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句養物語 流れ星篇 最終話

【8】

ちょうど地平線から日が顔を出そうとして、空が白み始めたところで、太郎は膝から崩れ落ちるようにして、その場にへたり込んだ。ついさっきまで二人だったはずの平野は、徐々に朝日に照らされて、1人ぼっちの朝が来た。

それはそれは大きな「花野」だった。様々な花が咲き乱れるその花野の一角で、明美は自然の一部となったのだ。太郎はエコバッグに入っていた石を取り出すと、明美を弔うようにして、石を積み上げた。最後のデートで拾った石たちを、ひとつひとつ読み上げながら、彼女の供養として捧げた。途中ラジオから流れてきた石の句も、漏らさず呟いた。


流れ星九日ぶりに晴れた空

里山子


流れ星消えては生まる星の界や

れな


チロチロと宇宙の草むら星飛べり

うた


流れ星ぼくのウルトラマンはどこ

みづちみわ


流れ星背負う願いの重かろう

猫髭かほり


流星の仲間なるべしISS

鷺沼くぬぎ


列島の微熱くすぐる流れ星

夏野あゆね


チーム『星』の特攻隊長流れ星

ヒマラヤで平謝り


「よさこい」は酣なりて流れ星

渡辺香野


流れ星或いはタイムマシン哉

たろりずむ


接吻を真二つに裂き星流る

恵勇


椅子ふたつ据えて湖畔の流れ星

野地垂木


終焉や意地の煌めき流れ星

ノアノア


だぶだぶのシャツの匂いや流れ星

里すみか


三万年後迎えに来てね流れ星

嶋村らぴ



そして最後に、明美の耳の部分から出てきた石と、眼の部分から出てきた石を並べて、てっぺんに配した。


「流れ星いっそなかった事にして」


「飛べ飛べ星よ一筆書きの愛よ」


太郎は2つの句を並べ、口に出して読んだ。


「なるほどね…そう詠んだかぁ。」

後ろから知った声が聞こえた。

太郎が振り返ると、そこにオッサンが立っていた。ビックリしている太郎をよそに、オッサンは解説を始めた。

「アンドロイドの契約満了には、儀式が必要だよね。その儀式は2つあって、一つは契約者自らの手でアンドロイドの後頭部に隠されたボタンを押し、自然回帰システムを稼働させること。もう一つは、契約期間の全てを集約した俳句を一句詠むこと。そして、その兼題が『愛』なんだよね。この習慣が予想以上に流行ってしまったから、『愛』は秋の季語として完全に認められていった…。」

「全部…知ってたんですか…?」

「知ってるってゆーか、なんてゆーか。」

オッサンはポリポリと頭を掻きながら続けた。

「ボク、運送やってるんだけどね。主に委託されたアンドロイドを運んでるんだよ。だから、そういう話も一応知ってる。こっそりとだけど、みんなやってるんだよ。なんとなく人に見られたくはないことだしね。この仕事やってると、どうしても色々耳に入ってくるわけよ〜」

「そうだったんですか…」

太郎はそう答えると、途端に恥ずかしくなってきた。オッサンがいつから見ていたのか、全く分からないものの、明美との一年の証とも言える句を聞かれてしまったのだから、無理もない。


太郎はふと、思い出してオッサンに聞いた。

「そういえば、トラックの中で聴いたラジオの句に、特攻隊長の句がありましたけど…」

「ギクッ」

オッサンが聞かれたくない事を聞かれたのが丸わかりのリアクションを取ったので、太郎はおかしくて、つい笑ってしまった。

「あの句の作者は…」

「いやぁ…鋭いなぁ…」

オッサンは観念したように頷いた。

「あれはね、ボクの俳句なんだよ」

今度は太郎が頷きながら続けた。

「やはりそうでしたか。そうじゃないかなと、直感的に感じたんです。でも不思議だったんですよ。あれって、投句されたものじゃなくて、パーソナリティが最近拾った俳句石として紹介されましたよね。」

「実はボクもびっくらポンなのよ…」

「…というと?」

「あれは若い頃のボクが詠んだものだから。。」

「え…。と、いうことは…まさか…」

「そう、もしかして、もしかすると…」

「“或いは”…」

そのキーワードを太郎が発した次の瞬間、二人は揃って呟いた。

『タイムマシン哉!!』

純粋な好奇心に溢れた子供のように、二人の気持ちは昂っていた。

「こりゃ大変だ!面白くなってきたじゃないの!!」

オッサンが興奮して叫んだ。突如として流れ星がタイムマシンであるという仮説が、二人の間で煮えたぎっていた。しかし太郎には、もう一つ気になっていたことがあったのだ。

「そういえば、その時じゃないですか?胸の傷が痛んだのって。」

「言われてみたらそうかも!!…って、つまり…どゆこと??」

「もしかして、その傷ができた時期と、俳句ができた時期が同じなんじゃ…?」

オッサンは太郎の指摘に納得した様子で、続きを話し始めた。

「いや、実はね…。この傷が何の傷だったのか、さっぱり思い出せないんだよ…。」

それを聞いて太郎も納得した表情で、返事をした。

「やっぱり、所以の分からない傷ってあるんですね。自分の胸にも一つありますから」

「え?マジ!?…っていうことは、ボク達って…記憶喪失のお友達??」

オッサンが笑ってそう言った時だった。

話している二人のちょうど真ん中辺りに、俳句石が突き刺さるように飛来してきた。

「このタイミングで来ましたね…!」

ワクワクしながらそういう太郎を制して、オッサンが石を拾って、その句を読み上げた。


『夜ひらく流星胸の手術痕』

(常幸龍BCAD)


二人はキョトンとして、顔を見合わせた。

「しゅ、手術…?」

「にーちゃん、したのか?…手術。」

「き、記憶にないです…」

「ボクも、身に覚えな〜い」

「この俳句、何ですかね。珍しく、何も解決させてくれませんけど…」

苦笑いして太郎が言うと、オッサンはこう切り返した。

「明日の事は今は分からない。昨日の事は今は覚えてない。ボク、人生ってそれでも良いって思ってるのよ。」

太郎は黙って同調しながら、俳句石にもう一度視線を落とした。確かに「手術痕」と書いてある。

「きっと、この俳句石は、何かを自分達へ伝えようとしてるんだと思います。でも、そうですね…別に今分からなくても…。何もかもハッキリとさせなきゃ、先に進めないわけでもないですもんね」

「そうそう。それが人生ってもんだから」

「それを言ったら、あの子供の件なんて、何も解決してないですもんね!解決しないことばかりですね、人生は。」

「まさしくあれは迷宮入り!もしかしたら幽霊か何かだったりして〜!」

ついさっき起きたリアルが、もうすでに、思い出へ変わっていた。太郎はやっと、気分が晴れてきたようだった。あれだけの別れを経験しておきながら、なんて身勝手な気分屋だと思ったが、先程のオッサンの人生観が優しく包み込んでくれているような気がした。


「で、にーちゃんはどーすんの?次は生身の人間を愛せそうかい?」


オッサンはサラッと真に迫る事を聞いた。つまり今は、多くの人がお互いに人を愛するという事から距離を置く世の中。そして、アンドロイドを通じて本物そっくりの「愛」を体験する事が主流になっている。それは、生の人間同士にしか芽生えない愛の素晴らしさを、もう一度知ってもらう入口になれば、という信念に基づき行われてきた事だったが、なかなかその通りの結果にはなっていなかった。あまりにもアンドロイドが精巧に作られたせいで、かえって本当の愛に対する恐怖心が勝ってしまい、人間同士の愛に踏み込む勇気を持てない人が多くなっていった。だからこそアンドロイドを用いたインスタントで使い捨てのような愛が、流行ってしまったというわけだ。物流という側面から業界に一枚噛んでいるオッサンは、その実情を痛いほど理解していたのである。


「たぶん、また別のアンドロイドを頼むんじゃないかな…って、思ってますけど…。」


太郎はそう言って、先程の自身の句に目を落とした。自分の句に納得できていないように、オッサンの目には見えていた。


「ダメですね。。愛という「兼題」を理解するのに一年という時間を費やしたのに、こんなんじゃ…」


オッサンは一瞬考えたあとで、こう切り出した。


「一年で分かるものを、愛とは言わないと思うぜ。」


オッサンの言葉に、太郎はハッとさせられた。畳み掛けるようにオッサンは諭した。


「愛は一筆で書けるようなもんじゃない。もっと丁寧に書くべきところを、にーちゃんがそれと向き合う事に臆して、横着したんだろ?向き合って、向き合って、向き合い尽くして初めて、物事の芯がどこにあるのか分かるってもんよ。『兼題』って、そういうものでしょ。」


太郎は心を搾り取られるような気分だった。オッサンの言葉は余りにも的を得ていて、何も言い返す言葉が見当たらなかった。

「ねーちゃんの気持ち、ボクは分かるなぁ。少なくともねーちゃんの方が、キチンと兼題に向き合ってたんじゃないかねぇ。なかなか詠めないと思うよ、最後のあの句は。」


そう言われて、太郎はもう一度呟いてみる。


「流れ星いっそなかった事にして」


「にーちゃん、これ、真意分かる?」

「え…真意…ですか?」

「この句に込められた本当の願いだよ」

「真実から逃げたい…ということ?」

「たぶん、逆じゃないのかな」

「逆…ですか…?」

「幸せだったんだろ、痛いほど。」

「……。」

「あの句の真意は、なかった事にしたいくらいの幸せを、どうか肯定して欲しいって気持ちを流れ星に託したんじゃないかなぁ…。」

太郎はオッサンの「鑑賞」に打ちのめされて、その気持ちを肯定してあげられなかった自身の情けなさを、これでもかと味わっていた。その表情からは全く生気が感じられず、茫然自失といった印象だった。


「なーんちって〜!ボクみたいなオッサンの語る『愛』は空っぽで〜す!中身がありませ〜ん!」

オッサンは、渾身のボケで場の空気をなんとか修正しようと試みたものの、太郎の落ち込みが思ったより激しいようだったので、作戦を変更する事にした。

「よし。じゃあ行くか。」

オッサンは太郎を誘った。

「え、どこへ…?」

「決まってるじゃん。俳句談義の続きをしに行こう!」

太郎はやっとの事で少しだけ笑って、オッサンに尋ねた。

「どこまでドライブするんですか?」

オッサンは声高らかに宣言した。

「ヒマラヤまでひとっ走りだ!」

「いやいや、外国じゃないですか!」

太郎のツッコミに対して、オッサンは真顔で答えた。

「ん?『喫茶ヒマラヤ』だよ。」

「ははは、なーんだ!」

いつのまにか太郎も笑顔になっていた。

二人は離れたところに停められたトラックへ向かって歩き始めた。無論、俳句談義はもうスタートしている。冗談も交えながら、二つの笑顔が花野を後にしようとしていた。

広大な花野に、柔らかな風が吹いている。最後に、太郎は一度だけ、明美がいた辺りを振り返った。自分で積み上げた石が、まるで明美の墓碑のように立っている。その周りを種々雑多な草花が取り囲み、あたかも明美が花葬されているかのようにも見えた。

一瞬、墓碑の辺りで何かが閃いたように見えたが、太郎はもはや気にも留めなかった。これから始まるだろうオッサンとの俳句談義に胸を踊らさせながら、太郎は花野を去っていくのだった。


こうして、真二つに裂かれた「愛」は、それぞれの方向へ歩み始めた。

なくなってしまった方が幸せだというほどの大きな「愛」がある一方で、一筆で書き起こせるほど刹那の「愛」もある。それは交わることもあれば、離れることもある。交わった瞬間の「愛」ですら、どちら側から見るかによって、全く異なるものに見えるかもしれない。この言葉が季語になって、まだ歴史は浅い。今後、多くの人がこの兼題に真剣に向き合い、季語を生かした俳句がたくさん生まれていく事だろう。


花野風は、全ての命に対して平等に吹いている。言葉を宿した俳句石も、ある意味では命の結晶と言えるかもしれない。ふと、ひとつの石が、残された墓碑に寄り添うようにしながら、淡く光り輝いた。


『流れ星未読のままのメッセージ』

(太平楽太郎)



句養物語 流れ星篇 【完】




そして… 




【句養物語 花野篇】

続けて読んでみる↓

https://note.com/starducks/n/nf7488e0f8c88


慟哭の第7話を見てもう一度泣いてみる↓

https://note.com/starducks/n/ne45778c36c0a








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