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“或る芸術家の人生の挿話”


本記事は10年以上前に書いたまま〝お蔵入り〟状態になっていたものである。現在の筆者の語り口と異なる印象もあるかもしれないが、あえて加筆せず、そのまま掲載する事をお許し願いたい。


【映画レビュー】『幻想交響楽』(1942, France)

子供の頃TVでこの映画を偶然見たことがあり、ベルリオーズとその代表作『幻想交響曲』の名はその時初めて知りました。後日「人名事典」でこの作曲家の写真を見た時には、「わ、映画とそっくりだ!」と驚いたものです。
その後、その『幻想』の全曲を聴いたときは、初めのうちこそ「なにこれこわい(涙)」状態だったのですが、怖いもの見たさ(聴きたさ)で聴き続けるうち、気がつけば全曲を諳んじるまでにハマってしまいました…

この映画とはそれ以来ずっと出逢う機会がありませんでしたが、数年前に巴里の安DVDショップでディスクを発見、懐かしさ(と、やはり怖いもの見たさ)で購入し、宿に帰るやパソコンのディスクドライブに投入しておりました。

『幻想交響楽』(クリスティアン・ジャック監督) 

ベルリオーズ役のジャン=ルイ・バロー Jean-Louis Barrault は、年月を経た現在の眼では“そっくり”なのかどうか微妙な部分もあるのですが、あの写真や肖像画の持つ雰囲気はやはり漂わせており、特に『葬送と勝利の大交響曲』指揮の場面は鬼気迫る表情で物凄い迫力があります。昔に見たインパクトはこの場面だったんだなぁ…と、あの時に感じた“映像的カタルシス効果”の爽快感が甦りました。

物語の方は、といえば、大筋の事実は辿りながらも、人間関係や創作の事跡などについてはかなり自由に改編しています。特に、作曲家の人生に深く関わった作曲家、リストやワーグナーは登場せず(パガニーニはほんの一部顔を出す)、また二人の女性―アンリエット・スミスソンとマリー・レシオについてはドラマの根幹に関わる部分で大幅な脚色がなされており、ベルリオーズの伝記を知る人々にとっては「あれ?」となる事は必定ではないかと思います。

それでも、ベルリオーズの名作―『幻想』は言うに及ばず、前記『葬送』、歌劇『ベンヴェヌート・チェッリーニ』、『ファウストの劫罰』等の大作が全篇に効果的に配分され、近代管弦楽の祖としてのベルリオーズを強く印象付ける作品ではあります。また、世間(妻のアンリエットでさえも)の無理解による失意のベルリオーズが、とあるコンサートで青年時代からの陰の理解者(史実とは異なりますが…)であったマリーが彼の歌曲を歌うのを聞く場面での「君なくして(歌曲集『夏の夜』より)」の抒情、結びの場面で演奏される『レクィエム』のバンダ演奏の迫力も見所のひとつでしょう。

La symphonie fantastique (1942, France)
Un film de Christian-Jaque
avec Jean-Louis Barrault (Hector Berlioz), Renée St. Cyr (Marie Martin), Bernard Blier (Antoine Charbonnel), Jules Berry (Schlesinger), Louis Salou (Le directeur de l'opéra), Noël Roquevert (Le gendarme), Lise Delamare (Henriette Smithson)
90 min.

【追記】『幻想』の録音で印象深いものといえば、(古いですが)ミュンシュ=パリ管、独特の色彩感を引き出したアバド=シカゴ響の演奏が挙げられるでしょうか。国内版スコアでは音楽之友社のものが解説・注釈とも良心的。そういえば、ベルリオーズの古典的名著『管弦楽法』―昔はR.シュトラウス増補版の英訳本が手に入りやすかったのですが、現在では日本語訳本が出版されています。Ed. Henri Lemoine 刊行のフランス語版は、古い紙型を使っているのか印刷が非常に読みにくい…

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