Week12 | 明治以降の日本刺繍史を知る


刺繍に目覚めて12週目。今週やったことを振り返り。

論文を読み終わった

先週から読んでいる論文『近現代における日本刺繍の研究』を読了。参考文献や図を含めると、400ページ超えの大作!情報量がすごかった〜。
今週読んだのは、明治〜現代までの日本における刺繍。とくに明治から戦前までが詳しく書かれていて、現在につながる変遷がたどれて面白かった。

せっかくなので、箇条書きでまとめてみる。

<明治>輸出産業としての工房制刺繍

・開国により、西洋の刺繍技術が入ってきた
・刺繍職人のパトロンであった武家が崩壊し、海外との刺繍貿易や百貨店・呉服店がおもな販路になった
・万国博覧会の場で、日本の重要産物のひとつとして刺繍が展示された
・その際、刺繍は工業製品とみなされることが多かったが、明治後期には美術品として展示される例があった
・産業振興を背景に、政府が刺繍工房への補助、内国勧業博覧会での展示などを通じ、刺繍技術の発展を奨励した
・国内では京都が刺繍文化の中心となり、西陣織の組合誕生、西欧への留学生派遣などを行なっていた
・制作は図案家/刺繍職人/出品(コーディネート)が分業で行われることが多く、図案は日本画家(のちに油画家も)が主に担当していた
・出品は呉服商(のち百貨店)が行うことが多く、高島屋三代目飯田新七は刺繍制作を積極的に行なった
・江戸時代からあった女子向けの裁縫・手芸教育が、女性の職業として学校教育に取り入れられた
・裁縫が実用教育とみなされた一方で、刺繍は一段上の「教養」または「職業の一分野」と考えられた

<大正・昭和戦前>産業から美術へ

・緻密な技法だけでは海外から飽きられるようになった(アール・ヌーボー、アール・デコの流行などが背景)
・図案研究が活発に行われ、刺繍技術そのものより図案の独自性が評価されるようになった
・刺繍職人ではない立場の人々が、工房制ではなく図案から制作までを一人で行うスタイルで刺繍を制作しはじめた(七宝作家の藤井達吉、陶芸家の富本憲吉など)
・(本論文では触れられていないが)世界的なアーツアンドクラフト運動の影響を受け、工芸を美術の域に押し上げる流れがあり、刺繍が美術展で展示されるようになった

<昭和戦後>現代美術における刺繍

・刺繍という表現手法は、主に女性のアイデンティティの主張ツールとして使用されてきた
・代表的な作品例としては、フランスのアネット・メサジェによる《私の諺コレクション》、エジプトのガーダ・アメールによる《the beast》など
・刺繍ではないが、国内では草間彌生も同時期に針と糸を使って制作している
・日本では1990年代後半から現代美術の分野に刺繍が登場
・現代美術における刺繍表現にフォーカスした最初の展覧会は、2009年の東京都庭園美術館の「Stitch by Stitch 針で描くわたし」展。伊藤存、清川あさみ、手塚愛子、nui projectなど八組。


藤井達吉が気になる

大正期に活躍した人物として紹介されている、藤井達吉に興味を持った。
美術史を学んでた自分としては見たことがある名前だけど、刺繍に関わった人とは知らなかった(というか、日本美術史の授業で、刺繍の存在なんて一切登場しなかった気がする)。

同時代で藤井が出品した展覧会には、高村光太郎、岸田劉生、バーナード・リーチの名前が並んでいて、この時代の影響関係を想像すると、個人的にはテンションがあがる。

藤井は従来の刺繍技法や素材に囚われない自由な刺繍を提唱し、技巧主義的な工房制ではなく自ら図案を描き制作するアマチュアリズムを大事にした。

また雑誌『主婦之友』などを通して、手芸を女性の自立の手段にする試みも行なっていた(ここが興味深い)。
藤井が3人の姉妹と姪という4人の女家族と暮らしていたことが、女性の作家活動や自立に目を向かわせる背景になったのかもしれないし、大正時代というと、「民芸運動」が真っ盛り。手仕事のなかに美を見出す思想を背景に、女性の針仕事に芸術的な価値を認めたのかもしれない。

女性のアイデンティティの主張ツール、だけじゃない刺繍

六本木の森美術館でアネット・メサジェの大規模な展覧会を観たのは、もう10年以上前だったか。
細かいことは覚えてないけど、ぬいぐるみや布、服など、日常的で女性性が強く出たモチーフがちりばめられて、その可愛さとは裏腹に、じっとりとした暗さやおそろしさが印象として残っている。

この2008年の展覧会では「女性アーティスト」とわざわざ性別を目立たせて紹介していたが、2000年代も20年がすぎた今、刺繍はもう少しユニセックスな存在になったように思う。

刺繍という手法を使うからといって、かならずしも女性性がテーマというわけではない。もっとプレーンに、ただの糸と針としての表現を追求できる時代にきていると思う。

刺繍にできること、刺繍だからできることを、もっと考えてみたい。

NEXT WEEK

・刺繍ならではの表現を考える
・次の作品を構想する

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