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宇宙キリンの天体写真から読み解く『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』

おぎ
https://twitter.com/kumasawam

Notice ・本稿は2022年10月に発行した劇場版スタァライトの考察・感想合同誌『舞台創造科3年B組 卒業論文集』に掲載したものをそのまま転載しています。 ※寄稿者の希望で修正を加えている記事もございます ・本稿は2022年4月に受け取った初稿を、以降数ヶ月掛けて寄稿者と主催チームとの間でブラッシュアップして作成しました。 ・考察に正解はなく、どの考察も一個人の解釈であることをご理解ください。 ・「九九組」「アニメ版」など、人によって意味合いや解釈が異なる単語については、寄稿者の使い方を尊重しています。 ・本稿は『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』の二次創作作品であり、公式とは一切関係ございません。

1.序論

 天体現象は我々の生きている時間や空間のスケールを超越しており、その煌びやかさから美しく壮大な印象を与える。特に星雲や銀河は、ロボットアニメから趣味・部活を題材としたアニメまで様々な作品で引用されている(*1)。

 本論文では『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト(以下劇ス)』の宇宙キリン(詳細は後述) のシーンで引用された天体写真を同定し、劇スの文脈で切り取った場合にそれらがどのような意味を持つかを考察した。その結果、天体写真の描写は、ほんのわずかな時間しか登場しないが、スタァの誕生、役への渇望、スタァの終焉と再生産を示唆するものであり、劇ス全体のテーマを補強する役割を持つといえる。


*1 『マクロスシリーズ』、『ガンダムシリーズ』、『恋する小惑星(アステロイド)』など。

2.調査方法

 通常、カメラレンズや小型望遠鏡で撮影された天体写真がどの方角・位置にあり、何を写したのかを調べる場合はAstrometry.net(*2)というサイトを使うのが便利である。このサイトでは天体写真をアップロードすると注釈付きでその位置と天体カタログ名が写真に上書きされて表示される。しかし、劇スに登場する天体写真は、実在する領域を切り取っているものの、星図とのマッチングで失敗してしまうため詳細を確認することができなかった。これは劇スで使用された天体写真の画角が極めて狭く、サイトで使用している星図とマッチングがとれないことが原因であった。

 このような狭い領域は限られた宇宙望遠鏡でしか撮影できないため、それらの撮影データを調査し、手動でマッチングを行った(*3)。さらに火星と地球の地形をNASAの火星探査及び国際宇宙ステーションで撮影された写真に絞り調査した(*4)。

 調査範囲は劇スBlu-ray本編43:16〜43:25の間で、華恋とひかりを除いた7人の舞台少女が再び舞台に上がることを決意し、キリンが「わかります」という台詞を発するシーンである。このシーンを宇宙キリンと呼ぶことにする。


*2 Astrometry.net, https://astrometry.net

*3 最も有名な望遠鏡としてハッブル宇宙望遠鏡があげられる。

*4 主にESA/Hubble及びNASAのHPを調査した。火星探査に関してはソ連、ESA等も実施しているが、最も力を入れているNASA のデータを調査した。地球の地表に関しては国際宇宙ステーション(ISS)以外でも様々な方法(各国や企業の衛星写真、航空写真) で撮影されており、特定が困難と想像した。そこでまず、公的機関としてポピュラーなISSに絞り調査をしたところ、当該写真と思われるものが見つかった。NASAもISSも公的機関であり、ポピュラーであるためネット上でも情報が多く、入手しやすかったという側面もある。

3.調査結果

 本シーンはCGモデルで作成された野菜キリンが映された後、天体写真を左右に配置しキリンを模したように加工された画が1コマ~数コマの間、CGキリンと代わり代わり挿入される構成となっている(*5)。調査の結果、わずか9秒間に12枚の写真が様々な形で使われ、その中には過去に『レヴュースタァライト』のBlu-rayとCDに使用された写真(*6)も含まれていた。12枚についての詳しい調査結果を表1に示す。

表1 宇宙キリンのシーンで使用された写真(筆者作成)
No.1はスピッツァー宇宙望遠鏡、No.2,3,9-12はハッブル宇宙望遠鏡、No.4はバイキング1号オービター、No.5はマーズ・パスファ インダー、 No.6はマーズ・リコネッサンス・オービター、No.7,8は国際宇宙ステーションで撮影された。No.1-9は天の川銀河に属 する天体である。

 使用された写真を大別すると次の4つとなる。星雲及び星形成領域(No.1-3,9)、幾何学的又は荒涼とした地形(No.4-8)、初期宇宙の銀河及び銀河の相互作用(No.10,11)、超新星残骸(No.12)である。


*5 CGの役割は「異質感をもたらす」ことであり「パワーのある画」が監督の要求だった→註21) 参照。このシーンは単にCG による異質感の演出にとどまらず、サブリミナル的にキリンを暗示した天体写真が挿入されており非常にインパクトのあるシーンとなっている。

*6 濱祐斗デザイン事務所による。

*7 SPITZER SPACE TELESCOPE, https://www.spitzer.caltech.edu/image/ssc2006-02a1-spitzer-view-of-the-center-of-the-milky-way

*8 ESA/Hubble, https://esahubble.org/images/heic1509a/

*9 ESA/Hubble, https://esahubble.org/images/heic1705a/

*10 Catalog of Spaceborne Imaging, https://nssdc.gsfc.nasa.gov/imgcat/html/object_page/vo1_mg07s078.html

*11 PHOTOJOURNAL, https://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA02406

*12 NASA SCIENCE, https://science.nasa.gov/hole-mars

*13 NASA, https://www.nasa.gov/image-feature/the-eye-of-the-sahara

*14 NASA, https://nasa.gov/image-feature/the-namib-desert-on-the-atlantic-coast-of-namibia

*15 ESA/Hubble, https://esahubble.org/images/heic1818a/

*16 ESA/Hubble, https://esahubble.org/images/potw1743a/

*17 ESA/Hubble, https://esahubble.org/images/opo9941a/

*18 ESA/Hubble, https://esahubble.org/images/opo9904a/

4.考察

 分類した4つの項目について順に考察する。まず、No.1-3,9の星雲と星形成領域だが、星雲は宇宙空間に漂う塵やガスが周りの恒星に照らされ雲のように見える天体である。星雲の中には自身の重力や付近で生じた衝撃波が起因となり星(=劇スの文脈ではスタァ) が誕生する領域もある。このように星雲の中で、星の形成が起きている範囲を「星形成領域」と呼ぶ。No.2,3は星形成領域であり、周囲に生まれて間もない星団を伴っている。このような星雲は身近な存在であり、例えばNo.3は、図1左に示すようにオリオン座3つ星の下にある天体である。劇スでは、No.1の写真は上にトマトの画が重ねて描写されており、星形成、即ちスタァの誕生にはトマトが関与していることがNo.4-8に共通する要素は砂漠である。火星はかつて水が豊富にあったと考えられているが、現在はその痕跡を残すのみで大半が砂に覆われた土地である。地球からは幾何学的な構造が有名なサハラの目と、大西洋と隣接するナミブ砂漠が選ばれている。砂漠はTV アニメ版最終2話にわたって神楽ひかりがピンクの砂漠にいるのをはじめ多くのシーンで登場し、作品を象徴する場所となっている。TV版最終話の砂漠のオアシスにいたり、劇ス冒頭で星摘みの塔と現れたりとキリンが登場する場所も砂漠であることが多い。砂漠の描写は飢えや渇きを意味し、舞台少女の役への渇望、そして観客の舞台への渇望が意図されていると考えられる。

図1 オリオン大星雲M42(筆者撮影)
Bの星形成領域を撮影したものがNo.3 である。図内のスケー ルは見かけの大きさ(角度表示)を表す。

 No.10は深宇宙の銀河団の観測画像である。この写真は、数多の星をもつ銀河団をバックにして手前に1つの輝星が煌めいている構図となっている。これはトップスタァの座は1つしかないことを示していると考えられる。この写真はTV アニメ版サウンドトラックのブックレットにも引用されているが、劇ス本編では輝星はキリンに隠されて見えなくなっている。ここから、これまでの『レヴュースタァライト』ではトップスタァを勝ち取ることが描かれてきたのに対して、劇スの主題はトップスタァを勝ち取ることではないのだ、ということを示す表現だと考えられる。

 No.11は、後述するNo.12も合わせて、コントラストを高め中間階調を無くした画に加工されている。これは、古川監督がインタビューで話しているような「パワーのある画」を作るための加工であると考えられる。No.11は2つの銀河の衝突の写真である。銀河と銀河は互いの重力で引かれ衝突を起こすことがある。無数の銀河が存在する宇宙では決してめずらしい現象ではなく、我々の属する天の川銀河も例外ではな(*19)。銀河同士の衝突により星間ガスが圧縮され、これが起点となりスターバーストと呼ばれる星の一斉誕生が起きると考えられている(*20)。銀河を舞台少女と捉えればレヴューで衝突する2人の舞台少女を暗示していると解釈することができる。舞台少女達はレヴューで自身の信念や生き様をぶつけ、互いの価値観を理解しあうことで、新たなスタァに生まれ変わり続ける。このことから舞台少女の衝突は新たなスタァの誕生を引き起こしているといえる。また、これは劇スを鑑賞する観客にも当てはまる。観客自身が感じたスタァ像は各々で異なり、劇スを観劇することで様々なスタァ像が一斉に誕生し、まるでスターバーストと表現できるような現象が起きているといえる。

 No.12は重力崩壊型超新星爆発により生じた超新星残骸である。重力崩壊型超新星爆発とは恒星が核融合で自身を燃やし尽くし、最終的に安定化した鉄のコアが重力崩壊することにより生じる爆発現象である。その爆発の明るさから超新星と名付けられており、まるで新たな星の誕生のように感じられるが、実際は星の終焉を意味する。しかし、鉄より重い(原子量の大きな)元素はこの爆発反応で生成され、様々な元素=新たな星の材料を周囲に巻き散らす。また爆発で生じた衝撃波はNo.1-3,9のような星雲に影響を与え、星形成の一端を担う。即ち、超新星爆発はスタァの終焉を意味するが、一方で新たな星を生むゆりかご(=再生産) でもあるといえる。これは、演じた役はやがて終わりを迎えるが、舞台少女はまた新たな舞台で新しい役に生まれ変わるという劇スの主題と繋がる。


*19 AstroArts, https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10029_sausage

*20 筑波大学 計算科学研究センター,https://www2.ccs.tsukuba.ac.jp/Astro/
uchu_forum/ja/2009/05/13/saitoh/

5.結論

 宇宙キリンのシーンでは計12枚の天体写真が使われていることが明らかになった。写真の調査および考察から、スタァの誕生、役への渇望、スタァの終焉・再生産の示唆が得られ、劇スの物語のテーマを補強する意味があるといえる。

6.謝辞

 劇ス卒論を執筆する機会を企画頂いた主催のさぼてんぐ氏、副主催のりーち氏、校正にご協力頂いた皆さまに感謝します。


*21 取材: 日詰明嘉 CGWORLD vol.276 AUGUST 2021 株式会社ボーンデジタル発行 P.69

引用URL の最終閲覧日は2022 年6 月4 日

著者コメント(2022/10/10)

この論文を通して天体写真や天体分野に興味を持っていただければ幸いです。


詳説

(編集註)合同誌発行後に筆者のおぎさんがTwitterにて補足解説をしてくださっているので、リンクを埋め込みます(編集註)。


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