Sea of Peace
今年もまた3月がやってきて、
3月11日という日を迎えることになりました。
8年が過ぎたと言われても、やはり考えてしまいます。
あの時の光景と気持ちを、ずっと忘れることはないのだろうな。
このようなかんじで、何度か東日本大地震について思うことを残してきているので似たような話になってしまうかもしれないのですが、
それでもやっぱり2019年の3月11日を過ごせていることについて、残しておきたくなるのです。
気づいたら今年も絵を描いていました。
大きな地震があると、お願いをしている天使みたいな「想い」の絵をよく描いていたのですが、今回は「海」を描いていました。
3.11に連なる記憶として「海」が大きな存在となっているのは、あたしだけではないかと思います。思うことは一人一人違っても、きっとみんなの心の中にある…
その心のなかの「海」が、どうか安らかなものであってほしいという願いを込めて、「Sea of Peace」というタイトルをつけてみました。
イメージは、絵を描く直前で夢で見た、美しすぎる海、なのでした。
あたしは、山形県山形市というほぼ360度を山に囲まれた街で生まれ育ったせいか、いつからか海への憧れを強く持っていました。
高校を卒業したら一人暮らしをしたいとずっと思っていたのですが、その時に思い浮かんだのは「海のある街に住みたい」ということで、旅行で行ったことのある新潟にある大学を目指して猛勉強しました。
(山形人から見ると新潟はとても大きな街で、同じ日本海側だから落ち着く雰囲気もあり、一瞬で大好きになってしまったんですよね〜)
執念で合格して憧れの街で一人暮らしをし、天気がいいという理由だけでカメラを持って一人ふらっと海に行ったり、晴れた日は最高の夕陽を狙って友達と海に行ったりしておりました。
あたしの好きな色が「青」だと確信したのも、新潟で海を見ていた頃だったと思います。
しかし、東日本大震災をきっかけに、大好きな海の怖さを知ることになります。
あたしは、大学卒業後に住み始めた仙台で、2011年3月11日も仕事をしていました。
仙台市も海に面している街ですが、大きな街なのであたしの住んでいた仙台駅周辺の中心部は海から離れた場所であり、幸いにも津波が到達することはありませんでした。
電気が復旧しテレビから情報を得られるようになって初めて、身近で津波による大きな被害が起きていることを知り、同時にたくさんの人がボランティアで復旧にあたっていることも知りました。
あの頃の混乱は今もうまく言葉にできないのですが、こんなに近くにいるのに自分よりも大変な状況にある人のことを助けに行けない、自分のことでいっぱいいっぱいになっている不甲斐なさで胸が苦しくてたまりませんでした。
もっと大変な人がいるのに自分が被災者だなんて言えない気がして、自分には仕事が残されていたことはありがたいことなんだと思い知らされて、自分にできることを必死にやるしかないとひたすら働いていました。
数ヶ月は考える余裕もないままあっという間に過ぎてしまい、少しずつ日常を取り戻し始めたように見えた頃も、まだ海を怖いと感じている自分がいました。
すぐ近くに被害が大きかったエリアがあるのに、どうしても足を運ぶ勇気が持てず、直接的なお手伝いをすることはできないでしまいました。
あたしがやっと行けるようになった頃には、沿岸沿いの多くの場所はすでに更地になっていました。
気分転換に出かけようと仙台空港から飛行機に乗った際には、飛び立った直後に見えた太平洋の海岸線沿いに何もない更地が広く続いていて、胸が苦しくなって一人ぼろぼろ泣けてしまいました(一人旅ばっかりしてたのでまぁ周りも気にせず泣いたこともあります…)。
旅行なんてしている場合なのか…と思わされながらも、自分の心も大分疲れてしまっていたのでそのまま出かけたのですが、仙台空港に戻ってくる時にはまた同じ光景を目にすることになり、また涙が止まらず…。
悲しむことしかできない自分が情けなく感じました。
「自分に何ができるだろう」と、あの日からよく考えるようになりましたが、いまだにうまく答えることはできません。結局「自分のやりたいこと」しかできていない気がしますが、その先に誰かのことを考える機会が多くなったように思います。
絵を描くことも、前は描きたいからというだけだったのですが、今は何か伝えられたら、少しでも共有できるものがあれば、と思えるようになりました。
あの日のような「海」の恐怖は忘れてはなりませんが、たくさんの人の心を癒し、あたしたちの生活を支えてくれているのもまた「海」であることも一緒に感じていただけたらありがたい限りです。
なんて当たり前のことで言われるまでもないと思われるかもしれませんが、前述の通りあたしはあの当時そんなことも見失ってただただ恐怖に襲われていたので…あの時の自分に教えてあげたいし、今海を見つめている人の心が穏やかであるよう祈らずにはいられません。
思いのままダラダラとした文章になってしまって申し訳ないのですが、最後にもう一つだけ。
東日本大震災について、語るべきことを持っている人がたくさんいます。被災地に近い遠い問わず、多くの人があの時の記憶を鮮明に持っています。あたしの印象では、震災に関するストーリーは尽きず語られています。もしそのような機会があれば、ぜひ聞いてみてください。一人一人のストーリーがあり、きっと一生懸命話してくれることと思います。
話すこと、聞いてもらうことで、少しずつ消化できているんじゃないのかな?あたしはそんな気がします。
改めまして、2011年3月11日に発生した東日本大震災におきまして、 亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。