5月20日レコード・ゆっくり死に至る

打ち合わせで外出。

その後、情報を整理して、頭がいっぱいになっていることに気が付いてボーッとする。もう夜だったけど、15分の仮眠を取ろうと机に伏せたら、スマホが鳴った。

母からの電話だ。

面倒くさいと投げ出すこともできたけれど、珍しく(半年ぶりに)電話で話そうという気持ちになって、出た。

結果、3時間にも及ぶ長電話をして、割と良い話が聞けたなぁと思った。

その中で、いくつか自分についてわかったことがあった。

ひとつは、常に戦前に立って、戦っている現状にあること。
そして、その現状に疲れ果てて、もう戦いたくないと思っていること。

戦前に立つとは、戦うことを止めたら、その瞬間に死が待っているという緊張状態にあることを意味している。実は私は去年の夏ごろから、頻繁に「死んでしまう」という感覚に襲われることがあった。
それは、かなり危機的な「死の予感」ではなくて、本当にラフで気軽な「あっ死んじゃうな」という言葉だから、あまり深く考えていなかったのだけれど、それまでの人生でそんなに「死ぬかも」ということ考えたことがなかったから、不思議だと思っていた。

どうやら私は戦前に立ちはだかり、生きるか死ぬかの緊張状態に自分を追い込んでいたようだった。どうりで、休むことへの罪悪感や「何もしない」ことへの不安感が強くなるわけだ。

ひとり暮らしで、未婚、妙齢、あまり稼げていない女性は、同じような状況にある人結構いるのではないかな。
いや、むしろ稼いでいる人でも多いかもしれない。

つまり、この世に頼れるものは自分しかおらず、休む間に誰か他の人に周りを守ってもらうことのできない、孤独状態。

孤独ってこういうことなんだなぁ。
孤立とも言えるのかもしれない。

この道を変えるには、「覚悟がいるんだよ」と言われた。

私は、母がそんな「死をも含めた覚悟」をした経験があるなどとは、つゆほども思っていなかった。

でも、割とあの年代の人たちは、どこかで一度「自分の人生はこれなんだから」と肚を決めたタイミングを持っているのかもしれない。親戚の伯父伯母からも、人生観を聞く機会があって、同じように「こんな風に肚を決めているのか」と驚いた記憶が新しい。

私は色々な選択をしてきたし、道を変えるという行動も取ってきた。
広く一般的には、「勇気がある」と取れる行動もしていると思う。
行動に伴って、人生は繋がってきたし、軌跡と愛情によって紡がれていた。

でも、その選択に「死」を覚悟していたかと言われたら、していない。

この道の先で死んだとして、それでもいいかい?

これからは、道を選ぶときにはこの問いかけをしよう。
もしも、「Yes」と思えないなら、その道は選ばないことが、これからの私を変えるポイントになりそうだ。

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この記事では、毎日瞑想を続けて起こる変化や気づきを記しているものです。具体的な生活まで開示している、超プライベートな記録となっています。(ので、すみませんが有料で閉じさせてもらってます)

瞑想ってどんな風に効果が出てくるのか知りたい方や、ダメダメな自分に辟易として変えたいと思っている方に実録として参考になればいいなぁと思っています。

というか、過去の私に対して、頑張って続けたよ。変わるんだよ。と声をかけてあげたくて、記しています。

では、本日のレコードです。

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ここでは、瞑想を毎日実践することで起こる変化を報告しています。

【 66日後に悟りを開くひと 】

------- 36日目の記録 -------

実績内容

瞑想  0.5h(累積993min)
インプット  4.5h
アウトプット 2h

今日から、インプットとアウトプット時間を記録するようにしてみた。
あと、予定の項目を「目的・目標」を書くようにして、作業はメモに変更。スケジュールを見たときに、「あれ、これなんだっけ」って思うと同時に、自分がその作業をなんのためにやるのか?を意識できるので、悪くはない感じ。

66日後に悟りを開くひとの実験報告は以上です。

ここから先は有料設定とさせていただきます。
内容は、具体的な時間割になっています。
何時から何時に何をしたのか、行動内容まですべて入れています。
起きてから寝るまでを記録しているので、あまりに赤裸々なため有料にて非公開としています。

有料で見る価値があるのではなく、見られたくないので有料設定にしているので、内容としては上記にすべて記載済みです。

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