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FREE COFFEEと野宿と、そんなバナナな42.195キロ。


待ちに待った富士山マラソン。

申し込んだのは約3ヶ月前。
一年ぶりの運動で、
弟と原宿をランニングした3日後のこと。

布団の上で横になりながら申し込んだ。

強い意志も、覚悟もなんにもない。
ただのノリ。

「富士山眺めながらフルマラソン、、面白そう。。」

年に何度か起きる発作のようなノリだった。

申し込んでから1ヶ月ちょっとは
週に2、3回くらい走り始めたが、
一ヶ月ほどしか続かず。

本番までの1ヶ月間は一度も練習をしていなかった。 

だけど、自分が完走できない未来は
微塵も見えなかった。
(だから、練習をしなかったのかもしれない。)

そして痛い目をみる。

まず、予想外だったのは前日の野宿。
(いや、予想内だったかもしれない)

これが本当にきつかった。

野宿になったのには理由がある。

左の赤髪が弟で右の坊主が僕


【富士山マラソン1週間前】

「やばい、来週だ。。」

フルマラソンを申し込んだことを忘れかけていて
気付いたタイミングで宿を探したが
すでに手遅れだった。

近くの宿は全て埋まっていて、
ようやく見つけた宿も、
とてもじゃないけど一泊に支払えない金額だった。

例えると、
今とてつもなくコーヒーを飲みたい気持ちだけど
近くにあるカフェが全部一杯3800円(税抜)。
これくらいインパクトある値段だったら
皆さんならどうするだろうか。

僕はすこし考えて、宿代を支払うことを
辞めようと思った。

富士山マラソン申し込んで、宿探すの忘れてて
高いところに泊まりました!
で何万円か使う。

あまりにもつまらなくコスパが悪い選択だと思った。

宿代が高すぎたので宿代にかかる分、
無料でコーヒーを配って泊めてくれる人探しました!
の方が本にした時に面白い。
結果がどうなったとしても。
(この「本にしたら面白いか」が最近の行動指針だ)

こうして僕は、フリーコーヒー
(無料でコーヒーを配る)を
富士山マラソン前日に決行した。

フリーコーヒーはすごくよかった。

台湾出身の女性親子。
カナダから旅行に来ていたロン毛でハンサムな男性。
関西出身で東京から日帰り旅行を
していた2人組の女性。

あの日あの場所で、
自ら行動を起こしたから生まれた出会い。
スワイプで生まれる出会いよりも
何倍も特別に感じた。

台湾親子のお母さんは、
途中でどこかいなくなったと思ったら、
僕にパンを買ってきてくれた。
菓子パンなんて別に当たり前のように、
自分でも買える。
でもあの時に、あの人が、僕のために買ってきてくれたパンというのがすごく特別で、
お金じゃ買えない幸せってこういうことだと思った。
笑顔で渡された瞬間、僕の心は温かく
一気に加熱された。

台湾出身親子
カナダ出身のハンサムさん
日帰りで山梨に遊びにきていた2人


「Free Coffee」の「Free」は、
無料という意味はもちろんだけど、
それと同じくらい「自由」という意味が
強く含まれていることを今回で体感した。

フリーコーヒーは利益に縛られることがないから
限りなく真っ直ぐ、ありのままを届けられる。
他のことを考えず、
「温まってほしい」
「目の前の笑顔が見たい」

それだけの気持ちで、
ありのままのコーヒーが淹れられる。
Free coffeeを訳すなら、
「すっぽんぽんコーヒー」だと思う。

フルマラソン前日のすっぽんぽんコーヒーは大成功。
ケータイの充電が切れかけた僕は、
能天気に近くのガストへと向かっていた。

この時はまだ、温まった心を全力で冷やしにくる
『野宿』という大敵の存在に、その強さに気付かず。



寒い日の野宿をあまりにも舐めていた。

練習をせず挑んだフルマラソン以上に舐めていた。

段ボールをコンビニでもらい、
ベンチの上に敷いて寝る。

薄っぺらいし、ベンチからちょっと足が
はみ出すし、居心地の悪さは最上級。

もちろん掛け布団も、
体の上にかけるものは何もない。
すっぽんぽんで寝てるようなもんだった。

自分なりの野宿の最適解は全くもって
間違っていたと、寝てから気づく。


とてつもない寒さで震えながら目覚めた。

アイマスクを外すと、
月が見えた。星が見えた。

でもそんなのどうでもいいと思うくらいに
青く光るローソンを見つめた。

月よりも星よりも、あの青い光が僕を癒した。

あれは確か、服を疑いたくなるタイミング。
薄めの長ズボンの性能は、完全にエアリズムだった。

磁力で吸い寄せられるかのようにローソンへ駆け込む。

ローソンに行く→温かい→公園に戻る→寝る→寒い→起きる→震えてる→星が綺麗だ(一瞬思うがそれどころじゃない)→震える→ローソンに行く

これを3回繰り返した。

考えてじゃない。
反射で命の危機を感じた事で
生まれた反射ルーティンだ。

あの寒さを例えるなら、
真冬の温泉で露天風呂に辿り着くまでの極寒。
絶対に避けられない、通路と外の極寒。
いや、真冬の外の水風呂だろうか。
とにかくそれがひたすらに続くような地獄、
ローソンは僕の命綱だった。

0時に寝てから(寝ようと思ってから)6時間後。
早朝6時に3回目のルーティンが終わり、
アラームが鳴った。

目を開け、何かを悟ったかのように
星の消えた空と、まだ残る月を眺めた後
5時間溜めた想い(ストレス)を思い切り吐き出した。


「サムイ!!!!」


1日限定の宿
宿の前に広がる景色



富士山マラソン(42.195km)
最初の25kmは順調だった。
すごく順調だった。

自分ってフルマラソンの才能
あるんじゃないかなと思うくらいに
順調だった。
フルマラソンにはサブ4(4時間以内で走り切る)と呼ばれる壁が存在する。

それは1キロ5分41秒以内を
42回と少し繰り返せた人の出せるタイム
参加者の上位20%程が達成できるらしい。
("ランナー"としての勲章ともネットで書いてあった)

勲章を半分受章した気持ちで
呑気に富士山を眺めながら走っていた。

「大きいな〜」

横に広がる河口湖も眺めながら走った。

「広いな〜」

そして走っている周りの仲間たちを見渡し、思う。

「この人達はどこで寝たのかな〜」

温かいホテルや旅館の部屋が思い浮かぶ。

お風呂を上がった後、
ふわふわのバスタオルで身体を拭いて、
背中だけはちょっと拭ききれなくて濡れたまま
温かいパジャマを着て
毛布に包まれて寝ている姿を勝手に妄想した。

その次に寒さで凍えて眠れなかった
段ボール上の孤独な坊主を思い出した。

過酷なレースに挑戦する仲間達が
大好きなうえで、尊敬したうえで、

「負けられねぇ」と思った。

元々は「完走できればいいや」だった。

けど、この「負けられねぇ」は
サブ4を目指すことへの誓いになった。

スタートして3kmを過ぎたあたりで
一気にペースを上げる。

腕時計のタイムを気にしている、
走りが安定したランナーを見つけ、
その人を勝手にペースメーカーと決めた。

5kmついて行って、新しいペースメーカー
を見つけ、またついていく事を繰り返した。

20km地点。
膝上の筋肉("もりっと"したところ)に
違和感が出てきた。

左、そして右と順番に。

25kmまでの5kmの間で
その違和感は無視できなくなった。

気づくとその"もりっと"したところは、
いつプチンといってもおかしくないくらいに
硬くなっていた。

そして、27km地点で僕の左の"モリット"は
終わりを告げ、とてつもない痛みが襲いかかった。

ギリギリで耐えていた
右脚に全体重をかけると
右のモリットも悲鳴をあげた。

両脚のモリットがかたくなった僕は
硬いアスファルトに倒れ込んだ。

「イタイ!!」

攣るのなんて何年ぶりだろう。

悲鳴を上げるモリットを両手で
思い切り押さえつけながら空を見上げた。

「終わった、、」

倒れてから二、三分後。

救護係の女性が自転車で
「大丈夫ですかー??」とやってきた。

「両脚を攣りました」

と呟く無様な坊主。

必死で立とうとするも、全然立てない。

脚を思い切り伸ばして、なんとかしようと頑張る。

「リタイアしますか?」と
優しい声が聞こえる。

「しません!」

その女性に、というより、
自分自身に言い聞かせるように言った。

何分かケアをしているうちに、
痛みが少し和らいだ。

これで行ける。

立ち上がり、脚を踏み出すと、
一歩ごとに激痛が走ることに気づいた。
残り17km。。
絶望のあまり笑った。笑

「助かりました」
と余裕そうな顔を作り上げ
救護係の人に感謝を伝える。

同時に「助けてくれ」と
普段あまり信じない神様に祈った。

激痛を噛み締めながら、
絶対しないと決めていたリアイアをした場合の
未来を考えてしまった。

走ると伝えた周りのみんなになんと報告しようか。

「1ヶ月間一度も走っていなくて、
前日野宿で一睡もできなくて
フルマラソン完走できなかった笑」

まぁ、恥ずかしいけど笑いになればいいか。
反面教師になれればいいかと思い始めた。

でも、すぐに気づいた。

ダサい。

当たり前の結果。
言い訳。
何よりも準備不足な自分のせい。

本番間近、
「無理じゃない?」
「フルマラソン舐めてるよ(笑)」
と発した友達に対して
「這いつくばってでも走り切る」
「絶対走り切れる」
と言った事を思い出した。

リタイアしたら、あの言葉が嘘になる。

リタイアするかは、這いつくばってから考えよう。
まだ、立ててる。まだやれる。と言い聞かせた。

そこから先はイタイ!との戦いだった。
5kmくらいイタイ!と戦うと、
イタイ!がスタンダードになる。
イタイ!中でどう進むか。
頭と身体を動かし続けた。

たしか、30kmあたりで
今回の中で一番豪華なエイドステーション
(食べ物、飲み物がもらえる場所)に到着した。
みんなが笑顔でおにぎりを食べ、
味噌汁を飲んでいるエリア。

沢山の笑顔の中に苦しみ悶える坊主がいた。

おにぎりも食べられずに仰向けで倒れた僕を
補助係(怖めな陸上部の先生っぽい人)
が助けてくれた。
そして足の裏を思い切り踏んづけてくれた。
(あの雑なケアが今回一番効いた)

痛みが少し引くと、体を起こして
みんなのようにおにぎりを頬張った。

次に隣の味噌汁に手をつけようとした時、
思い出したかのように焦った。

まだ10km以上ある。
自分は走り切れるのか。
制限時間に間に合うのか。

あのときはそれが不安で仕方なくて
味覚がほとんど機能していなかった。

味噌汁を飲まずに、
陸上部の先生(仮)に
「もう大丈夫そうなので行きます!」と告げた。

大丈夫なわけなかった。

痛みで体がほとんど動かない。

いつ倒れてもいいように、
通行止めした広い車道の端っこを
その時の精一杯で走った。
時々横の柵を掴みながらも無様に。

そして35km地点でまた倒れた。

倒れるのは4回目。

今度は、本当にダメだと思った。

が、救護係に足を伸ばしてもらいもう一度立ちあがる。

この時、はっきりと覚えているのは
"ここからはもう倒れない"と決めたことだ。

ONEPIECEのルッチ戦。

「お前を倒すまで…もうおれは…絶対に倒れねえ!」

あの言葉を発した時のルフィと
同じくらいの覚悟を決めた。

ウソップの、
「ここが地獄じゃあるめえし!!!お前が死にそうな顔すんなよ!!!」

も聞こえてきた。

35km地点。
おそらく僕は、厨二病と天国(もしくは地獄)の
狭間にいた。

悲鳴をあげ疲れた自分の太ももを、
「動け!」とグーで強く殴る。

馬に乗る騎手のように、
太ももという自分の馬を叩き続けた。
痛みでこのままどこかに飛んでいけそうだった。

なんとか倒れず走っていると
残り5kmのエイドステーションで
僕は"バナナ"を手に入れた。

普段あまり食べないバナナをあっという間に完食し、
残った皮を右手で強く握りしめた。

みんなから繋がれたリレーのバトンのように、
大切に、力強く握りしめた。

自分の意識を保っているためには
何かを強く握っている必要があった。

そんな時に選ばれたのがバナナ。

そんなバカなと思うかもしれないが、
あの時の僕にとって、
本当に"そんなバナナ"だった。

最後の残り2kmなんて、
バナナの皮をひっくり返して
ネチョネチョした方をあえて握った。
なにか感触が欲しかった。
なにか体に刺激がないと、
そっちに意識を集中させないと
足の悲鳴が聞こえてくる。

バナナのネチョネチョの方でも刺激が足りず、
最後はバナナの皮を思い切り噛みちぎった。
もう手だけの刺激じゃ足りなくなったからだ。
汚くてもいい。醜くてもいい。
とにかく走り切りたかった。
ここから倒れずにフルマラソン完走。
それさえできれば、あとはどうでも良かった。

残り0.5km地点でバナナの皮はポケットにしまい、
最後は人生でいちばん手を振って走った。

そういえば25km地点から、
何度も同じ女性を追い越しては追い越され
を繰り返していた。

残り5kmでもそうだった。
彼女も、脇腹を抑えて苦しそうに走っていて
限界はとっくに超えているように見えた。

途中、その女性から辛そうなうめき声も聞こえた。

人間らしさ、人間くささ。

最後の5kmは、
その女性を含め沢山の人間の中に潜んだ
真のヒトが垣間見えた。

富士山や河口湖。
たくさんの綺麗な景色よりも、
そんなヒトたちの姿がいちばん美しくて、忘れられない。


ついにゴールも見えてきた。

あとは一直線。

周りからは歓声が聞こえる。

できる限りの笑顔で観客に顔を合わせる。

「あと少し、あと少し!!」

空を見上げながら、笑ってゴールを切った。

「生きてる、生きてる。やったんだ。ゴールしたんだ。」

それらの事実を深く、その幸せを強く
噛み締めていると僕の口角は下がる事を忘れた。
動かし続けた脚も一時的に走る事を忘れて
引きずることを覚えた。

心のポケットには
新しく生まれた大きな自信をしまいこむ。
短パンのポケットには噛みちぎられた
ボロボロのバナナの皮が残る。

人生がフルマラソンだとしたら、
今の自分は何キロ地点にいるんだろうと
数日後考えた。

まぁ、でもどこにいたって大丈夫。
どんな苦しさも痛みも乗り越えていける。乗り越える。
辛くなった時はバナナの皮を握るし噛みちぎる。
大丈夫。心のポケットには、あの日しまった自信がある。

フルマラソンに参加して本当に良かった。
走り切れて本当に良かった。

完。

佐藤大晟

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