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お題拝借:③祭り

起床時間を知らせるスマホの音が室内に鳴り響き、あなたは飛び起きた。
久しぶりの出張取材の日。経費節減の折、泊まりの取材なんて珍しい。しかもカメラマンつきだなんて....。原稿料だっていい方だと、前夜は胸がわくわくしていた。

待ち合わせの駅で、あなたは意気込んでキャリーケースを引き、カメラマンと電車に乗り込んだ。
目的地は秩父の山奥で、秘境と言われているところ。ここで50年ぶりの奇祭が執り行われると情報があり、取材依頼が来たという訳だ。あなたは市役所に開催日を問い合わせ、その前日に到着するようにスケジュールを組んだ。

現地に着いてみると鄙びたといえば恰好がいいが、さびれた農村だった。
祭りのために村民が、村の集会場で踊りの稽古をしているという。
その様子を見せてもらうと、揃いの浴衣を着て爺さん婆さんが円になり踊るというもの。
まったく普通の盆踊りみたいで、目新しくも何ともない。とはいえ、みんな生き生きとしている。おそらく娯楽といえば、こんなものしかないからだろう。

村役場に紹介された旅館に泊まることになった。そこで用意されていた寝間着は、さっき盆踊りを見せてくれた村人と揃いの浴衣だった。
夜、その浴衣でぐっすり眠りこむ。するとかすかに祭囃子が聞こえてくるではないか。
あなたは、祭りは明日ではないかと訝しく思ったが、念のため起きだして祭囃子が聞こえる方へと出かけてみた。
すると、まん丸い月の下で村人たちが円を作って踊っている。

ちょうど満月だし、絶好のチャンスだ。カメラマンを起こさなくては!
あなたは旅館に引き返そうと踵を返したが、動けない。足が地面に根を張って、抗おうにも動けない。

村人たちは緩慢ではあるが、酔い痴れたように同じ動作を繰り返している。
やがて祭り囃子は最高潮に達し、村人たちの顔が紅潮しているのがよく見える。その目は水面で油が光るような鈍い光を湛え、じわじわとあなたに近づいてくる。
彼らの顔がニヤニヤしだしたとき、あなたは背筋が凍りついた。
帯の後ろに挿しこんだ鎌をいっせいにあなたに向かって振りかざしたからだ。

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翌朝、カメラマンはライターの不在に気づいた。旅館の主に尋ねたところ
「ライターの方?知りませんな。お一人でおいででしたよ。誰かお連れがいらっしゃったんですか?いやいや、こんなちっぽけな旅館ですから、ご一緒ならすぐわかるはずですがね。
それより今日は祭りの直会(なおらい)で、みんなで鍋を囲んで食べる日でしてね。ご一緒にいかがです?」
誘われたところで、まるでキツネにつままれたような気持ちになり、スマホでライターに連絡してみたが呼び出し音が虚しく繰り返されるばかり。
とりあえず盆踊りを撮影したことはしたが、その後鍋をつつく気にもなれず、ともかくその日は宿泊を取りやめライターの所在を確認すべく村を後にした。

村では飲めや歌えの直会が終わり、車座になった村人たちは歯をせせりながら、とっぷりと暮れた夜道を三々五々に家に帰っていった。
その後ろ姿を見ながら
「みなが踊りを忘れるのではないかと心配したが、毎晩練習していただけに覚えておったわ。しかし50年ぶりの鍋はうまかったの」
と古老がポツリと呟いた。

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