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無意識の甘えと勝手な期待

桜咲く東京から、おはようございます。
noteを今月末までに書けば5ヶ月連続投稿だよ!とnoteが言ってくるので笑、少し急かされて記事を書きます。
あと1回でこれが達成できる!という、こういうのに弱い。

今日は、がんの記録です。
嫌すぎた放射線療法が終わり、まだホルモン治療の副作用には苦しめられていますが、フルタイム勤務の会社員に戻りました。
ウィッグにまつわる記事を以前書きましたが、最近はようやくベリショくらいには髪が生えてきたので、ウィッグを外して生活してます。
初めてウィッグを外して友人たちに会った日、わたしは自分が彼女たちにどれだけ無意識に甘えていたかを知りました。

ベリショである今の髪型は、自分でしたくてこの髪型をしているわけではなく、全然気に入っていないのが本音。
もともと胸下のロングヘアだったので、全然足りなくて、鏡を見るたび毎日悲しいです。
ですが、主観を除けば結構意外と似合ってしまっているのです。
初めてウィッグを外して友人たちに会った日、彼女たちは口ぐちに褒めてくれました。
わかります、意外と似合ってるもんね。

これはわたしにとっては複雑な褒め言葉たちでした。
わたしにしてみれば、好きでもない人に勝手に着せられた、自分ではまったく気に入っていない服を褒められているような気分。
とにかく、自分では全然好きじゃない自分の姿を似合ってる、可愛いと言われて傷ついてしまったのです。
傷ついた自分にびっくりしました。
長い付き合いの、友達の言葉なのに。

一晩考えて、その次の日も考えて、気づいたのです。
わたしのこころがやわくなってしまっている、それも原因だとは思います。
でも、"こんなに普段からわたしのこころを打ち明けている友達なのだから、わたしが傷つくことは言わないはずである"と無意識に思い込んでいた節もあると思ったのです。
勝手な期待を裏切られたみたいでショックだったと、思わなかったとは言えません。

だけど、かけていたのは"勝手な"期待なのですよね。
彼女たちに、責められる謂れはないのです。
自分ではベリショ好きじゃないから傷ついてしまったけど、わたしが髪型気に入ってないから肯定してくれようと思ってくれたのかもしれないし。
こころを打ち明けたらわかってくれる、なんていうのはわたしの無意識の甘えです。
自戒の意味も込めて書きますが、どんなにこころを打ち明けたって、他人は全部わかってくれるわけではない。

甘えと期待の適切な距離を、ちゃんと測っていたいなと思える出来事でした。
読んでくださる皆さまに、良いことがある今週でありますように🌸

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