加減にしろ」

ユーマと目が合う並木。
ウィンクするユーマ。怯んだ隙に、並木を有砂から引き離す。

並木 「!? 目が!」
ユーマ 「人の気持ちを散々踏みにじっておいて、どうして有砂がおまえを好きになると思う?」
並木 「ユーマちゃんには関係ないでしょ、入ってこないでよ」
ユーマ 「わたしの友人が侮辱されているのだから、わたしにも文句を言う権利はある。」
店長 「(小声で)そうよそうよ」
並木 「これは俺と須藤ちゃんの問題なの。」
ユーマ 「有砂が嫌がっているのがわからない?」
並木 「嫌がってるわけないでしょ、須藤ちゃんは俺のことが好きなんだから。」
ユーマ 「その前提が間違っていると言っているんだ」
並木 「間違ってないよ。間違ってるわけないじゃないか。ねぇ、須藤ちゃん」
有砂 「……(一呼吸おいて)間違ってます!」
並木 「え?」
有砂 「私、言いましたよね? もう、並木さんのことは好きじゃないって。」
並木 「え」
有砂 「私、あなたに好意を持つのをやめたんです。」
並木 「え、え、なにそれ。あ、わかった。照れてるの?」
有砂 「照れてません」
並木 「照れなくてもいいよ。俺は君を受け入れることにしたんだから」
有砂 「結構です」
並木 「ねぇ、須藤ちゃん」
有砂 「もういい加減にしてください。私があなたに言ったこと、ひとつも伝わってないじゃないですか」
並木 「伝わったよ。伝わってるから、こうして」
有砂 「いいえ、あなたはまた、私を振り回そうとしているじゃないですか。」
並木 「振り回そうだなんて、俺はただ」
有砂 「独りよがりに思い込みで行動して。どうして、私があなたにまだ好意を持っていると思えるんですか? あんなにはっきり断ったのに。」
並木 「須藤ちゃん、どうしちゃったの? 今までと全然態度違うじゃん…」
有砂 「当り前じゃないですか。あなたに好意を持っていた私はもういないんですから。」
並木 「そ、そんな…。そんなこと、あるわけ…」
有砂 「はっきり言った方がいいですか? もうあなたに興味ないって」
並木 「う、嘘だよね? だって、君はあんなに真剣に…だから、俺は…!」

有砂の肩をつかむ並木。
それを振り払う有砂。

有砂 「やめてください! あー、もう、わかりました。嫌いです。もう嫌いになりました。だからもう勘弁してください!」
並木 「嫌い…?」
有砂 「嫌いです!」
並木 「そんな…」
有砂 「だから、もうここには来ないでくださ…」
並木 「そんなこと言われたの、初めてだ!」
有砂 「は?」
並木 「やっぱり、君、俺の『特別』だよ。ねぇもっと言って。嫌いって。」
有砂 「ええええ意味がわからない…」
並木 「わかったよ。やっぱり、君はほかの女の子とは違う。だから『特別』なんだ。」
ユーマ 「とんでもなくこじれてきたな…」
有砂 「本当、なんで私この人のこと、一瞬でもいいかもって思ったんだろ? ユーマよりも、この人のほうがよっぽど宇宙人だよ…」
ユーマ 「この男と比べられるなんて、宇宙人に失礼だ」
並木 「ねぇ、もう一回嫌いって言って」
有砂 「もう帰ってもらえませんか?」
並木 「そんな、もっと一緒に居させてくれ! そして俺を罵ってくれ!」
有砂 「どうすればいいの」
店長 「(小声で)警察呼ぶ?」
有砂 「いやー、一応同じ会社の人なので…」
ユーマ 「反対にすればいいんじゃないか」
有砂 「何を?」
ユーマ 「好きと嫌いを」
有砂 「えっと…並木さん」
並木 「なに?」
有砂 「んー…帰ってくれないと、好きになっちゃいますよ?」
並木 「それは困る! …じゃぁ、今日のところは帰ろうかな」
有砂 「ややこしすぎる…」
ユーマ 「ややこしすぎて逆に単純な気もする」
並木 「また明日、会社でね」
有砂 「会社でも、必要以上に話しかけないでくださいね。好きになっちゃうので」
並木 「しょうがないなぁ、わかったよ。」
店長 「頭がこんがらがってきたわ…」
並木 「きれいな花には棘がある、ってね。じゃーね、須藤ちゃん。」
有砂 「……。」

ドアベルの音。
並木が去ろうとして、すれ違いざま、矢部と金元が入ってくる。

店長 「いらっしゃいませ、注文ですか?」
矢部 「今日は注文じゃないわ」
店長 「はい?」
並木 「あ、この人」
金元 「ご存知ですか」
並木 「ビューティフル・矢部?」
矢部 「フローラル・矢部よ!」
金元 「三千円です」
並木 「何代?」
矢部 「今日は話があって来たの。」
店長 「はい、どのようなご用事ですか?」
矢部 「近々、美容室を開こうと思うの。」
店長 「そうなんですか。」
矢部 「ヘアサロンだけじゃなく、ネイルサロンも併設して…ドレスショップとも提携して、貸衣装もお出ししたいの。様々な方向から美にアプローチして、お客様をフローラルに満たしてあげるのよ。」
店長 「いいですねぇ。素敵だと思います。」
矢部 「でね、ここって駅近で日当たりがいいじゃない?」
店長 「はい」
矢部 「この窓の前に鏡を置いて、お客さんに座ってもらったら、とーってもフローラルだと思うのよね」
店長 「はい…?」
矢部 「で、そろそろ契約更新でしょ、ちょうどいいと思って。」
店長 「えっと…?」
矢部 「単刀直入に言うわ。ここ、喫茶ターミナルには立ち退きしてもらうことにしたの。」
店長 「えっ…」
有砂 「えぇっ…!?」
金元 「立ち退き料はもちろん払わせていただきます。」
店長 「あの…急に言われましても」
矢部 「いいじゃない、喫茶ターミナル、リニューアルオープンってことで。」
金元 「どうせあんまり人も入っていないじゃないですか。フローラルが有効活用しようって言ってるんだから、それでいいでしょう?」
矢部 「金元。」
店長 「そう、ですね……。」
有砂 「店長!」
店長 「え?」
有砂 「このままだと、本当に立ち退きすることになっちゃいますよ。」
店長 「大家さんの言うことだもの、私が拒否できることじゃないわ」
有砂 「でも、店長言ったじゃないですか。ターミナルはお客さんの帰る場所だって。それなのに、なくなっちゃうかもしれないんですよ?」
店長 「……。」
ユーマ 「そうなったら。この日当たりのいい席にも、もう座れなくなってしまうな」
有砂 「朝日に照らされてキラキラするティーカップが好きなのに。」
ユーマ 「目の前の通りを歩く人たちを眺めることもできなくなってしまうし」
有砂 「花壇に咲くお花を楽しみにすることもできなくなっちゃうね。」
ユーマ 「それに、ターミナルがなくなってしまったら、わたしたちはどこに帰ったらいいのかわからなくなってしまう。」
並木 「家でしょ」
有砂 「並木さんはちょっと黙っててください」
並木 「(嬉しそうに)はーい」
有砂 「それに、この場所じゃなかったら、私はこのお店に出会えなかったかもしれないのに。」
ユーマ 「それは大変だ。有砂がターミナルに出会えてなかったら、私も出会えてなかったかもしれない。」
有砂 「本当に、それでいいんですか?」
店長 「嫌よ! 私だって、この場所でお客さんを待てなくなるのは、嫌。」
有砂 「だったら…!」
店長 「でも、この建物の持ち主は大家さんなの。それなら、私はわがまま言えないわ。」
有砂 「店長……。」
ユーマ 「それは、店長の本心?」
店長 「……。」
有砂 「あの、少し、考えてもらうことってできませんか?」
矢部 「考えることなんて、なにもないと思うけど?」
有砂 「店長には、この場所でお店をやってきた思い出だってたくさんあると思うんです。それなのに、いきなり立ち退きなんて、納得できないと思うから。」
矢部 「思い出、ねぇ…」
金元 「フローラルが美容室を開くのを、楽しみに待っているファンだっているんですよ。」
有砂 「けど、店長のためにも、考え直してもらえませんか」
矢部 「どうなの、上原さん。」
店長 「私は…。」
金元 「はっきり言ってくださいよ。」
店長 「……場所をお借りしている身ですが、私はこの先も、この場所でお店をやっていきたいと思っています。なので、立ち退きに応じることはできません。」
矢部 「どうしても?」
店長 「どうしても、です」
金元 「どうするの、フローラル」
矢部 「円満に立ち退きする気はないってこと?」
店長 「…はい。」
矢部 「そう、困ったわね…。」
ユーマ 「店長が納得するためにも、チャンスをくれないか。」
矢部 「チャンス?」
金元 「なにを言ってるんですか。そちらが大人しく立ち退きすればいいだけの話でしょう。この土地を持っているのはフローラルなんだから。」
矢部 「金元。こちらも、円満に立ち退きして頂けずに、後から問題になっても困るわよ。それが人気商売というもの。」
金元 「だけど…。」
矢部 「そうね…なら、こうしましょう。一週間後の今日、喫茶ターミナルの“至高の一杯”を、私に提供して頂戴。それで私の舌を納得させることができたら、立ち退きの話はなかったことにするわ。」
店長 「矢部さん…!」
矢部 「フローラル・矢部よ!」
金元 「三千円です」
店長 「ありがとうございます! フローラル・矢部さん」
矢部 「けど、私が納得できなかったら、きちんと立ち退きには応じてもらうわよ、いいわね?」
店長 「わかりました。チャンスを頂けたからには、必ずあなたの舌を納得させて見せます。」
矢部 「じゃぁ、来週を楽しみにしてるわ。」
金元 「首を洗って待っててくださいよね!」

矢部と金元がはける。

有砂 「店長、大丈夫ですか?」
店長 「びっくりしたわ、びっくりしたわ。」
有砂 「うんうん、びっくりしましたよね。」
ユーマ 「首の皮一枚つながったという感じだな。」
有砂 「でもどうするんですか、あの人の舌を納得させる一杯なんて。」
店長 「どうしましょう?」
有砂 「あんなに自信満々だったじゃないですか」
ユーマ 「何か策があるわけではないのか」
店長 「あるわけないじゃない~! もう、私、いっぱいいっぱいだったのよ。」
有砂 「そりゃそうか。」
ユーマ 「じゃぁ、作戦会議をしよう。」
店長 「作戦会議?」
有砂 「私たちだって、ターミナルが立ち退きしちゃうのは困るんです。だから、みんなで一緒に考えましょう。」
店長 「有砂ちゃん、ユーマちゃん…」
並木 「さぁ、みんなでかんがえよー。」
有砂 「並木さんは帰ってもいいですよ」
並木 「やだやだ、面白そう、俺もまぜてよ!」
有砂 「えー…」
店長 「“至高の一杯”っていうくらいなんだから、やっぱり高級豆のほうがいいのかしら」
並木 「コピ・ルアクとか?」
ユーマ 「コピ…?」
並木 「コピ・ルアク。ジャコウネコの糞から採れる豆だよ。」
有砂 「糞…。」
ユーマ 「でも、猫だぞ。」
有砂 「猫なら可愛いからいいか…。」
ユーマ 「うむ」
並木 「でも、あの人有名人でしょ? 高級豆なんて飲みなれてるんじゃないの」
店長 「確かにそうねぇ」
ユーマ 「至高の一杯と言われて高級豆を出すのも、安直な気がするしなぁ」
有砂 「じゃぁどうすればいいかな?」
店長 「うーーん…」
ユーマ 「“至高の一杯”というのも、立ち退きをさせるための条件だろう。ということは、ターミナルが存続すべきだと思わせるように仕向けるか」
有砂 「どうやって?」
並木 「ないと困るって思わせることかな」
店長 「そう簡単にうまくいくかしら?」
ユーマ 「ターミナルでしか飲めないコーヒーを出すとか?」
有砂 「ここでしか飲めないっていうと…ブレンド?」
店長 「矢部さん、いつもブレンドを頼まれるのよ」
有砂 「飲みなれているものを今さら出されても、だよねぇ」
ユーマ 「そもそも、至高って、なんだろうな」
並木 「この上なくすぐれていること?」
ユーマ 「そうじゃない。」
有砂 「どういうこと?」
ユーマ 「個人の裁量に左右される、曖昧な言葉じゃないか。至高って。」
店長 「そうねぇ。なにを以て“至高”とするかは、正直、個人の好き好きにもよるわよね。」
有砂 「てことは、矢部さんの中で指標となるものがなにかあるのかな?」
店長 「わからないわね。もしかしたら、用意できるわけないと思って言ったのかもしれないわ…。」
並木 「そうなっちゃうとお手上げだなぁ。」
有砂 「うーん…」

しばし考える。

並木 「あ!」
有砂 「なんですか? なんか思いつきました?」
並木 「俺、注文するの忘れてた!」
有砂 「まだ居座る気なんですか?」
並木 「いまいいところじゃん。すみません、コーヒーと…あと、本日のケーキってなんですか?」
店長 「ガトーショコラですよ。」
並木 「あぁ、じゃぁそれで。」
店長 「かしこまりました。」

店長はける。

並木 「(食べかけのガトーショコラを指して)ガトーショコラってそれ?」
有砂 「そうですけど…」
並木 「断面最高。正解のガトーショコラじゃん。」
有砂 「なんですか、正解のガトーショコラって。」
並木 「ガトーショコラは断面がみっちり詰まってる方がおいしいに決まってるだろ。」
有砂 「はぁ…」
並木 「コーヒーにも合うし、最高。」
有砂 「それは同感ですけど。」
ユーマ 「! それだ!」
有砂 「なにが?」
ユーマ 「うん、これなら、ターミナルの魅力もアピールすることができる…」
有砂 「なになに、思いついたの、教えてよ!」
ユーマ 「この場所が侵略されるくらいなら…侵略者を侵略して、返り討ちにしてやろうじゃないか。つまりは」
有砂 「つまりは?」
ユーマ 「侵略して、この場所を守るんだ」

暗転。

2 ― ④

■喫茶ターミナルにて

約束の日。 
そわそわ歩き回っている店長。

有砂 「店長、落ち着いて」
店長 「ほんとうに、うまくいくかしら。」
有砂 「大丈夫、自信持ってください」
店長 「でも、もし矢部さんのお口に合わなかったら、立ち退きになっちゃったら、どうしましょう」
有砂 「今は考えても仕方ないですよ。」

注意深くあたりを見回しているユーマ。

有砂 「どうかした?」
ユーマ 「今日はあのへんな男は来ていない?」
有砂 「ものすごく来たがってたけど、テニス部の活動の日だからってそっちに行ったよ。」
ユーマ 「ならいいんだ。店長、準備はできている?」
店長 「ばっちりよ。」

ドアベルの音。
矢部と金元が現れる。

矢部 「用意できたかしら? 喫茶ターミナルの、“至高の一杯”は。」
店長 「はい、こちらに。どうぞ、お座りください。」

すぐにコーヒーとガトーショコラを持ってくる店長。

店長 「こちらが、喫茶ターミナルの、“至高の一杯”です。」
金元 「ケーキなんて、頼んでませんけど?」
店長 「……。」
矢部 「心の準備はできたかしら。それじゃぁ、頂くわね。」

優雅にコーヒーを口にするフローラル。

矢部 「これは……!?」

矢部 「…いつものブレンドじゃない!」
金元 「なんですって!?」
矢部 「ふざけてるの? 味なんかわからないだろうと思ったの? 冗談じゃないわ、帰らせて頂きます!」
ユーマ 「矢部さん(目を合わせてウィンクする)」
矢部 「フローラル・矢部よ!」
金元 「三千円です」
矢部 「…あら?」
金元 「フローラル?」

矢部に駆け寄り、ソファに座らせる有砂

矢部 「めのまえが まっしろに…」
有砂 「大丈夫ですか?」
矢部 「ありがとう。やぁね、疲れてるのかしら。」
金元 「フローラルは、忙しい中、時間を縫ってここに来たんですよ! おふざけならやめにしてください!」
店長 「おふざけではありません。矢部さん、」
矢部 「フローラル・矢部よ!」
店長 「フローラル・矢部さん。喫茶ターミナルのメニューは、基本のブレンドに合うものを揃えているんです。よければ、召し上がってみませんか? ぜひ、コーヒーと一緒に。」
金元 「はぁ? 至高の一杯って約束なんだから、コーヒーだけで勝負してくださいよ!」
ユーマ 「えー。コーヒーだけしか出しちゃだめなんて、言っていなかったじゃないか」
有砂 「ねー。言ってなかったよねー。」
ユーマ 「ねー。」
金元 「そんなの、屁理屈です!」
矢部 「…いいわ、金元。確かにコーヒーだけ、なんて約束はしていなかったものね。付き合ってあげましょう」
金元 「……。」
矢部 「頂きます」

コーヒーを飲み、ガトーショコラを口に運ぶ矢部。
ひとときの安らぎが訪れる。

金元 「これで満足ですか? もういいでしょう、帰るわよ、フローラル」
矢部 「……。」
金元 「フローラル?」
矢部 「喉から鼻へ抜けていく、コーヒーとショコラの調和した香り…フローラル!」
金元 「えぇ!?」
矢部 「何突っ立ってんの。アンタも座りなさい」
金元 「どうしちゃったのよ、花子」
矢部 「花子じゃない! フローラル・矢部よ!」
金元 「こんなところでゆっくり休んでいる暇はないわよ? この後もスケジュールが詰まっているんだから」
矢部 「いいから。…たまには、喧騒を忘れて腰を落ち着けるのもいいかもしれないわ。」
金元 「あのねぇ…」
矢部 「昔、父にね、よく連れて行ってもらったのよ。」
店長 「え?」
矢部 「古びた喫茶店だったのだけれど。私はまだ子供で、父がいつもブレンドを注文していたから、私も真似して注文していたの。けれど、子供の舌にはコーヒーなんて苦いじゃない? だから、いつも父がケーキを一緒に注文してくれて…」
金元 「フローラル…」
矢部 「甘いケーキと一緒にコーヒーを味わえば、不思議と飲めちゃうものよね。…今は、ケーキなんてなくても、コーヒーが飲めるようになったから。コーヒーだけテイクアウトして、仕事を片付けながら飲むのが常で。…思えば、やわらかいソファに座って、テーブルの上にかわいいコーヒーカップとケーキを並べて、こうして食べたのなんて、いつぶりかしら…。」
店長 「…喫茶店は、コーヒーを飲むためだけの場所ではありません。コーヒーだけを売るなら、コーヒーやさんで十分ですもの…。」
矢部 「そうね。ここは、日差しが温かくて、気持ちいい。ここだけ、時間がゆっくり流れているようだわ。…どうして、忘れてしまったのかしら。」
金元 「花子…」
矢部 「花子じゃない! フローラル・矢部よ! (コーヒーを飲んで)…仕事に追われて、大事なことを見失っては、ダメね。金元、美容室の話は一旦白紙に戻すわ。」
金元 「…いいの? 昔から、あんたの夢だったじゃない。自分の店を持つんだって。」
矢部 「夢をかなえたくて、急ぎすぎていたようね。思い出したのよ、私だって、来てくれたお客さんが、普段の生活を忘れて、なりたい自分になれる。そんな場所にしたかった。」
金元 「えぇ。」
矢部 「こんな大事なことを忘れていた自分に、そんなお店が開けるかしら。大事なことだからこそ、もっと時間をかけて考えるべきだわ。だから、一旦白紙に戻すの。夢をあきらめるわけじゃないわ。」
金元 「…そう。まぁ、あんたが決めたなら、それでいいんじゃない。スケジュール、少し開けとくわね。」
矢部 「というわけで、上原さん。」
店長 「は、はいっ。」
矢部 「喫茶ターミナルの立ち退きは、なしになりました。悪かったわね、騒がせてしまって。」
店長 「いいえ、いいえ…ありがとうございます、矢部さん。」
矢部 「フローラル・矢部よ。こちらこそ、ありがとう。また来るわ。次は、おすすめの軽食のメニューも教えて頂戴。」
店長 「もちろんです。お待ちしています。いつでも、ここで。」

ドアベルの音。
矢部と金元が去る。

ユーマ 「祝杯をあげよう!」
店長 「よかった、ほんとうによかったわ。」
有砂 「店長、お疲れ様でした。」
店長 「あなたたちの協力もあって、喫茶ターミナルは存続となりました! ありがとう!」
有砂 「はい! ここがなくならなくて、よかったです」
店長 「お礼に今日はおごらせて。ひとまず、有砂ちゃんはダージリン、ユーマちゃんはニルギリでいいかしら?」
有砂 「え、いや、払いますよ」
店長 「いいのいいの、お礼させて!」

すぐさま紅茶をとりにいく店長。

有砂 「それにしても、よく思いついたね。」
ユーマ 「うん?」
有砂 「コーヒーだけじゃなくて、ケーキとあわせて提供するって。」
ユーマ 「フードペアリングだよ。紅茶とクッキーの相性が良いように、コーヒーにも相性のいい食べ物があると思ったんだ。相性のいい食べ物と飲み物は、お互いを引き立てあう。」
有砂 「なるほど…」
ユーマ 「それに、ケーキとコーヒーが出されれば、ゆっくりと腰を落ち着けざるを得ない。この席に座らせてしまえば、もう勝ったも同然さ。」
有砂 「ターミナルでもひときわふかふかだもんね、このソファ。」
ユーマ 「日差しがあたたかいこの席で、ふかふかのソファに座って、美味しい飲み物とケーキを口にすれば、ここをなくしたいなんて言えなくなるだろう。」
有砂 「うん。取り戻せたんだ、私たちの居場所。」
ユーマ 「あぁ。…これで、もう安心だ。」

ティーセットとケーキをふたつ持ってくる店長。

店長 「はい、おまちどおさま。」
ユーマ 「さて、祝杯をあげる時間がきたようだ。」

紅茶をティーカップに注ぎ、天高く持ち上げるユーマ

有砂 「これ、ティーカップでやることじゃないよ!?」

持ち上げた手を下ろさないユーマ
店長もコーヒーカップを持ってきて天高く持ち上げる

有砂 「もう、わかったよ。わかりました。」
ユーマ 「乾杯。」
店長 「かんぱーい!」

暗転。

3 ― ①

■回想・ここではない場所
BGM・オルゴール

ユリ 「わたしたち、どうして解かりあえないのかしら。」
ユーマ 「もう、無理なんだよ、ユリイカ。もう、わたしは、あなたと一緒にいることができなくなってしまったんだ…。」
ユリ 「一緒に見た、夢のように美しい朝焼けも、透き通る晴れの空も、ゆううつな曇り空も、静かに切り取られた雨の空も、終わりゆく夕焼けも、二人ぼっちの夜空も、始まりの夜明けも、もう、今となっては…」
ユーマ 「……。」
ユリ 「わたしたち、いつから間違ってしまっていたのかしら。」
ユーマ 「それも、もう、今さらだよ。それとも、もしかしたら、初めから。」
ユリ 「家族なのに、家族だから、いつか、解かりあえる時がくると思っていたの。言葉がなくても。でも、間違っていた。」
ユーマ 「言葉がなくては、解かりあうことなんてできない…。」
ユリ 「わたしたち、ほんとうは、お互いをもっと知るべきだった。もっと、たくさん、おしゃべりをするべきだった。」
ユーマ 「けれど、それを知るには、遅すぎた…。」
ユリ 「二人ぼっちだったけど、二人だったから、わたしはさみしくなかった。けれど、あなたはそうじゃなかったのね。そうよね。この世界はほんとうはもっと広くて、この世界の外には、もっとたくさんの人がいて。だから、あなたは…」
ユーマ 「わたしのわがままで、あなたを一人にしてしまうことを、許してほしい。こんなことを言うのは卑怯かもしれないけれど…、私は、あなたがいつまでも、元気でいてほしいと、それだけを願っているよ。」
ユリ 「大丈夫よ。わたし、もう、ひとりで眠れるし、お散歩にだって行ける。ひとりで、どこまでだって行ける。あなたが居なくても。」
ユーマ 「……。」
ユリ 「いつか、こうなるときが来ると思っていたの。さようならね、ユーマ。」
ユーマ 「……。」
ユリ 「どうしたの、行かないの。いいのよ、もう行ってよ、振り返らずに。」
ユーマ 「わたしは…。」
ユリ 「この狭い世界で、わたしたち、お互いだけを見ているの、もう限界だったのよ。だから、あなたは悪くないわ。こうなる運命だっただけ。それは仕方のないことよ。」
ユーマ 「…どうか、あなた自身を責めないでほしい。」
ユリ 「もういいの。早く行って。」
ユーマ 「……。」

去って行くユーマ。
ひとり取り残されたユリイカは、静かに泣いていた。

暗転。

3 ― ②

■ベランダにて
魔法瓶に入れた紅茶を持ち出して、天体観測
空には、美しい星空が広がっている。

ユーマ 「それで、4つめの星では、みな忙しく働いていて、忙しそうだった。どの人も常に時間に追われていて、機械のような星だと思った。」
有砂 「…少し、地球に似ているかもね」
ユーマ 「そうかな。ずっと働いているなんて、なんのために生きているのかわからないよ。」
有砂 「でも、働かないと生きていけないし、その人たちもそうだったんじゃないの?」
ユーマ 「おかしなことに、その星ではみな十分な富を持っていたんだ。」
有砂 「どうして休まなかったの?」
ユーマ 「働いて手に入れた富が、いつなくなるかわからなくて不安なのだと言っていた。みんながみんなそんな考え方だから、経済はうまく回らず、結果、人々は働き続ける。悪循環だった。そんな星はわたしの居場所ではないと思って、ほどなくして旅立った。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「5つめの星では、私と同じように旅をしている人と出会ったんだ。その人は、流れる星の軌跡を辿った先に、本当の幸せがあるって伝説を信じて、旅をしていると言っていた。」
有砂 「へー、なんかロマンチック」
ユーマ 「仲良くなってみたかったけど、すぐにどこかへ旅立って行ってしまったんだ。だから、あまり話もできなかった。」
有砂 「そうなんだ。」
ユーマ 「そして、私が訪れた6つめの星が、ここ、地球だよ。」
有砂 「ユーマは、ここにくるまで、たくさんの星を旅してきたんだね。」
ユーマ 「けれど、そのどこにも、自分の居場所は見つけられなかった…」
有砂 「うん。」
ユーマ 「地球に来て、有砂に出会って、やっと自分の居場所を見つけることができたような気がした。」
有砂 「…うん。」
ユーマ 「有砂は、わたしにとって大切な、友人。だと思う。」
有砂 「なんか、改めて言われると照れるな。」
ユーマ 「そうかな?」
有砂 「珍しいじゃん。ユーマは、いつも、小難しいことばかり言っているのにさ。」
ユーマ 「そんなことはないよ」
有砂 「あるよ。ユーマの言葉には情報量が多いよ。」
ユーマ 「物事を正確に伝えたいだけさ」
有砂 「もっと、いまみたいにシンプルだといいのに。」
ユーマ 「シンプルでも、正確に情報が伝わるか心配だ」
有砂 「伝わるよ。私は、ユーマの大切な友人なんでしょ?」
ユーマ 「なるほど。」
有砂 「あー、恥ずかし。よく言えたね、こんなセリフ。」
ユーマ 「有砂」
有砂 「なに?」
ユーマ 「私は、自分の居た星に帰ろうと思う」
有砂 「えっ…」

間。

ユーマ 「(気が付いたように)…私が地球に来て満365日経つときに、有砂と出会った無人駅に到着する列車に乗って」
有砂 「ごめん、そうじゃない、情報を増やさないで」
ユーマ 「……。」
有砂 「ユーマ、帰るの?」
ユーマ 「帰るよ。」
有砂 「いまの…今の話はなんだったの?」
ユーマ 「今の話?」
有砂 「ここが…地球が、ユーマの居場所なんじゃなかったの?」
ユーマ 「そうだよ。」
有砂 「じゃぁ、どうして帰るの?」
ユーマ 「妹が居るんだ」
有砂 「妹?」
ユーマ 「そう。妹。名前はユリイカ。かわいくて、わがままで、手に負えない。」
有砂 「初めて聞いた」
ユーマ 「初めて話した」
有砂 「……。」
ユーマ 「私が住んでいた星は、地球よりももっともっと小さくて、寂しい星だった。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「小さな星でも人口はさらに少なく、人と人との距離の遠さを解決するために、地球でいうところの、インターネットのようなものがそこかしこに通っていて、学びも、仕事も、なんでも遠隔でやりとりするのが普通の星だった。」
有砂 「便利じゃん。わたし、家で仕事できたらいいのにって思うよ。」
ユーマ 「便利だけれど、そのかわり、画面越し以外で日常的に顔を合わせるのは、妹のユリイカしかいなかった。」
有砂 「…両親は?」
ユーマ 「そんな閉鎖的な生活に嫌気がさしたんだろうな。もう何年も前に、ほかの星へ引っ越していってしまったよ。」
有砂 「そんな…」
ユーマ 「地球ではおかしなことかもしれないが、わたしの星ではそう珍しいものでもなかったよ。本数は多くないが、交通網もそれなりに発達していたしね。」
有砂 「地球では、宇宙に出かけることができるのは限られた職業の人だけだよ。」
ユーマ 「そういう星も少なくはないが、星と星の間を行き来する列車がとおっている星では、誰もが宇宙に出かけることができるんだ。」
有砂 「ユーマの星では、その列車がとおっていたんだ。」
ユーマ 「だから、ずっとユリイカと二人で暮らしていたんだ。姉妹だが、とことん気が合わなくてね。私はユリイカが何を望んでいるのか全くわからなかったし、ユリイカもそうだったと思う。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「私が食事の支度をすればユリイカは出かける準備をした。仕方なくそれに付き合おうと行き先を尋ねても、婉曲な言葉ではぐらかすばかりだった。」
有砂 「どんなふうに?」
ユーマ 「いつだったか、『世界の端っこを捕まえに行きたい』と言った。真夜中に連れ出されて、到着したころには朝日が顔を出していた。ユリイカは、地平線から上る朝日が見たかったんだ。」
有砂 「あー…。私からしてみれば、ポエミーな言い回しだなと思うけど…。うん、日常的にそれだと疲れちゃうかも。」
ユーマ 「一事が万事その調子で、私はついに耐えられなくなってしまった。自分の居場所を探して、旅に出たんだ。」
有砂 「居場所、かぁ…。」
ユーマ 「地球に来る頃には、疲れてしまっていた。あてどもなくさまよっても、居場所が見つからないことに嫌気がさしていた。自分はなんのために旅に出たのかわからなくなってしまっていたんだ。地球に降り立ったのはいいものの、もう、帰ってしまおうかとも思った。だから、ずっと、あの無人駅で列車を待っていたんだ…。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「けれど、そうして待っていたら、お節介が声をかけてきた。」
有砂 「お節介とは失礼な。」
ユーマ 「宇宙人のわたしに自分から声をかけてくるなんて、有砂くらいしかいなかったよ。」
有砂 「宇宙人だなんて知らなかったんだもん!」
ユーマ 「一週間後にはあれから365日が経つ。それが、私が自分の星に帰る時間。」
有砂 「…うん。」
ユーマ 「今年は、7月31日に火星が地球に接近したよね。距離にして、5759万キロメートル」
有砂 「あー、そうだったね。ベランダでアイスティー入れて、一緒に見たよね。」
ユーマ 「…有砂は、途中から付き合ってくれなくなったけど。」
有砂 「まさかそれから毎晩見るとは思わなくて。」
ユーマ 「あれと同じで、私の星が地球に一番接近するときがあるんだ。次は、今から一週間後。私が地球に降り立って、ちょうど365日が立つ日。その時に、あの無人駅の列車に乗れば、わたしは自分の星に帰ることができる。これで、わたしの宇宙旅行はおしまいだ。」
有砂 「…私、正直言うと、ユーマが宇宙人だって、半信半疑だったんだよね。」
ユーマ 「知ってる」
有砂 「宇宙人って言ってるのは嘘で、本当はこの地球のどこかにユーマの住んでいた家があって、家族が居て、友達も居て。けど、何か理由があって、嫌になって、逃げだした。その言い訳だと思ってた。」
ユーマ 「鋭いね。逃げ出したというのは、否定できないな」
有砂 「だから、ユーマがいつか帰りたくなっても、それは、この地球上のどこかだから、車でも、電車でも、新幹線でも、飛行機でも、何にでも、乗っていけば、また会えると思って」
ユーマ 「…うん。」
有砂 「けど、最近は、ユーマは本当に宇宙人なんじゃないかなって。」
ユーマ 「最近まで疑われていたんだ」
有砂 「だから、ユーマが本当に宇宙人なら、ユーマはいつか、地球ではなくて、自分の元居た星に帰ってしまうときが来るんじゃないかなって。それが、来なければいいのになって思ってたよ。」
ユーマ 「誰にでも帰る場所はあるよ。私にも、有砂にもね」
有砂 「私にも?」
ユーマ 「そう。有砂は、もう気づいているじゃないか。ずっと前から。」
有砂 「…そうだね。きっと、喫茶ターミナルが、私の居場所であり、帰る場所なんだと思うよ。」
ユーマ 「私にとっても、喫茶ターミナルは帰る場所だ。」
有砂 「ユーマは、自分の星に帰ってしまうのに?」
ユーマ 「帰る場所は、ひとつしか持てないわけじゃない。わたしの星も、ターミナルも、わたしにとっては帰る場所だ。」
有砂 「そんなの、屁理屈だよ。」
ユーマ 「それに気づけたから、わたしは帰るんだ。ぜんぶ、有砂のおかげなんだよ。」
有砂 「……。」
ユーマ 「ねぇ有砂。一つ教えてあげるよ。」
有砂 「なに?」
ユーマ 「わたしは、わたしたちは、帰る場所があるから、どこへでも行けるのさ。」

暗転。 

3 ― ③

■無人駅の待合室

さっきまで有砂たちの乗っていた電車が走り去る音。

有砂 「さっむ……。」
ユーマ 「まだ待つから、しっかり着込んでおいた方がいい。冷えるよ。」
有砂 「ふふん。こんなこともあろうかと、いいものを用意してきたよ?」

鞄から魔法瓶とコップを取り出す有砂。
すぐにコップに注ぎ入れる。温かい紅茶だ。

有砂 「一緒に飲もうと思ってさ」
ユーマ 「奇遇だね、わたしも、いいものを持っているよ。」

鞄から、包み紙に入ったクッキーを取り出すユーマ。

有砂 「それ、ターミナルの。お土産じゃないの? いいの、開けちゃって。」
ユーマ 「お土産とは別に持たされたよ。帰り道で食べてねって。」
有砂 「さすが、気が利く…」
ユーマ 「クッキーをかじって、紅茶で流し込む。最高の贅沢だ。」
有砂 「寒いからしみるねー。」

黙々と紅茶とクッキーを消費していく二人。

有砂 「…ほんとうに、帰っちゃうんだね。」
ユーマ 「この会話、5時間45分17秒前にもした。」
有砂 「名残惜しいから、確かめてるんだよ。何度だってさ。」
ユーマ 「…うん。」
有砂 「……。」
ユーマ 「私が旅立つ前、最後の言い争いのとき。ユリイカが、言っていたんだ。一緒に美しいものが見たい、って。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「そのときは、どういうことだかわからなかったけれど。今ならわかる気がするんだ。地球に来て、有砂と出会って、一緒に紅茶を飲んだり、おしゃべりをしたり、『美味しい』や『楽しい』を共有して、心を動かして、自分の居場所ができたと思った。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「そうして、なんでもない特別な日々を重ねて、気づいたんだ。きっと、ユリイカも、私とこうしたかったんだろうって。あの時、ユリイカが言っていたのは、こういうことだったんだろうって。」
有砂 「うん…。」
ユーマ 「けれど、たしかに、ユリイカとだって、「美しい」を共有していたんだ。心を動かしていたんだ。それだって、私の居場所だったんだ。」
有砂 「そう…。それに気づいたから、ユーマは、帰ってしまうんだね。」
ユーマ 「気づくのが遅すぎたけれどね。」
有砂 「……。」
ユーマ 「仲たがいをしたこと以上に大切なのは、そうやって心を動かしたこと。ずっと見つからないと思っていた居場所が、本当はあそこにもあったのだと…。」
有砂 「妹さんと、仲直りするの?」
ユーマ 「時間が経ちすぎてしまったから、私のように、もうあの星からは居なくなってしまっているかもしれないけれど。それでも…話をしてみたいと、思うよ。」
有砂 「待っててくれてるといいね。」
ユーマ 「うん。あの時できなかったおしゃべりを、もしかしたら、今度はできるかもしれないから。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「きっと、紅茶を飲むと、思い出すよ。懐かしい、と思うだろう。ターミナルのことを。」
有砂 「うん。……。」
ユーマ 「有砂?」
有砂 「ううん。今日からまた、一人暮らしに逆戻りかぁ、って、思って。」
ユーマ 「お世話になりました。」
有砂 「ものすごく静かになるんだろうなー。」
ユーマ 「私はうるさくした覚えはないのだけれど。」
有砂 「ユーマがうるさくするとかしないとかじゃなくてさ、人の気配って、結構存在感があると思うんだよね。物音とか。一人だと、自分の物音はあってないようなものだから。」
ユーマ 「そんなものか。」
ありさ 「うん。」

しばしの間。

有砂 「やっぱり、少し寂しいな。」
ユーマ 「じきに慣れるよ。もともと、わたしが居ることがイレギュラーだったんだから。」
有砂 「そうじゃない、そうじゃないんだよ。」
ユーマ 「なにが?」
有砂 「こんなこと言うと、困らせちゃうかもしれないけど、終わりたくないよ…。」
ユーマ 「…うん。」
有砂 「終わらせたくない。せっかくできた親友なのに。」
ユーマ 「有砂、よく聞いて。」
有砂 「うん。」
ユーマ 「終わらないよ。なにも終わらない。遠くに居たって、またいつでも帰りたいときには帰ってくることができる。そんなふうに、帰る場所は、きっと、いつまでも、変わらないでいてくれる場所なんだと思うから。」
有砂 「うん。…そうだね。」
ユーマ 「だから、大丈夫だよ。」

列車の到着する音。
列車のドアが開く。

ユーマ 「私がこの星に来て、これで365日0時間0分0秒。…お別れだね。」
有砂 「また、いつでも遊びに来てよ。私、待ってるからさ。」
ユーマ 「うん。」

列車に乗り込むユーマ。

有砂 「(笑顔で)…さようなら、ユーマ。」

列車のドアが閉まる音。
汽笛の音。
ユーマを乗せた列車が走り去った。

場面変わり、帰りの列車に揺られる有砂。
窓の外には、夜明け前のまだ暗い空、
ユーマの乗った列車が、宇宙へと旅立って行くのが見えた。

暗転。
有砂はポーズを変えず、そのまま喫茶店のシーンへ。

3 ― ④

■喫茶ターミナルにて

ドアベルの音がして、並木が入ってくる。

並木 「おはよう、須藤ちゃん。」
有砂 「おはよう、ございます…。」
並木 「どうしたの、ぼーっとして。」
有砂 「いいえ、なんでも。ていうか、結局入り浸ってるんですね。」
並木 「俺?」
有砂 「はい。」
並木 「その嫌そうな顔が見たくてさ。」
有砂 「悪趣味ですね…。」
並木 「そうそう、昨日もまたテニス部の活動に参加してきたんだけどさ。総務の綾瀬さんわかる?」
有砂 「顔と名前くらいは。あと、メールが可愛い人ですよね。」
並木 「そうそう、その綾瀬さんがね、あんまり接点ないから須藤ちゃんとお話ししてみたいなーって言ってたよ。」
有砂 「はぁ。綾瀬さんもテニス部入ってるんですね。」
並木 「そう。だからさ、やっぱり入ってみない? テニス部。新しい人脈広がるかもよ?」
有砂 「……そうですね。入ってみようかな。」
並木 「うんうん、やっぱり俺が居る部活動に参加するなんて嫌だよね…って、え? 入ってみるって言った、今?」
有砂 「言いました。」
並木 「驚いた。絶対断られると思って、むしろ断られたかったのに。」
有砂 「はぁ、それは残念でした。」
並木 「どういう心境の変化? あ、綾瀬さんカワイイから友達になりたいとか? わかるよ、俺も多少そういう面あるもん。」
有砂 「そんなんじゃないですよ…。ただ、新しい世界に行ってみるのもいいかと思って。」
並木 「新しい世界?」
有砂 「帰る場所があるから、どこへでも行けるんですよ。」
並木 「ふーん。なんかよくわかんないけど、わかったよ。」
有砂 「わかってないじゃないですか。」
並木 「次は来月の第一週目の日曜日だったかな。開けといて。」
有砂 「わかりました。」

ティーセットとモーニングのトーストを持って、店長が出てくる。

店長 「あら、いらっしゃいませ。」
並木 「どうも。ブレンドひとつおねがいします。」
店長 「かしこまりました。少々お待ちください。」

有砂の座っている席に配膳する店長。

店長 「大丈夫、寝不足なんじゃない?」
有砂 「あ、いえ、大丈夫です。」
店長 「やっぱり、ユーマちゃんが帰っちゃったから…」
有砂 「…居るのが当たり前みたいなところがあったから、確かにまだ慣れないですけど…。でも、不思議とあんまり寂しくないんです。」
店長 「そうなの。」
有砂 「はい。きっと、いつかまたふらっと私の前に現れるんじゃないかなって、そんな気がするから。」
店長 「そしたらちゃんと捕獲して、ターミナルに連れてきてね?」
有砂 「もちろんですよ。…あの日、ユーマが乗った列車が、夜空に向かって走っていくのが、なんだかすごく綺麗な光景で。たびたび思い出しては、ぼーっとしてしまうんです。」
店長 「いいわね。私も、見てみたかったわ。列車が宇宙に旅立つところ。」
有砂 「夢みたいでしたよ。そのせいか、現実感ないんですけど。」
店長 「有砂ちゃん、なんだかまだふわふわした顔しているもの。」
有砂 「どんな顔ですか…」
店長 「ふふ。お見送りお疲れ様でした。…おかえりなさい。」

間。

店長 「あら、なんか、変だったかしら?」
有砂 「いえ、…すごく嬉しくて。」
店長 「あら、そうなの。」
有砂 「えっと、そうですね。…ただいま。」
店長 「うん、おかえりなさい、有砂ちゃん。」
有砂 「はい!」

幕。

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