#9「バック・トゥ・1921」/町山智浩が『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』全10話を徹底解説

※スターチャンネルEX、BS10 スターチャンネルでの本作の配信・放送は終了しております※

社会派ホラー映画『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督と現代屈指のヒットメーカー、J・J・エイブラムスが組んだ話題の社会派SFドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』(全10話)。さりげない描写に込められた深い意味やメッセージをしっかり読み取れるよう、アメリカ文化に詳しい映画評論家・町山智浩さんに1話ずつ見どころを解説、独自にポッドキャストで配信!本記事ではそんな解説ラジオの内容を完全文字起こし!本編をご覧になった方、ぜひこちらをお聞頂き(お読み頂き)『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』の細部までお楽しみください。

呪いを受けたダイアナとハエの描写が結ぶ宗教的な意味

いよいよ大詰めとなる第9話は、1921年のタルサの大虐殺。フリーマン一家の物語が始まるタルサに戻っていきます。クライマックスですね!

アティカスの姪ダイアナは、邪教集団“アダムの息子たち”のリーダーである警察署長ランカスターの呪いによって、「アンクル・トムの小屋」という本に出てくるトプシーになってしまいます。トプシーとは、野蛮でずるくてイタズラ好きという黒人少女のステレオタイプで、ドラマでは一種の怪物として描かれています。そのダイアナがベッドでのたうち回る姿は、まさしく1973年の映画『エクソシスト』で悪魔に取り憑かれたリーガンがベッドでのたうち回る姿とそっくり。さらにダイアナの片腕が腐っていき、そこからウジが湧いてハエが飛び回ります。そして部屋中がハエだらけになりますが、そこは1970年代の別のホラー映画『悪魔の棲む家』にそっくりです。

ハエは聖書においてちゃんと意味があります。聖書が書かれたユダヤの始祖が奴隷として住んでいたエジプトでは、ハエが大量発生すると疫病が流行しました。キリスト教やユダヤ教が出来る前から、疫病をまき散らすハエには魔法のような力があると思われていたようなのです。当時はバイ菌の存在なんて分かりませんでしたから。それでもハエが発生して触ったりすると病気になることだけは状況から分かるので、ハエを神格化して神のように思うようになったわけです。

昔は神と悪魔は基本的に同じもので、いいこともすれば悪いこともする。つまり人間にコントロールできないものを行う存在として、神と悪魔は両方兼ね備えていると考えられていました。それがハエの神様であり悪魔のベルゼブブ。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞にも出てきますね。キリストよりも早く出てきた、ハエの化身であり象徴です。

このシーンでベルゼブブが登場するのは、とても意味があります。というのも、『エクソシスト』のパズスは昔メソポタミアで実際に信じられていた悪魔で、イナゴそっくりの羽が生えていてイナゴの象徴といわれています。イナゴが大量発生してすべての作物を食い尽くすという恐怖を、神であり悪魔でもあるパズスの力に象徴させていました。そうした同じような宗教的意味合いがハエにもあるのです。

そして舞台は大虐殺が起きる直前の1921年タルサへ

ダイアナの呪いを解くにはどうすればいいか? ここでやっとダイアナの母ヒッポライタが帰ってきます。彼女は次元転送装置で別の宇宙へ行き、スーパーヒーローになっていましたよね。ダイアナが描いた「オリシア・ブルー」というアメコミの、髪が青い黒人スーパーヒーローになって宇宙を駆け巡っていたのですが、そのままの姿で『ラヴクラフトカントリー』の世界に戻ってきます。

そこでヒッポライタは「私はアース504で200年過ごした」と言います。アース504、つまり多元宇宙(パラレルワールド)における504番目の場所にいて、自分の娘が心配になって帰ってきたのです。娘の呪いを解くには、『ラヴクラフトカントリー』の要になっている「名前の書」という魔導書を手に入れなければならないが、「名前の書」は物語の時間軸の中にもはや存在しない。ならば、存在していた時に戻ればいい。「名前の書」はアティカスの母ドーラが持っていたから、ドーラとモントローズと彼の兄ジョージが暮らしていた1921年のオクラホマ州タルサへ戻るわけです。

そしてヒポライタは多次元マシンを使い、1921年5月31日の夜にタルサの大虐殺が起きる直前へ戻ります。そこはグリーンウッド地区という場所で、当時は事業で成功した裕福な黒人たちが事務所やブティックや映画館まで所有していて“黒人のウォールストリート”と呼ばれていたそうです。そこにドリームランド劇場という映画館がありますが、これは実際に存在したもので写真も残っています。HBOのドラマ版『ウォッチメン』も、この映画館から始まっていましたね。

『ウォッチメン』の劇場で上映されていた映画は『Trust in the Law!』(法律を信じろ)という西部劇で、監督はオスカー・ミショー。ミショーは“黒人映画の父”と呼ばれている人で、1919年頃からシカゴで黒人のための映画を自ら製作・監督・脚本を務めて作り始めました。それまでも黒人映画は存在しましたが、本格的な長編映画を作ったのはミショーが最初だと言われています。その頃ハリウッドで黒人のための映画は作られておらず、ミショーはアメリカ中の黒人たちの心をつかんで何十本も作品を撮りました。だからスパイク・リーなど後の黒人映画監督は、オスカー・ミショーを“黒人映画の父”と呼んでいます。ちなみに『Trust in the Law!』が『ウォッチメン』の劇場で上映されていたのはフィクションで、『ラヴクラフトカントリー』の劇場ではバスター・キートンの『強盗騒動』が流れています。

タルサの大虐殺が起きた背景とは?

フリーマン親子は、大きな壁にぶつかります。父モントローズはゲイであることが明らかになり、アティカスの実の父親は彼ではなく、SFオタクである叔父ジョージらしい。ジョージはアティカスに優しくしてくれるけど、モントローズは息子に辛くあたって暴力も振るっていた。じゃあ、モントローズが実の父親でないのなら、なぜ自分はこんなに暴力を振るわれていたのか?とアティカスは怒ります。

アティカスとモントローズとレティシアの3人は、1921年のタルサに到着するなりバラバラになってしまいます。モントローズはどうも別の目的があり、何かを求めているように見えます。そんな中、アティカスはまだ少年だったモントローズを目撃します。アティカスがモントローズからひどい暴力を受けていたのは、モントローズがゲイという自分の女々しさを許せなかったからでしたが、ここで「暴力は連鎖する」「虐待は継承される」ということをアティカスは知ります。モントローズは自分が父親に殴られていたからアティカスを殴っていたんだと。モントローズが子供に当たったり心にカギが掛かった状態になっていた原因も、ここで明らかとなります。

モントローズにはトーマスという好きな少年がいましたが、周りから「お前は”faggot”(オカマ)だ」と言われ、別れなければならないと決心します。そしてトーマスに別れを告げようとすると、そこへ白人暴徒が押し寄せてきます。

タルサの大虐殺のきっかけは、エレベーターに乗ろうとした黒人の若者がエレベーターガールの白人女性と2人きりになったこと。それは当時許されない状況で、女性は周りから「何かひどいことをされたんじゃないか」と言われました。そう言われると女性も「はい」って答えてしまいますよね。すると、黒人男性が彼女をレイプしたという話になり、あいつを何とかしなきゃ!と白人たちが武器を持って集まります。ただしそれは暴動のきっかけにすぎず、グリーンウッド地区に住む黒人たちがビジネスに成功し、車やピアノを持って豊かに暮らしているのが白人たちには我慢がならなかったのです。

オクラホマはアメリカで開拓が一番遅れた地域で、もともとは先住民の居留地で完全な荒野でした。1830年代にアンドリュー・ジャクソン大統領が、南部のチェロキー族やクリーク族を強制移住させ押し込めたのです。そこは当時“不毛の地”で、住まわされた先住民たちは餓死したり大変な目に遭いました。一方、オクラホマは石油が出る地域で、また南北戦争の後にたくさん入国してきた移民の土地がないため、政府は居留地にしていたオクラホマの土地を白人たちに分け与えたのです。こうした歴史は『遥かなる大地へ』という1992年の映画でも描かれています。映画でトム・クルーズとニコール・キッドマンが政府による土地分譲に参加しますが、これはオクラホマ・ランドラッシュと呼ばれています。オクラホマに来た開拓民たちが走って土地の早取り合戦を繰り広げたのです。もともと先住民が住んでいる土地なのに、ひどいですよね。

南北戦争の後に解放された黒人奴隷たちは、そのまま南部に住んでいても小作人をするしかなく、白人の地主の下でひどい目に遭い続けるという状況は変わらない。そこで彼らはオクラホマへ逃げ出し、石油などのビジネスで成功しました。ある意味、白人たちよりも成功してしまいます。それがタルサではまずかった。「何だあの野郎!」と貧しい白人たちのうっぷんが溜まり、何かきっかけがあれば黒人たちを殺そうとしていました。そしてタルサで一斉に虐殺が始まってしまったのです。

『ラヴクラフトカントリー』でははっきり描かれていませんが、タルサの虐殺はかなり組織立ったもので、白人たちは普通のライフルや猟銃ではなく機関銃まで持ち出していました。そしてこれは作品の中でも描かれていますが、飛行機で空中から火炎瓶などを落としてグリーンウッド地区を焼き払いました。つまり爆撃したわけで、とてもシステマチックな大虐殺ですね。この大虐殺で何百人もの黒人が亡くなりましたが、政府はその死体を埋めて更地にしてしまい、虐殺が歴史上なかったことにされたのです。

ここでモントローズは人の名前を一人ずつ挙げていきます。ペグレグ・テイラー、AC・ジャクソン、キャリー・ロジャース、メリル・ルー、フェルプス、コムドア・ノックス…。これは実際にタルサの虐殺で殺された人たちの名前。この中のAC・ジャクソンは、黒人たちの間で尊敬されていた医者でした。彼らはみんなタルサで殺されたのです。

その後、1990年代から少しずつ検証が始まり、2001年にはオクラホマ州タルサ市が正式に「虐殺があった」と承認しました。そして被害を受けて殺された人たちの遺族や子孫に賠償金を払うという形になっています。また、どのくらいの人が殺されたのか、遺体を発掘して検証している状況です。

アティカスの大活躍が第1話の夢のシーンとシンクロ

モントローズの恋人トーマスは、タルサの虐殺で白人たちに襲いかかられ殺されてしまいました。そしてモントローズとジョージとドーラも白人たちに追い詰められます。そこでバットを持ったアティカスが登場し、白人暴徒をバットで蹴散らします。これが第1話の冒頭で描かれていた、アティカスの夢とつながってくるのです。

第1話ではアティカスが怪物クトゥルーに襲われそうになると、ジャッキー・ロビンソンがバットで叩きのめしてくれましたよね。ジャッキー・ロビンソンは1947年にブルックリン・ドジャースの選手として活躍した黒人メジャーリーガーの先駆け。アティカスにとって憧れのヒーローが夢の中で悪いヤツから守ってくれるというファンタジーでしたが、実はドーラやモントロースが「バットを持ったアティカスに助けられた」と幼い頃のアティカスに話していて、その話がジャッキー・ロビンソンとごっちゃになっていたんだと分かります。つまり、憧れのヒーローは自分だったということです。

炎に包まれた街を歩くレティシア。その背景に響く歌詞の深い意味

一方、レティシアはドーラに会いに行きますが、すでに暴徒が街じゅうに火をつけた状態。そんな中、ドーラのおばあちゃんに会います。最初は信じてもらえませんでしたが、自分がおばあちゃんの子孫であるアティカスの息子を宿していることを、いろいろな証拠を出して伝えます。そしておばあちゃんは、ずっと受け継いできた「名前の書」を出してくれます。

やがて家に火の手が回り、おばあちゃんは燃え尽きていきますが、レティシアは燃えません。クリスティーナが掛けた呪いによって守られているから、弾丸も炎もレティシアには何も及ぼさないし、お腹の子供も守られています。そしてレティシアは火が燃え盛るタルサの街へ歩み出します。このシーンはすごいですね。燃え狂う炎によって街が焼き尽くされ黒人たちも命を落としていきますが、レティシアが怒りに燃えた表情で歩いていると、すべての黒人の怒りの炎のように見えてきます。

このシーンで聞こえてくるオペラの歌詞が、とても映像とシンクロしています。「あなたの炎はどこ? あなたの炎はどこにいったの? その炎を見つけて、あなたが引き継いで。父から息子へ。母から娘へ。シスターからブラザーへ。引き継いでいくのよ。それは命の炎。死の炎ではなく、愛の炎。殺す炎ではなく」という歌です。このあまりにもピッタリな詩は、ソニア・サンチェスという1934年に生まれたアフリカ系女性詩人が書いたものです。

さらにこの詩は引き続き読まれていきます。「その炎は、ギャングであることではなく黒人であること。世界を照らす炎。その炎はどこにあるの?」。そして、その炎を燃やした人々の名前が次々と挙げられていきます。ンジンガ。ナット・ターナー。ガーベイ。デュボイス。ファニー・ルー・ハマー。マーティン。マルコム。マンデラ。このうちマーティン、マルコム、マンデラは分かると思います。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師とマルコムXは、2人とも1960年代の黒人公民権運動のヒーローですね。ネルソン・マンデラはアパルトヘイトと戦った南アフリカ共和国の大統領です。

黒人の奴隷化を進める大国と戦ったアフリカの女王ンジンガ

この3人以外の名前はちょっと分からないと思うので説明します。まずンジンガは、アフリカのアンゴラに昔あった国の女王様で、1583年から1663年まで生きた人です。なぜ彼女がここで名前を挙げられているかというと、その頃アフリカを侵略して現地の黒人たちを奴隷にしていた国がありました。それはポルトガルです。

前回の話の中で、“ピカニニー”という黒人の子供を表す言葉はポルトガル語の“ピカニーノ”から来ていると説明しましたよね。なぜポルトガル語が黒人の子供を指しているかというと、ポルトガルが黒人奴隷を大量に輸出していたから。ポルトガルはアメリカ以上に黒人をアフリカからさらい、ブラジルなどへ輸出していたのですが、その猛威に対してンジンガは何十年にも渡って徹底的に戦い続けました。そしてその戦いに何度も勝っています。つまり、救国の英雄であると共に、奴隷制度と戦った英雄でもあるのです。ヒッポライタが時空を超え、アフリカでフランス軍と徹底的に戦った黒人女性兵士になるエピソードがありましたが、それともつながってきます。

ンジンガ女王は歴史の中では悪女として語り継がれ、王位継承者だった兄を殺しています。ただしそれには理由があり、妹の方が優秀だったため情けないことに兄が嫉妬して、ンジンガを徹底的に弾圧したのです。ンジンガが跡継ぎを残さないように子供を殺し、しかも彼女の子宮を破壊してしまいました。その復讐で兄を殺したわけで、正当性はあります。また、ンジンガはとても戦闘的で、お年を召してからも戦場に出て先陣を切っていました。そのため、敵からも味方からも恐れられ、「敵を殺して食ったり血を飲んだ」といった悪い噂が作られたといいます。

ただし、こういう話は必ず起こるもの。一番有名なのは、ドラキュラ伯爵のモデルとなったトランシルヴァニアのワラキア公国の王様ヴラド・ツェペシュ。彼がものすごく残酷だからドラキュラの話が出来たとされていますが、ツェペシュは自分の国を侵略するオスマン帝国から守るため過激に戦い、周りの国から悪い噂をプロパガンダされたらしいと今では考えられるようになりました。逆に「彼は国をちゃんと守るための政治家だったんじゃないか?」と今の方が評価は高くなっています。何百人も串に刺して並べたため“串刺し公”と呼ばれていたという逸話もありますが、それはどこまで本当なのか。敵によるプロパガンダが広まっただけではないかと言われています。

日本でも第二次大戦中に「ルーズベルト大統領がすごい悪いヤツだ」というプロパガンダが広まってたぐらいだし、現在に残っている話ほどンジンガ女王はひどくなかったんじゃないかという歴史的検証も進んでいます。ただ、彼女が派手好きだったという話は確かなようです。すごく着飾って男勝りだったため、彼女への恐怖心から悪いヤツとして伝えられるようになったのではないかと言われています。そんなプロパガンダの例として一番挙げられるのが、アンゴラのンジンガ女王です。

ラヴクラフトにも植え付けられた“黒人への恐怖”のルーツ

ンジンガの次に歌詞に挙げられたのはナット・ターナー。もともとアメリカのバージニアの奴隷でしたが勉強ができる人で、いろいろ本を読むうちに「これはおかしい」と気がつき、黒人奴隷を組織化して反乱を起こします。そして奴隷農場を経営していた白人たちを夜中に襲い、寝ているところの首をかき切って皆殺しにしました。

この反乱は1830年代当時の白人たちを恐怖に陥れ、エドガー・アラン・ポーが「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」という小説を書いています。黒人がたくさんいる島に船乗りが流れ着いて殺されそうになるという恐怖小説で、この物語に影響を受けたのがH・B・ラヴクラフト。あまり黒人がいない地域で育ったラヴクラフトは、ポーの小説を通じて黒人への恐怖を知りました。その後しばらくニューヨークに住んだラヴクラフトは、黒人が多いことから抱いた恐怖を小説にしていますが、もともとはポーがナット・ターナーの反乱に影響を受け、そこから引き継がれたものなのです。

ナット・ターナーの反乱は鎮められ、白人たちは彼の体をバラバラに切り刻みました。これには2つの意味があります。まず1つは、こうした反乱を起こしたら徹底的にひどい目に遭わせるぞという見せしめ。もう1つは、死体がそのまま残っている状態だと、その場所が神格化されてしまい危険なので徹底的にバラバラにしたのです。逆に言うと、それぐらい白人たちはナット・ターナーの反乱を恐れたということですね。

対照的なスタンスで黒人解放を訴えた政治的指導者たち

ナット・ターナーの次に名前が挙がる人物がガーベイ。マーカス・ガーベイというジャマイカ出身の政治的指導者で、1800年代末から1940年頃まで生きていました。彼はアフリカ回帰運動で有名になった人で、ジャマイカの黒人たちを船でアフリカに連れて帰るということを行いました。この行為は詐欺だったんじゃないかという説もあり賛否両論ありますが、ジャマイカの人たちが「アフリカの王が我々を救ってくれる」と信仰するラスタファリズムの元になる考え方を作った人です。

その次に名前が挙がるのがデュボイス。正式な名前はW・E・B・デュボイスで、彼はマーカス・ガーベイと同時期に活躍した政治家であり思想家でしたが、ガーベイのことを批判していました。ガーベイは山師っぽくて宗教家っぽい人だったらしく、それに対してデュボイスは徹底的に怜悧で理性的でした。岩波文庫から出版されている「黒人の魂」という本が有名ですね。デュボイスはアフリカ回帰ではなく、逆に「アメリカの黒人はアフリカ人でありアメリカ人で、二重のアイデンティティがある」と主張しています。ガーベイが「アメリカは白人に渡して、黒人はみんなアフリカに帰ればいい」なんて言ってひんしゅくを買ったのに対して、デュボイスは「黒人がアフリカに帰れば済むとかそんなことではない。我々はすでにアフリカ人ではなく、アフリカ人でもあるアメリカ人なんだ」という複雑なアイデンティティに立って話をしました。在日韓国人であり現在アメリカに住んでいる私にとって、そして多くのマイノリティにとって、デュボイスの考え方はとてもリアルだと思います。

デュボイスの一番有名な仕事は、NAACPという黒人地位向上委員会を作り、『國民の創生』のように差別的な映画に抵抗したこと。NAACPから発展してマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の公民権運動が始まったので、アメリカにおける黒人解放運動の基礎を作った人と言えます。

一方でデュボイスはパン・アフリカニズム(汎アフリカ主義)を提唱した人でもあります。アフリカはヨーロッパの植民地になっているが、もともとそうやって侵略された原因は、各部族が独立して共闘しなかったから。そうではなく、アフリカは1つの国として共闘しなければいけない。でないと、白人世界の中で弾圧・抑圧されているアフリカ人の状況は解決されない。こうしたメッセージを全アフリカ人に呼びかけてパン・アフリカン会議を開催し、アフリカが1つの国として闘っていこうと提唱しました。とても理知的で素晴らしい人ですが、堅苦しい人でもあったそうです。

「Catch The Fire」という曲名が持つ決起のメッセージ

あともう一人はファニー・ルー・ハマー。彼女は1964年の公民権運動の真っ最中に、特に女性の選挙権を求める運動を行った黒人女性。そうした人々の名前が歌の中で挙げられていくこの歌のタイトルは「Catch The Fire」(火がつく)。火事で体に火が引火して焼けることを「Catch The Fire」と言って、あまりよくない言葉ですが、もう1つの意味にも取れます。「炎をつかめ」という言葉にも聞こえますよね。ソニア・サンチェスはこの「炎をつかめ」というニュアンスで詩を書いています。炎とは“情熱の炎”。我々黒人の歴史の中で闘ってきた人たちがいて、彼らは情熱の炎を燃やしていた。みんなはその炎をどうしたの? 炎をつかんで、次の世代に引き継いでいこう!という詩なんです。

こうした歌詞が、火事で燃え盛っているタルサの中を歩くレティシアにかぶさっています。ここでの「Catch The Fire」は「火事に引火する」という意味にも聞こえますが、レティシアの体に炎はつきません。むしろ彼女の情熱の炎であり怒りの炎がタルサを焼き尽くしているようにも見えます。詩的で歴史的で美しいクライマックスで、すごいなと思いました。

また、アティカスとモントロースの父子の確執もここでやっと解決されます。誰も愛さなかったモントロースは、実は愛した人がいて、その人は死んでいた。暴力を振るったりとんでもない父親でしたが、どうしてそうなったかもアティカスはついに理解します。自分はモントロースと兄ジョージとドーラの3人による、愛と友情によって生まれたんだということを自覚するのです。タルサの炎の中で結束を固めたフリーマン一家は、いよいよ次回、シーズン1の最終回に突き進んでいきます。

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