【短編小説】② バス・パニック

外は、どんよりした雲に覆われた空から、雪が舞うように降っていた。

典子(のりこ)は傘を差し、シャンプーなどを入れたリュックを背負い込むと、最寄りの駅へ向かって歩いた。

駅に着くと、『カプセル・バス』と書かれた看板を見つけ、その部屋の1つのドアの前に来ると、百円玉を入れ、中に入った。
リュックの中から、着替えやシャンプー、コンディショナー、ボディーソープ、タオルなどを取り出し、棚の上に置くと、着てきた服を脱ぎ、タイル張りの椅子に腰掛け、シャワーボタンを押した。
天井から、ザーッ…という音とともにシャワーが出ると、典子は髪から先に洗い、続いて、ボディーソープで身体を洗い、つま先をマッサージした。
ーーふぅっ…。やっぱ、疲れを取るには、マッサージに限る…ーー
典子は鼻歌を歌いながら、シャワーを止め、バスタオルで身体を拭き、着替えを済ませると、持ってきたものをリュックに入れ、ドライヤーで髪を乾かしてから外へ出た。
すると…、
何故か、先程の駅前ではなく、街中に出てしまった。
ーーあれっ…? 確か、ここ…。変ね、間違えたのかな…?ーー
そう思いながら振り向くと…、
先程まで使っていた『カプセル・バス』は、跡形もなく消えていたのである。
「???」
周りをキョロキョロしながらも、典子は街中を歩いた…。

しばらく歩き続けていると、今度は、『お風呂の宮殿』という看板が見えてきた。
典子は、歩いているうちに、身体がすっかり冷えきってしまい、その中へ入った…。
中に入ると、受付がなく…、
また、客らしき姿も、全く見当たらなかった。
脱衣場に入り、着ていた服を脱ぎ、脱衣カゴの中へ入れると、浴場に入った…。
「うっわぁっ…!?」
典子は思わず大声を出してしまう程、目の前の光景を見て驚いた。
それというのも…、
1つの浴槽自体はかなり広い上、幾つもの種類のお風呂があったからである。
典子は、身体を洗ってから、1つずつ入っていき、ある程度温まると、脱衣場へ戻ろうと、ドアを開けた。
が…、
ドアを開けると、そこは、先程までの脱衣場ではなく、バスタブから何から、全てのものが黒で統一されたバスルームだった…。
「えっ…?」
典子は、戸惑いつつも、ふと、黒い脱衣カゴの中を見た。
そこには、典子の脱いだ服ではなく、黒いレースの下着が入っていた…。
「何…、これを着ろって事…?」
その黒いレースの下着を手に取ってみると、透け透けで…、
典子は、気乗りしなかったものの、他に着るものも無かった為、仕方なくその下着を着る事にした。
すると、次の瞬間、突然勢いよくドアが開き…、
驚いた典子が、思わず振り向くと、そこには、細身で、スラッと背の高い、全身黒ずくめの男がいて…、
「準備は、出来たんだな…?」
と言い、ニヤリと不気味な笑みを浮かべると、部屋の中へ入って来て、典子の目の前に立ち、グイッ!と両腕を掴んだ。
「えっ…? 何っ…?」
典子は抵抗すら出来ないまま、男にバスタブの中に押し倒されてしまい、シャワーを浴びせられると、男は典子が着ていた下着を、無理矢理脱がし始めたのである…。
「いやあぁぁーっ…!!」
典子は、悲鳴を上げながら、必死に抵抗したが、男は妖しげな表情を浮かべ、典子の耳元で、何か囁いた…。
「…っ?!」
男が言い終わらぬうち、典子は恐怖を感じ、ゾワッ…!と全身寒気がした。
やがて、シャワーが止まると、黒いバスタオルに全身を包まれ…、
男は、典子を抱き上げると、隣りの部屋にある黒い寝室に入り、典子を黒いベッドの上に寝かせると、バスタオルを外し、そのまま典子の上に覆い被さるように押し倒した…。
「いやよっ…、やめてっ…!!」
典子は尚も抵抗するも、クイッ!と顎を上げられ…、
男の唇が、典子の唇と重なったのであるが…、
次の瞬間、ドッ…!とベッドから落ちてしまった…。
ーーあれっ…?ーー
典子は、部屋の中を見渡した…。
ーーひょっとして…、夢…?ーー
そこは、典子の部屋の中で…、
先程までの出来事は、全て、夢だという事に気付くと、典子はホッと胸を撫で下ろした…。

春休みが明け、新学期を迎えると、典子は高校3年生になった…。

教室に入って少し経つと、チャイムが鳴り、全員席に着いた。
その直後、教室のドアが開き、赴任してきたばかりの新任教師が入ってきたのであるが…、
典子は、その教師の顔を見るや否や、サーッと顔を蒼ざめた…。
ーーうっ…、嘘でしょっ…?!ーー
その教師は、典子の夢の中に出てきた、黒ずくめの男とそっくりだった…。


※1993年11月7日、作(2024年4月3日、修正済み)

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