Childhood's End⑥

『嫌な予感』は、的中してしまった…。
洋次は、忍が男だという事より、気の強さと（初めて投げ飛ばされたので）、クラスの女子生徒達よりも『美少女顔』である事から、本気で忍に惚れてしまったのである（要するに、美形なら男も女も関係なくなってしまったのである）。
「…大変だな、アイツも…」
最初、竜次は洋次に注意していたのだが、それでも尚、洋次は忍をあきらめないので、竜次もいちいち注意するのが馬鹿馬鹿しくなってきた…。

そんなある日、洋次は珍しく風邪で寝込んでしまい、学校を休んでいた。
この日の給食時間、忍は洋次がいないのを幸いに、文人と竜次に愚痴をこぼしていた（他の生徒達は転校初日以来、忍を怖がって近寄らないので、唯一忍を怖がらない文人達と一緒に行動するようになっていったのである）。
「本っ当、何なんだよ、あのバカ〜ッ…！」
「…アイツも、根はいいヤツなんだけどなぁ…」
「だからって、男には興味ないからなっ！」
忍がそう言いながらパンにかじりつくと、文人はクスッと笑った。
「笑い事じゃないよ〜っ！　本っ当、誰かあのバカをどうにかしてくれ〜っ！」
忍は、パンを口にくわえたまま、たまらず叫びだした。竜次が苦笑いしてると、忍はチラッと竜次を見て、
「そりゃあさ、竜次やフーちゃんは、仲が良いみたいだけどっ…！」
と、思わずそう言った。竜次は、一瞬固まった。
ーーあれっ…？ーー
忍は、竜次の、予想外の反応に驚いた。
「いやっ、その、変な意味じゃなくてっ…！」
忍は、慌てて言い直した。
「当たり前だっ…！」
竜次は、顔を真っ赤にして怒鳴った（かなり動揺していたのである）。
ーー…コイツ…、ひょっとして…？ーー
そう思ったが、忍はあえて追求しない事にした。
「…ねぇ、シーちゃん…。そういえば君、前にいた学校で、好きな女の子とか、いなかったの…？」
文人は、何事もなかったように平然と牛乳を飲みながら（竜次がかなり動揺している事に、全く気付かず）、突然そう切り出した。すると、忍は、食べていたパンを、思わず喉に詰まらせてむせた。
「いるのかっ…？」
竜次は、忍が顔を真っ赤にして、かなり動揺しているのを見逃さなかった。忍は、牛乳を一気に飲み干した後、一瞬ためらったが、黙ってうなずいた。
「…じゃあ、その事をきちんと洋次君に話してみたら？　そしたら、洋次君もあきらめると思うし…」
「…そうだな…。この際、アイツにハッキリ言った方が…」
２人がそう促すと、忍は更に顔を真っ赤にした。
「…でも、向こうが…、オレの事、一体どういうふうに思ってるか、ちゃんと訊いた事ないし…」
「ひょっとして、片想いか…？」
忍は、相手の事を思い浮かべると、目を潤ませ、黙ってうなずいた。
ーー…よっぽど、その子の事が好きなんだなぁ…。シーちゃんが好きな子って、一体どんな子なんだろう…？ーー
文人は、いつもと違う忍の一面を見て、そんなふうに思っていた。
「片想いだろうが何だろうがっ、好きな子がいるってアイツにハッキリ言っといた方がいいんじゃないのかっ…？」
竜次はまだ顔が赤いまま（まるで自分に言い聞かせるように）忍に言った。文人も、その意見に同意して、うなずいた。
「…うん…。それも、そうだね…」
忍は、２人に促されて、洋次にきちんと話そうと決心を固めた。

数日経った放課後、洋次がやっと風邪を治して学校に出てきたので、忍は、誰もいない体育館に、洋次を呼び出した。念の為、竜次と文人はステージの幕の陰に隠れ、様子を見ていた…。
「…何、話って…♪　やっと俺と付き合う気にでもなったのか♪」
洋次は、珍しく忍の方から呼び出してきたので、内心、期待しながら体育館に入ってきた。
ーーそんなワケ、ないだろっ…ーー
そう思いながら、忍は、一度深呼吸してから、洋次に話を切り出した…。
「…ハッキリ言っておく…。悪いけどオレ、前にいた小学校に好きな女の子がいるからっ…。それにオレ、男に興味ないしっ…」
忍は、最初、洋次の顔を見ないでそう言い放った。
「…ウソだろっ…？」
一瞬、洋次の顔が引きつった。
「…その子とは今でも、学校が休みの日とか、時々逢ってるんだ…」
最初、忍が冗談で言っていると思っていた洋次だったが、振り向いた忍を見ると、真剣な表情をしていたので、洋次の表情もみるみるうちに変わっていった。洋次は、ちょうど足下に転がっていたボールを見ると、ステージに向かって思い切り蹴った。ボールは、鈍い音を立てて中央に当たり、跳ね返った…。
「ヤバイッ！　洋次のやつ、キレかかってるっ…！」
竜次は、洋次がキレる寸前だと察知し、様子を伺った。だが、ボールを蹴った事によって、洋次は少し落ち着いてきたらしく、平静さを保っていた。
「…本当かどうか、そいつに逢わせろっ…！」
洋次は、忍に背を向けてそう言った。
「…逢わせたら、納得して、オレの事あきらめるんだろうなっ…！」
「相手次第だっ…！」
話の流れで、忍が前にいた小学校の友達と洋次を、今度の日曜日に逢わせる事になってしまった…。

その日の夜、忍が前にいた小学校の友達の少女から電話がかかってきた。
しばらくの間、少女は柔道の試合に備えて、毎日練習に明け暮れていたので、忍と電話で話すのは久々だった。
少女は、今度の日曜、大会の小学生女子の部に出場する事を、忍は、学校での最近の事を話してから、洋次との話し合いの一部始終を話した。
「へぇ…、面白いヤツだねぇ…♪」
忍の話を聞き、少女は笑いながらそう言った。
《笑い事じゃないよ〜、そいつ、本っ当、しつこいんだから〜っ…》
「要するに、アタシがそいつに一言、ガツンと言えばいいんでしょ？」
《…お願い出来る？》
「いいよ♪　面白そうだし♪」
《面白くない〜っ！》
「ハイハイ、わかったわかった♪　じゃあ、今度の日曜日ね♪」
電話を切ると、少女は自分の部屋へ戻っていった。
ーー何だか、忍の周り、面白い事になってるみたい♪ーー
少女は、忍が本気で困っているのを知りつつ、面白がっていた。

日曜日の昼頃、忍は３人を連れて『全道小学生柔道選手権大会』を観に来た。
忍達が会場に到着すると、試合は既に始まっていて、忍の友達の所属する道場のチームは、女子団体戦で優勝していた。午後からは、個人のトーナメント戦が始まっていた。
「すげぇな、あの女っ…」
女子の部の試合を観ていた他の道場の選手達が、口々にそう言いながら、場内から出てきた。忍は、入口付近に貼り出されているトーナメント表を見て、少女が順調に勝ち進んでいる事を知った。
「すごいっ…、さすがっ…♪」
その時、会場内にアナウンスが流れた。
《次は、小学生女子の部の、準決勝です…。出場する選手の皆さんは、速やかに集合して下さい…》
アナウンスが流れた後、場内の入口付近に女子の選手達が集合した。
その中に、１人だけ背の高い選手がいた。
「あっ…！　好美ちゃんだっ…♪」
忍は、嬉しそうに手を振りながら、その選手のところへ駆けつけた。
「好美ちゃ〜ん♪」
忍の声を聞くと、その選手は振り向いた。その選手こそ、忍の友達の、植村好美（うえむら　このみ）である。
「忍、おひさ♪　元気そうじゃん♪」
好美は、駆けつけてきた忍をギュッと抱きしめた。柔道着姿で背が高いせいか、忍とは正反対の『イケメン顔』の少女である。
ーー…あれじゃあ、真逆カップルだよな…ーー
竜次は、２人を見てそう思っていた。
「何だか、シーちゃん、ものすごく嬉しそうだね…」
文人がそう言うと、洋次はムッとした表情で２人を見ていた。好美は、見れば見るほど、洋次よりはるかに『イケメン』だった。
ーーあーぁ、見た目でもう既に負けてるよ…ーー
竜次と文人は、洋次と好美を見比べながら、そう思っていた。
好美は、忍と話しながら、チラッと３人の方を見た。
「あいつら、忍の新しい友達？」
「うん…」
「…で、忍が言ってた金髪って、あいつ？」
「…そう…」
好美は、忍と一緒に３人のところへ歩いてきた。そして、洋次を見ると、余裕たっぷりの表情で、ニッと笑った。
「忍にしつこくしてるのって、あんたの事？」
「…てめぇか、忍と付き合ってるってヤツは…」
２人は、ほぼ同じくらいの背の高さだった。だが、好美の方が、女にしておくのがもったいないほど（？）、『イケメン』だった。
２人は、互いに睨み合った。
「…どういうつもりか知らないけど、忍に変なマネしたら、ただじゃおかないよっ…」
「うるせぇっ…、このオカマ野郎っ…！」
「…何ぃっ…？！」
洋次が悔し紛れにそう吐き捨てると、好美はそれを聞いてブチ切れてしまい、洋次に『一本背負い』をかけ、投げ飛ばした。
「あのバカッ…！」
忍は、思わず手で顔を覆った。
「…ひょっとして、洋次君、あの子の事、相当怒らせたんじゃ…？」
「…らしいな…」
好美は、洋次を投げ飛ばした後、ムッとしたまま集合場所へ戻っていった。そして、時間になると、場内へ入っていった。
忍達も、観客席に座ると、好美の試合を観た。
「すげぇな、あの女…」
竜次は、好美の動きを無意識に観察し、その強さに圧倒されていた。好美は、力技もさる事ながら、相手の攻撃をかわす時も、一切無駄な動きがなく、隙を与えなかった。
好美は、準決勝でも１分とかからないうち、相手に『一本背負い』をかけ、決勝に進出した。
洋次もまた、無言で好美の試合を観ていた。
ーー…あの女、男が相手でも、勝ちそうだな…ーー
洋次は、投げ飛ばされた時、自分より好美の方が、思った以上に強いという事を体感し、好美に逢ってしまった事を後悔していた。
ーーあの女に勝つには、もっと強くならないと…ーー
洋次は試合を観て、好美と対決する事は、一旦やめておこうと思い直していた…。
この日、好美は『小学生女子・個人の部』でも優勝した…。

洋次は、次の日から、学校が終わると一旦家に帰ってから、近くの公園に行って自主トレーニングを始めた（文人は、その事を竜次から聞かされて知り、自主トレーニングの場所を今までの公園から別の公園に移した）。
ーー…あの女を倒して、絶対に忍を奪ってやるっ…！ーー
好美に対するライバル意識が、のちに、洋次自身を、とんでもない方向へ進ませるキッカケになってしまう事を、この時、誰も予想しなかった…。