コミュスクの成果物

「会社で生き残るための闘い」を繰り返してきた会社員時代。
それが、フリーランスになってから
「会社を辞めるための闘い」にそのバトルスタイルは変わっていった。

いずれも「会社」という形容詞がついている。
社会人の前半期は会社という自分が活躍しなければ
生きていけない世界であることを突きつけられた。

希望してきた仕事でなく割り当てられたのは全く違う仕事で
しかもその仕事で周りとのコミュニケーションもうまくいかない、
無力感を感じ続けてきた時期だった。
そのことで生命危機を感じて「どうすれば俺は会社で生き残れるのか?」と考える。

考えた末にコミュニケーションスクールに通ったり
あるいはもう苦手なもんは苦手なんだと割り切って技術的に特化するか。

私は考えた末に「この仕事をしなければ自分は生きていけぬのであれば
自分は心を殺してでもこの業種でやる」ことを決めた。
「どうすれば自分はこの会社で生き残れる」、すなわち
「どうすれば自分は社会人として生きていけるか」を学んだ。
社会に出て自分の技術がないと食っていけない、そのことに恐れがあった。
いつまでも親を食い扶持にしてはならない。

そのことが私を技術一本槍系キャラへと駆り立てた。

コミュニケーション能力は大事だと思うが
ある程度スキルがないと話せるものも話せないと考えたので
ITの資格を取ることに執念を燃やした。

新人の時にあれだけ悩み果てたコミュニケーションエラーについては
結局どう乗り切ろうとしたのか。課題は据え置きであるが
会社における報連相の流れについては、ある程度「型」が見えた部分があった。
その「型」それさえ見れれば、どうにかなると思った。

会社に毎日通っていて色んな社員を見るにつれ
「ああ、この人はあいさつしない人なんだな」とか、目から判断できる明確な特徴を把握したり
「こいつは話しかけてはダメな社員だ」
とみなしたら話しかけるのをやめたり。
特徴を観察して判断するという術を身につけた。

会社の人間観察も俯瞰してやるようになり、
「話しかけていい人」と「そうでない人」を
私なりに人間の仕分けもできるようになった。

コミュニケーションスクールのノウハウがあっても
結局は苦手な人間は苦手なままなのは変わりないし。
苦手な人間に対しての処方箋を学んだ気がするがもはや覚えにない。

おそらくそういうノウハウを学ばなかったのかもしれないが
苦手な人間とかそれ以前に話せる人間が少なすぎるし
会話の仕方を知らなかったので苦手な人間対策以前の問題だった。

大学の友人のような人間がいないので違うタイプばかりで苦労する。
経験したことのないケースばかりで対処の仕方がわからない。
だからスクールのノウハウが必要と思っていた。
「そもそも根本的に話すことそのものがダメ」だと思っていたからだ。

コミュニケーションが苦しい、たすけてくれの一点張りだったもんでね。

コミュスクで学んできたことが全くの無駄だったのか?と言われるとそうではないと思っている。


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