あれは、小学6年生の時だった。
僕は、インドの地で、生きていた。
学校から家に帰って、夕方から放送される日本のドラマを見ていた。
「開拓者たち」というNHKのドラマだった。
満州に渡った人々の人間模様を描いた、かなりエグいドラマだった。
当時の僕は、怖いドラマは苦手だったけれど、なんだか、見なきゃいけない苦しみのような、そんな気がして、毎週頑張って1人で見た記憶がある。
「戦争」、「人間」、「生きるということ」、「死ぬということ」、「いのちということ」、、、そのドラマの中で、少年の僕が受け取った有象無象の絵は、今でも心に残っているような気がする。
少なくとも、戦争を起こしたのは、人間だったし、驚くことに、そこで戦っていたのも、人間だったし、そこで、殺されていたのも、人間だった。僕のひいおじいちゃんとか、ひいおばあちゃんだったかもしれない。
普通の人間が、どうして、戦争をしたのか。
普通の人間が、どうして、あれを、正義だと、思えたのか。
当時の僕に、実感として、何か大きなものが突きつけられた瞬間でもあった。
当時のインドでは、車に乗って信号で停車していたら、窓をコンコンと叩かれる。みんなボロボロの服を着て、半分以上の人が、身体に大きな特徴を持っている。腕がない。足がない。指がない。目が見えない。痩せて骨が見えている。産まれたばかりの赤ん坊を抱いている。
インドには闇ビジネスがあった。地方から出稼ぎに来た子どもや女性を、うまい話で引き入れ、そして身体の一部を故意に傷付けて、その姿を見せることで、人々からお金を貰ってこい、という、あまりにも残酷なビジネスだ。
僕らが何かをあげても、全て元締に取られてしまうのに、一生懸命、一生懸命、お金をください、と手を差し出す彼らを僕は、直視し続けることしかできなかった。ものも、お金もあげられなかったけど、目を、逸らしたくなかった。
僕は、綺麗な車の中で、くつろいでいるのに、一枚の窓を挟んだその先には、半ば諦めた顔でギリギリ生きている人間の生命が、間違いなくあった。
ドラマ「開拓者たち」の主題歌は、竹内まりやさんの、『いのちの歌』だった。
生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに
胸をよぎる 愛しい人々のあたたかさ
この星の片隅で めぐり会えた奇跡は
どんな宝石よりも たいせつな宝物
泣きたい日もある 絶望に嘆く日も
そんな時そばにいて 寄り添うあなたの影
二人で歌えば 懐かしくよみがえる
ふるさとの夕焼けの 優しいあのぬくもり
僕にとっての、ふるさとは、インドなのかもしれない。4年間しか住んでいないけど、なぜだろう、あの車窓から見た、夕日の温もりを、忘れられない。
信号が青になって、車が走り出す。僕は、車窓から外を眺める。目の前で飢えて死にそうなおばあちゃんが這いつくばって寝ているかと思ったら、どデカいエレガントなショッピングモールが現れたかと思ったら、トタンとブルーシートでできたスラム街のゴミ山の上でクリケットをする子どもたちが現れて、突然煌びやかな大きなホテルが現れる。一体、なんて世界なんだろう。
あの腐った世界の、なにに、卑怯な僕は、ぬくもりを感じたのだろう。
本当にだいじなものは 隠れて見えない
ささやかすぎる日々の中に
かけがえない喜びがある
生きるということは、楽しいとか、楽しくないとか、嬉しいとか、嬉しくないとか、悲しいだとか苦しいだとか、可哀想だとか、豊かだとか、幸せだとか、なんだとか、なんだとか、そんなもので語られることではなく、もっともっと、もっと、感動できるものなんだ。
人と人の繋がりも、好きだとか、愛しいだとか、一緒に生きるだとか、愛だとか、そんなもので語れやしない。語れやしない。
人間は、認識論の世界観に浸り過ぎると、だいたい人を簡単に殺し始める。そしてそれを、正義だと声高らかに叫び始める。
歴史が、そう言ってる。
だいたい、本当に大事なものは、隠れて見えない。
この世界の片隅で、生まれる奇跡と、いのち、僕らは、どこへ向かうのだろう。
あなたは、何に向かっているのだろう。
いつかは誰でも この星にさよならを
する時が来るけれど 命は継がれてゆく
生まれてきたこと 育ててもらえたこと
出会ったこと 笑ったこと
そのすべてにありがとう
この命にありがとう
どうして、ゴミ山でクリケットをする子どもたちは、あんなにはしゃいでいたんだろう。
どうして、あのやせ細ったお母さんが抱っこした赤ちゃんの目は、あんなに輝いていたのだろう。
どうして、人のいのちを、簡単に奪い取ってしまったんだろう。
どうして、そんな醜い世界に生きてるということを、肯定できたんだろう。
本当に大事なものは、だいたい、隠れて見えない。
目に見えていないもの。
言葉で理解していないこと。
その先に、一体、何を感じていたのだろう。
あなたは、本当に、その先の、何に、
感動していたのだろう。
いのちに、ありがとう。
ありがとう。
大丈夫.