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未完だからこそ面白い

〝小説家〟スヌーピーの代表作『ある真っ暗な嵐の夜だった It Was a Dark and Stormy Night』–––––

📙 Let's take a peek at this book from the Schulz Museum’s archives, “Snoopy and 'It Was a Dark and Stormy Night,'” first...

Posted by Charles M. Schulz Museum on Friday, March 15, 2024

––––– 〝なろう系〟が世の読書人口への供給過多を起こすかと思われる昨今。スヌーピーの小説執筆の執念は、特に文章を趣味として書く人種の共感を呼ぶものではないか。出版社に原稿を拒否されて落胆するスヌーピーの姿に、コンクールなどに楽譜を送っては不発に終わり苦渋を舐めさせられ続けた筆者の過去をつい重ね合わせてしまう。
さかのぼれば、確かチェーホフの短編『イオーヌィチ』にも、創作を趣味としてお客に読み聞かせるのが好きなご婦人というのが登場する。時代を問わず国を問わず、モノつくりのごうさがはヒトがヒトであるゆえのあかしなのだろう(スヌーピーは犬だが)。

“It was a dark and stormy night.” という書き出しは、元ネタをたどると英国の作家エドワード・ブルワー=リットン (Edward Bulwer-Lytton, 1803-73) の小説『ポール・クリフォード Paul Clifford』(1830) 冒頭の引用で、世に言う〝Purple prose(装飾過多な文体)〟の代表格として夙に有名な文句でもある。その陳腐さゆえにパロディも多く、上記の『ピーナッツ』で描かれるエピソードは、この一文を世界中に広く知らしめた代表格のひとつといえる。
そういえば、先のチェーホフの登場人物の小説の書き出しも「寒さはだんだん厳しくなって」と天候の描写から始まる。うっかりすると誰でもこうした〝ありきたり〟な、あまり精査されない場面イメージで言葉を走らせてしまうのかもしれない。(…今書いているこの文章もそうだろうか、次第に不安になってきた)

スヌーピーの名誉のために弁護すると、彼が日がな一日犬小屋の上でタイプライターを前に綴っている〝小説〟は、必ずしもすべてが箸にも棒にもかからぬ類のものではない。連載漫画のコマ数の少ない中で、非常に簡潔に、かなりシャープな切れ味の〝名作〟もたまさか見られる。洒落たショートショート風味には少しばかり0.ヘンリー調のペーソスすら感じられたりもして、そこが面白かったりする。また別の視点からすれば、『ある真っ暗な…』は(連載の中で書かれた部分に限れば)とりとめのない場面が連鎖する内容だが、それはシュールレアリスム的〝意識の流れ〟を書き留めたものとして、強引にではあるが評価することもできなくはないだろうか。

もともとは『ピーナッツ』連載の中の一エピソードであるが、その後内容が整理されて «Snoopy & "It Was a Dark and Stormy Night"» (1971) と題する冊子にまとめられた。
この小冊子はペーパーバック版で読んだが、作中小説『ある真っ暗な…』を無理やり完結させてしまっているのにちょっとばかり興醒めを禁じ得ない。あれは永遠に完結しない、冒頭のインパクトだけで意味があり、かえって読者の想像を掻き立てて楽しませてくれるものなのだと思う。考古学者が、背骨の小さなカケラから恐竜の全体像を夢想するように。

私の部屋にも、書きかけの五線紙が山と積まれていて、そこには永遠に未完成となるであろう〝楽想〟のカケラが無秩序に刻まれている。積まれた五線紙はまさに地層のようでもあり、時折の片付けの際に眺めては、その〝楽想〟の全体像を考古学者よろしく想い巡らしてみたりする。

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