紅葉

この時期になると、子供のころに見た鮮やかな紅葉を思い出す。

あれはまだ幼稚園に通っていたころのことだ。
そのころの僕は体が弱かったせいか、しょっちゅう風邪をひいたりして幼稚園を休んでいた。
当時僕が住んでいたところは大通りの道沿いで、排気ガスもひどく、いつも咳き込んでいる僕をみて父も母も不憫に思っていたのだろう。
幼稚園の休みを利用して、父方の祖父のもとに僕を行かせたことがあった。

いまでもあざやかに記憶に残っている紅葉を見たのはその時のことだった。
祖父の家は都会から離れた田舎町の山の付近。いや都会からどころか人里からも離れた場所にあった。しかし山といっても小さな山で、子供が一人で遊んでも迷子になるような山でもないし、危険な野生の生き物もいない。これで川があれば完璧な遊び場だったが、残念なことに川はなかった。
祖父は昔かたぎの厳しい人だったが、孫という存在は別格だったのだろう。僕に対しては、むやみに優しくはなかったけれども、厳しくもなかった。
祖父の家には先祖代々から伝わって残っている物が多く、たいていは農作業道具だったのだが、普段の生活のなかでは見たことのない道具は僕にとって、不思議でそして面白い道具だった。なかには実際に動かすことができるものもあり、おもちゃ代わりに遊んだこともあった。
子供にそんなことをさせるくらいなのだからたいして価値のあるものではなかったのだろう。
ただし、刀だけは別だった。詳しいことは教えてもらえなかったが、祖父の家には一振りの刀があった。一度だけしか見せてもらったことはなかったのだが、その頃の僕は刀よりも農作業道具のほうが楽しかったので、特に見せてほしいとせがむこともしなかった。
あとになってから知ったのだが、この地には落ち武者伝説というのがあって、落人を匿ったという話が伝わっていた。ひょっとしたらその刀はそういう曰くのあるものだったのかもしれない。

祖父の家に着いて早々、すぐに僕は風邪を引いて寝込んでしまった。しかし数日で熱は下がり、でもまだ鼻水は止まらずグズグスとしていたが、外に出て遊べる程度には回復した。
遊んでいて、気がつくと目の前に大きな木があり、そしてその木の葉っぱは鮮やかな紅葉だった。
今となってはその紅葉のある場所がどこだったのかは思い出せないのだが、幼稚園の頃の僕にそれが紅葉だったとわかるはずもない。そもそも紅葉というものがどんなものなのか知らなかったのだ。
真っ赤になった葉を見てたたずんでいた僕のうしろから、耳元に声がした。

「あれは、紅葉だ」

祖父の声だ。
振り返ると祖父がいた。

祖父の体にも一面、紅葉が張り付いていた。
祖父は真っ赤に濡れた棒のようなものをもっている。棒からは紅葉が滴っていた。

ミーンミンミンミンミーン

今年初めてのセミの鳴き声が聞こえた。

「あれは、紅葉だ」

祖父の顔からも紅葉が滴っていた。

僕の記憶はそこまでで途切れている。

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