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混じらい

私が一夜を過ごした宿は、港町にあった。誰がその街を眺めても恐らくそこは「港町」だ。


その町は大きな川の下流に位置し、川辺に立てば山の方に向かって橋が幾つか架かっているのが見渡せる。民宿や旅館が点在し、あちらこちらに明かりが灯って見える。
なんでも私が幼児の頃の故郷ような街並みがそこにはあり、懐かしくもあり、しかし新鮮だった。

時刻は夕方、私は入浴と荷物の整理を済ませ涼しくなったその街に繰り出す。

海の香りがする川の堤防をノロノロ歩く。

商店と名のつく八百屋があった。食品や酒が揃い、
店前には小さなメダカやアタマの大きな金魚も売られていた。

住吉神社があったが参拝はしなかった。側の小さな交差点の名前は「住吉神社西」。この町は神社を中心に出来上がったのかもしれない、なんて思考をめぐらした。根拠はそれだけ。

海に一番近い橋に来た。振り返れば空は薄暗く、僅かに赤みを帯び、遠くには山々が霞んで見える。
川沿いの道を、自動車が舗装路の僅かな窪みにヘッドライトを揺らしながら走ってゆく。

宿に戻る途中、海に向かって小さな舟が川を下っていくのが目に入った。なんとなく目で追えば、その舟が立てた波がコンクリートに覆われた橋脚を濡らした。舟が通るとそこ濡れるんだ、と学んだ。

釣竿を持った同い年くらいの青年たちがママチャリに乗って目の前を走っていく。まるで本当に異国の地に訪れたかのような感覚。

カラスの鳴き声がどこかしこから聞こえるが姿は見えない。辺りを見渡すと、家屋の屋根の隙間に緑の山があった。なるほど、君たちはそこに住んでいたんだね。

宿に戻る途中、他の旅館の前に座っていたお爺ちゃんに「こんばんは」と挨拶をした。おじいちゃんは「お疲れさん」と返してくれた。何気ない瞬間。

この港町とこの町に住む人は同じであり、「一体」なんだろうな。
その土地の山から湧いて流れてきた淡水と、どこかの国からやってきた海水が混ざり合う港。おじいちゃんが淡水で、私が海水。ぺろっと舐めてしまえばその土地の淡水と海水の違いなんてすぐ分かっちゃう。私が「どこか」からやってきた人間だとすぐにバレちゃう。バレてもいいのだけど。
私が「こんばんは」と言っただけで分かっちゃうんだろうなぁ。それか、私そんなに疲れてそうな表情やったかなぁ。

目に入るものほとんどが素敵だったな。
あともう一日だけこの街にいたいかもしれない、そんな私の旅。
夕飯があるのでもう戻ります。

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