コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」感想


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奴隷として生まれた黒人の少女、コーラは自分を搾取し、殺す農園から脱走する。

生きることが戦いなら、生き延びるために命がけで逃走することはまさしく闘争だ。
多くの黒人が生命を搾取されているのに脱走しないのはその成功率が単に低いからである。
捕まれば持ち主のもとに戻され、見せしめのために拷問されて殺される。
逃げなければ少なくともすぐに殺されることは(そんなに)ないから、いずれ殺される農園で働く。
すぐ殺されるか、じっくり殺されるか、ほとんどの人は後者を選ぶだろう。

華々しくない闘争
悪いやつがいれば肉体で叩きのめす。
スタイリッシュに銃を使って撃ち殺すのもありだ。
一方農園から逃げた黒人はそうは行かない。
他人になりすます、文字通り狭くて暗い場所にじっと身を潜める。
自分の足だけでは逃げられるものではないので、遠くに逃げるにしても地下鉄道に密かに従事する人間の助けを借りないといけない。
悪辣な白人奴隷狩りを拳で持って打ち倒すなんてもちろんできない。
農園から逃れた黒人にできるのは夜陰に紛れるように更に逃げるのみ。

白人の考える黒人
白人たちは黒人を搾取する。
いかに効率よく、つまり少ないコストで高い売上を叩き出すかということを考える。
今で言う人件費は労働力たる黒人にかける費用だが、これはとにかく安く。

黒人は常に怯えている状態に保つこと。
これには暴力を使う。
彼らが間違いを起こせばムチで打擲する。
気分次第で理由なく殴打するのもありだ。
もちろん女性の黒人なら性的に搾取する。
彼らが調子に乗って騒いでいたら顔を出して盛り下げることも忘れない。
黒人には誰が彼らの主人なのかを身を持ってわからせないといけない。

聖書で奴隷制は否定されていない。
黒人は愚かで怠惰であるからちゃんと管理して叩いて働かせる必要がある。
黒人はまた凶暴でもあり常に白人女性を犯そうと考えている。
逃亡した黒人は速やかに捕縛して持ち主の手に戻すか、あるいは拷問して殺すこと。
黒人は劣った人種であり、ちゃんとした人間ではないと考える白人もいる。

暴力と恐怖で支配
人を暴力と恐怖で支配すること。
端的に白人と黒人の関係を表すとしたらこうだろうか。
この構造は白人の中にも実は浸透している。
黒人に加担する白人もまた白人によって迫害、殺害されるからだ。
戦中の隣組よろしく相互監視的な構造を持つ共同体では密告が横行する。

ところが白人を駆り立てるのもまた恐怖だった。
無理やり連れてきた黒人、安価な労働力として利用し続けた結果予想外に増えてしまった。
結果的に白人の数を黒人が上回ってしまった地域もある。
「やり返される」、そう後ろめたいのである。
だから黒人をさらに打擲する、虐待する、抑圧する。

地下鉄道
地下鉄道とは実在した黒人の逃亡を助ける地下組織のこと。
ホワイトヘッドはそのワードから素直に実際に黒人を載せてアメリカの地下を疾走する鉄道という虚構を作り出した。
これがあることでコーラは逃げられた。
逆になければ死んでいたわけでそれだと物語としては陰惨すぎる。
物語のギミック、そして同時にカタルシスの道具として利用したわけだ。
黒人の受難の歴史(御存知の通り未だ継続中)を構造的にわかりやすく書き、また同時にエンタメ小説として成立させているのがこの地下鉄道。

今まで数多くの黒人が脱走して殺された。
彼らは最後に何を思ったのだろう。
逃げおおせたと思っていた遠い地で奴隷狩り人に見つかったとき、拷問されて殺される寸前。
だれか救世主がきて自分を助けてくれたら、そう思って死んでいったのかもしれない。
そんな無念を晴らすべく、弔うべく書かれたのがこの小説なのかもと私は思った。

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