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そうして人類は永遠の眠りについた。
こそんにはいかきいぞりせじいのだ
かとじし まいにさみないむえちさ
ら つた れのわけなきなちたはま
は    なしたびき きへきおよ
じ    るょりを   いぼわう
ま     う く   をうら
る     ど り   め、ず
      う か   ざそ
      を え   しれ
        し    で
             も

        し
        た
        た
        り

    落
     ち
      る
       こ
        と
         ば

地下室のセメントの床をハンマーで叩
くと腕のしなりがミシリと鳴る手前で
床が砕けてくれた。お袋の厚化粧の下
の皮膚のような地面が姿を表す。
お前は臭いんだよ。お袋が俺に言う。
化粧の匂いに比べれば臭いさ、たしか
に。だいたい石鹸ですら満足に手に入
れることもできない。あんたの化粧品
は手軽に手に入るというのにだ。いま
まさに死に瀕したベッドの上でさえ、
あんたは厚化粧をほどこして、死化粧
はまだか。
そして俺は3日と4日かけて穴を掘っ
た。
堀った竪穴に俺はかつてはお袋だった
肉塊を投げ入れ、壁一面の本棚に乱雑
に並べられた本を次々と投げていく。
穴に投げられた本はかん高い叫び声を
あげながら落下し続けていく。穴は俺
に投げられた本を次々と食べていく。

頭上でかん高い音がする。あいつらが
近づいてくる音が。俺の身体はまだ臭
いか。あいつらが近づくほどに地響き
も大きくなる。

やつらがここにやってくる前に完成さ
せなくては。この町から逃げ出すには
もう歳を取りすぎた。歳を取りすぎた
がまだ死は訪れようとしない。この縦
穴に壁一面の書物を順番に投げ入れて
いく。呪術を完成させる。

奴らを地の底に引きずり下ろすために
秘術を施す。俺が今まで書き記した秘
術の書物を今こそ作動させよう。した
たる言葉は連なる線となる。

        V
        e
        r
        t
        i
        c
        a
        l

パクチーの匂いがした。あいつらと同
じ匂いを体にすり込めば、見つからず
にすむ。体中からパクチーの匂いを発
散させていた男は俺に言う。
あいつらはカメムシと同じさ。助かり
たかったらこれを体に塗ればいい。男
は俺に、淀んだ液体の入った小瓶を手
渡す。

穴が本を食べていくたびに俺の中から
理性が失われていく。もともとわずか
しかなかった理性だが、最初の一冊を
投げた瞬間、浴槽の栓を抜いたかのよ
うに体内に蓄えられていた俺の理性は
この身体からこぼれ落ちていく。

食料の配給も明日で最後らしい。どう
せもらえるのはあいつらの糞だ。あい
つらがこの大地を侵食し、この大地を
喰らい、そしてあいつらが残していく
排泄物を皮肉なことに俺らが食う。あ
いつらが仲間として認めるのは異翅類
のみ。虫けらが虫けらと仲良くするの
は構わないがあいつらが虫けら扱いを
しているのは俺たちだ。臭いさカメム
シは。俺の匂いはまだ臭いか。

この腐敗した世界で、この腐敗した大
地に、穴に投げ入れられた書物は腐敗
して、書かれた言葉は滴り落ちながら
呪詛となり、大地に染みわたる。

板切れを貼り付けた窓の隙間の向こう
に瓦礫の山が見える。町は瓦礫。どこ
をみても地平線も、開けた未来も見え
ない。
窓一面にカメムシが張り付いている。

垂直だ。まっすぐ上に。上り詰めた果
に俺はやつらにまっさかさまに突き落
とされた。俺を踏み台にして上へと登
っていった奴ら。今度は俺が引きずり
落とす番だ。頭上に何本もの縦線が見
える。ぶら下がった白いロープは奴ら
の首を括る時を待っている。

俺の一族に伝わる書物の呪術。
垂直に掘った縦穴に肉塊を入れ、書物
を投げ入れていく。
俺たちの言葉、俺たちの歴史、俺たち
の文化。焼き尽くされる前に埋めなく
ては。この国を蹂躙したやつらに報い
を。やつらがいかに大国でも、巨大で
も、俺たちの国は滅びてなるものか。
穴の中で言葉は絡み合い、文字は重な
り合い、意味はいっそうの重厚なる重
みを持ち、大地に染み渡る水は濁り、
その言葉を受け入れる。

呪詛、呪術、秘術は三位一体となると
き、数多の平行なる世界は黄昏れて、
願いはその代償を得てその力を開放す
る。

        V
     abreast
        r
        t
        i
        c
        a
        l

    俺 と 俺 と 俺

これだけ書物を積み重ねれば、追悼の
祈りの言葉もじゅうぶんじゃないか。
おふくろよ。あんたの体の上に積み重
なった言葉は、あんたを悼み、あんた
はその言葉を踏みしめて天に召されて
いくだろう。そして呪詛はあいつらに
侵食していくだろう。俺はテーブルの
上の糞を食う。あいつらが蹂躙して大
地は腐っていった。俺たちが食べるこ
とのできるのはやつらが蹂躙したあと
にのこしていくあいつらの排泄物だけ
だった。
それでも食えば生きながらえる。糞だ
けに糞まずいが。笑えよ、お前ら。

笑えよ、お前ら。お前らからすれば、
俺たちはちっぽけな国だ。

笑えよ、お前ら。お前らからすれば、
俺はちっぽけな負け犬だ。

これ以上落ちることもない底。しかし
腐ればそこから言葉は呪詛となりした
たり落ちる。

   底
    か
     ら

       し
       た
       た
       り

  そ             
  れ         そ   
  も  と     しの   
 をたそ異異と    た滅   
くくのし星翅人   昏たび   
そうして人類は永遠の眠りについた。

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