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2020/4/24の星の声

遠い記憶の底から


星の坊主さまのこじょうゆうやです。
この一週間はほんとうにあっという間でした。

田んぼか畑に出かけているか、パンを焼いているか、という不思議な日々で、どうしてこんな流れになっているのかは自分でもよくわからないのですが、朝一番に気持ちよさそうにさえずる鳥たちや、見頃を迎えた桜の開花に触発されて、ぐいぐいと新芽を伸ばす木々の中で、色づいた若芽を食むサルやシカなどの野生動物のように、この時期だからこその、ぼくらしい営みをしているのかもしれないなあと勝手に納得している次第です。

さて、この一週間は急激な変化が起こったというよりは、その変化が少し鈍くなった気がするくらいに、ぼくたち人間はコロニャンとの関わりの中で起きる変化に「慣れ」が出始めているように感じます。

ただ本来、その変化慣れというのは、最近何かと交流のあるシリウスの人々曰く、ぼくたちにとって落とし穴になりうるものらしいです。

平穏や安心を取り戻そうとする世の本流は、過去の在り方に引き戻すための強力なエネルギーとなって働き続けているため、変化に慣れるというよりは、現実を直視しないことから起こる、無意識無思考状態を引き起こしかねず、そうなると、人間が持つイマジネーションの力、インスピレーションの力はほとんど無力化してしまうのだとか。

しかしながら、そんな世の本流よりもケタ違いな規模感で発生している、地球の奥底からの爆発的なエネルギーが、愛と光がもたらす静寂とともに、世の本流を包み込んでいるから、むやみに心配しなくても大丈夫そうだ、というのが、シリウスの人々の見解だそうです。

つまり、落とし穴はあるけれども、ぼくたち人間の意識や思考は、無思考無意識になりにくく、むしろ次元上昇ムーブメント真っ最中の地球による、ケタ違いなエネルギーに後押しされるかのごとく進化が加速して、人類のほとんどは落とし穴の上を浮遊して通過しまっているから、心配することはない、ということでしょう。

では、世の中にそんな状況をもたらしている地球の様子は一体どうなのか、と感じてみると、前回のキンボで水星さんが言ったように、まだまだ走馬灯の中で過去と現在を行ったり来たりしているみたいです。ただ、せっせかアップダウンしていた先週に比べると少しずつ変化が起き始めていて、今の地球は走馬灯の中で、静かに、深い瞑想状態に入っている気がしています。

その深い瞑想に至るまでに、地球はこれまで人間とともに過ごしてきた歴史を振り返っていたみたいです。決して楽しい思い出ばかりではないようで、むせび泣いたり、激しい悔恨に襲われたり、それはそれは過酷な回顧を静かに続けているように感じます。

ただ、そんな遠い記憶の底から、宝物のような何かを地球は見つけ出しているそうです。その何かは、地球と人類の双方に起こる、これからの次元選択の上で、ものすごく大切な要素になってくる気配がぷんぷん漂っています。

今回のキンボは地球の瞑想の中に飛び込む、繊細で深淵な周波数の世界への旅の序章となりそうです。


うごめき始めた地球生まれの龍たち



地球の深い瞑想の中でよくよく出てくるのは、龍という存在だそうです。前々からおはなし会などでお伝えしていることですが、龍が生命体として地球上に存在していたおおよその時代を感じてみると、今から1万5千年以上前にあたる縄文時代のはじめのころ、のような気がしています。

最終氷期の約2万年前の最盛期が過ぎると地球規模で温暖化に向かった。最後の氷期である晩氷期と呼ばれる約1万3000年前から1万年前の気候は、数百年で寒冷期と温暖期が入れ替わるほどで、急激な厳しい環境変化が短期間のうちに起こった。 (Wikipedia「縄文時代」から転載)


上に書かれた晩氷期よりもちょっと前のあたりに、人と龍が共に暮らしていた時があったのではないか、というのがぼくの予想です。その時期は「縄文時代 草創期」、などと呼ばれているそうです。

で、今現時点のぼくが可能な限りの細やかさで龍の存在していた時期を、もう少しだけ感じてみると、晩氷期(1万3000年前)よりももう少し前にあたる、今から1万5-6000年ほど前から交流が始まって、およそ2100-2200年間にわたり、人と龍は親睦を深めたのではないかと思っています。

2100-2200年という期間、どこかで聞いた覚えがあるなあと思ったら、それは占星術などでよく言われている数字でした。詳しいことは「歳差運動」という言葉を調べていただけるとわかりますが、それに関連したことを言うと、最近では「うお座」の時代から「みずがめ座」の時代に変わるなどという言葉を見かけますね。

その時代の移ろいは2160年ごとに起こっているそうで、人と龍が仲良く存在していたのは、移り変わる時代の中のひとつ、だったように感じます。

(何座の時代かは、占星術に詳しい方々にお任せするとします。ただ、その星座の時代が、どのような特徴をもつ時代なのかは、これからの未来に関係してくる気がするので、気になるところであります)


近日中に、『おはなし会でおはなししたこと』というマガジンの中で、人と龍に関する記事を公開しようと思って、亀のようなスピードでじっくり書いているのですが、その中で、地球由来の龍と、地球外の惑星から来た龍についておはなしする章があります。

ぼく個人的に感じていることなので鵜呑みにしないで「ふーん」という程度で聞いていただきたいのですが、「直近」では、1万5000年以上前に一時代(約2160年?)にわたって存在していた龍は、別の惑星から地球にやってきていた龍の一族だったようです。

(「直近」では、とお伝えしたことについては、それよりもっと前の時代にも来ていたことがある気がするからです。ただ、まだよくわかっていないので、今回は深く言及することはできません、、、ご了承くださいませ♡)


この地球外の龍の一族の訪れをきっかけに、人間は龍という存在を深く認識することになりました。もともと地球由来の龍たちは、地球外の龍の一族とは違って、目には見えない存在として、地球や人類の生命を支えるべく活動を続けておりましたが、多くの人類の龍に対する意識が変わったことによって、人と龍の意思疎通がとれて、目に見える龍も見えない龍も、活動がよりいっそうに活発になった時代、それが縄文時代草創期の頃だと感じています。

ここ10年ほどの間に、日本だけではなく世界的にも縄文フィーチャーがなされている気がしますが、その理由はおそらく、龍との関わりを思い出す、その初源に立ち戻ろうとする、ぼくたちの遺伝子に組み込まれた必然的な動きなのかもしれません。

昨年末まで続けていたおはなし会の中で、その機会ができたらお伝えしていたかとは思いますが、縄文の縄模様は、一説ではヘビを表していると言われています。しかし、ぼく的には、どうとらえてみても、龍にしか思えません。いや、むしろ龍!ぜったい龍です!!(と言いたいくらい笑)

約2160年の間、人と龍が共に過ごした美しい日々は、時代の移り変わりとともに失われてしまいました。しかし、そんな龍との関わりを忘れないために、龍の意識を思い起こすために、縄模様を扱い、残していた時代が、縄文時代だったのではないかと、龍びいきのぼくは考えています。

地球にとっても、人と龍が織りなした世界は、ほんとうに大切な思い出のひとつなのでしょう。その関係か、地球が深い瞑想状態の中で、何度も何度も龍を感じ思うことによって、現在地球に存在している、肉眼ではとらえることのできない龍が少しずつ、うごめき始めているように感じています。

そのひとつの理由が、昨日4月23日木曜日に長野県中部で発生した地震です。このあたりは北アルプスが有名なエリアですが、日本アルプスにはそれぞれに、超巨大な龍が存在している、という風に個人的には感じています。そのアルプス付近で起こる地震は、龍のうごめき、活発な活動の兆候を表しているように感じざるをえません。

ちなみに、直近の過去に長野県中部で発生した龍的地震は、2011年6月30日に起きました。東日本大震災から3ヶ月後の出来事です。あの頃よりももっと、アルプスに近い震源であることから、今この状況において龍の活動が賑やかになり始めていることは、高らかにゆらめく狼煙のように、何か大きな意味があるように感じています。詳しいことはまだ何もわかりません♡



地球が思い描く新しい世界



瞑想を続ける地球は、時折頬に涙を伝わせているように感じます。その様子を近くで眺めてみると、決して悲しみや喜びなどの感情が起因しているわけではないようです。おだやかで、まったく力みを感じない有り様から推測するに、それはより深い浄化だと思われます。超巨大で極厚なフォトアルバムを引っ張り出して、ひとつひとつの記憶を振り返って、感謝と敬意をもとに、愛と光で過去を浄めているようなイメージです。

ほんとうのほんとうのほんとうに、地球は新しい世界へと旅立つのだなと、この様子から改めて確信しました。感極まって表現しきれない喜びと決して揺らぐことのない強い信念を胸に秘めている様子が窺えます。

そんな地球が思い描く新しい世界のディテールの細やかさ、彩りや温もりを精妙に言葉で言い表すのはとっても難しいです。ぼくみたいなざっくりした人間がそれを言語化すると「ユートピア」とか「桃源郷」という一言に集約されてしまいますが、そんな言葉では雀の涙よりもわずかな表現にしかなりません。

おそらくは、世界全体の意識がパズルのピースのように絶妙な組み合わせで関わっているからなのかもしれません。7600000000 piecesの夢と希望を愛で包んだジグソーパズルです。

しかし、そう感じてみると、地球が思い描く新しい世界は、ぼくたちひとりひとりの「個の意識」、そこから立ち現れる「個の存在」がとおても重要であることを、感じていただくことはできますでしょうか?

それは、親という役割を担っている方であろうと、そうでなかろうと、正規雇用されていようとなかろうと、無職であろうと、病を患っていようと、犯罪を犯していようと、お金持ちであろうと、貧乏であろうとなんであろうと、地球からするとそういったことはいっっっっっさい関係ないそうです。

ひとりひとりの人間が、地球自身を構成する等しく貴い存在であることを、地球はその意識の根幹に据えています。たとえ、肌の色の違いや宗教の違い、言語や価値観の違いがあったとしてもです。

いろいろな記事でお伝えしているかもしれませんが、地球という生命体に優生思想、選民思想は、いっっっっっっっっっっっっっっっさいありません。

優劣や善悪で違いを表現し合う人々のことを、地球はまるで保育園の先生をしているかのように、おだやかにやさしく見守っています。

「あらあら、うふふ」な表情で、絶えず接してくれているイメージです。

争いあったり、自然環境を破壊したり、道理にかなわない所業を繰り返したりするような、直接的に地球に牙を向く行為によって、たとえ痛みや苦しみを感じたとしても、「あらあら、うふふ」と豊かな母性で包み込んでくれています(地球の人類に対する愛は、あまりにも深すぎる!)。

そんな、長きにわたる人々との関わり、その時代を一切合切収録したものが、地球が瞑想と共に回想しているフォトアルバムです。

今、地球上における、混沌という名の極調和(すべての個が意識的に点在し自立する様子)づくりの大役を担っているのが、太陽の愛と光をふんだんにまとったコロニャンで、その極調和の基盤は、月から戻ってきた人々や、地球に存在する月と地底由来の魂を持つ人々の協力もあって、世界規模で推し進められています。

新しい世界のための極調和な基盤が出来上がりましたら、次はいよいよ、ぼくたちそれぞれの意識と行動(表現、発信、生活)が肝心要となります。

「最近、心身の調子がすぐれないから、肝心要と言われても困るよ」
とか
「わたしみたいな人間が新しい世界を生きていけるなんて思えない」
とか、そんなことを思う必要はないそうです。

新しい世界は優劣が存在しない次元であり、すべての人類が確実に突入することが決まっているように感じます。
新しい世界におけるその基礎的な次元から、さらに柔軟で、さらに自由な意識の次元を選ぶことを、ひとりひとりできるのが、この2020年です。

ですから、ほんとうのほんとうに天井なしで、空想だ妄想だ、と謙遜せずに、自分なんてと卑下せずに、素晴らしい次元選択イヤーを堪能、満喫することが、この世界を生きているぼくたちには求められているのかもしれません。

そうやって、夢と希望を愛で包んだ、各々の究極の意識が出揃った時、7600000000 piecesのパズルがカチッ!!とはまり、地球が思い描く新しい世界への幕が開くことになるのでしょうね。



ヒントはすべて今この瞬間に出揃っている



今日、キンボを書き始める前に、モーニングルーティンと称して、トイレの掃除や家の掃き掃除、朝ごはんの支度を進めましたが、お決まりの流れに沿って、物事を進めようとすると、どうしても思い通りのタイミングにならないことがあると思います。

そんなときは、今この瞬間という極上のプレゼントを受け取り逃している可能性があります。ずいぶん前からよくよく言われている言葉遊びですが、贈り物を意味するプレゼント(present)は「現在」という意味も持っています。

もう一度言いますが、今この瞬間(現在)は、プレゼント(贈り物)です。
これも最近シリウスの人々から念押しされていることなので、みなさんに共有させていただきますね。

ぼくたちそれぞれが、それぞれにとっての究極の意識に達するためのヒントはすべて、今この瞬間に散りばめられているようです。山ほど散らばめられたプレゼントを、欲張っていくつも拾おうとするよりも、まずは的確にひとつを見定めて、しっかりと受け取ってみることから始めるといい、とのことです。

意識が柔軟に自由自在に拡張できるようになれば、プレゼント(今この瞬間の中にある贈り物)は、よりたくさん受け取ることができるようになるそうなので、千里の道は一歩から、ということわざどおり、なのでしょうね。

ほんとうのほんとうに、今この瞬間に対する意識とイメージを細やかに繊細に奥行きをもってのぞむと、そのひとつひとつのプレゼントの完璧さを身に染みるほど感じることができるようになるそうです。

ヒントはすべて今この瞬間に出揃っている

この感覚も、今後の極調和な基盤につながってくることになると思います。ぼくもまた今日から改めて、今この瞬間に対する解像度をガツンと上げて、より高い周波数の響きを精確に言語化できるように努めて参りたいです。



続・月の人々の帰還



さて、今現在の月の様子をお伝えします。つい昨日のことですが、とある著名な女優さんが、お月さまに帰られました。「月」へのクローズアップにつながる出来事だなあと思い、いろいろと深く考えさせられた次第です。

さきほどおはなしした地球由来の龍ですが、元地底人である月の人々にとってもかなり縁の深い存在のようです。

イメージ的には、幼少期に長らく乗馬を楽しんできた少女が、高校卒業と同時に都会へ移り住んだことで乗馬からはすっかり離れることになったものの、結婚して子どもが生まれて、子どもと一緒に馬を見に行ったことがきっかけで、数十年ぶりに乗馬をすることになった、様子に似ています(なんだそのストーリーは! と思われた方、すみません笑)。

そんな謎めいた例をもとに、ちょこっとおはなしをしていきます。

例の女性の立場になってイメージを膨らませてみると、久しぶりに馬に乗れたときは、さぞかし素晴らしい、爽やかな気分を感じることができたはずでしょうね。きっと、その女性に乗られた馬の方も、幼少期の女性が乗っていた馬とは違うのにも関わらず、

「いや、実は馬馬ネットワークと通じて、あなたのことは知っていたんですよ」

といって、あの頃少女の乗った馬が感じていた、その少女との一体感と、同じような感覚を味わうことになる不思議な体験につながったかもしれません。

この例え話、なんとなくわかりますでしょうか。(笑)
わからない方が半数を占めることを覚悟して、次に進みます(笑)

とまあそんな感じで(どんな感じだい!)、

月の人々と地球由来の龍は、お互い初めましてなのにも関わらず、得も言われぬ懐かしさとともに、かつて交流のあったあの頃(大昔)と同じように、お互いのことを活かし合うようになるのでは、と感じています。

両者の関係はあっという間に馴致して、すぐさま地上に生きる人々や地球に対するアプローチがわかりやすい形で始まると思います。その作用が果たしてどのような出来事につながっていくのか、そのあたりはわかりませんが、きっとぼくたちの魂の記憶がぶわっと喚び起されるような、貴重な体験につながるはずです。

では、最後に月の人々を代表して、これから第二陣の役割で、地球に降りてくる直前のトコハさん(そういう響きをもつお名前で、勝手にトコハとしております)からの言葉をもって、今日のキンボをおしまいにさせていただきます。

トコハさんは次の満月に、地球に降り立ちます。キンボを読んでくださっているみなさんと一緒に、熱烈歓迎できたら、ぼくはとってもうれしいです。



トコハさんからのメッセージ



わたしは、この時が訪れるのをずっと待ち焦がれていました。


地球のみなさんにとって、先の満月にあたる日に、わたしたちの家族の中でも、特に内なる静けさをまとう者たちが、一足先に地球へ帰ってゆきました。彼らは今、月に生きるわたしたちが躍動するにふさわしい舞台の準備をすすめてくれています。

その準備は、次の満月までに整います。次の満月には、月に残る家族のうち、わたしを含めた半数が地球に帰る予定です。数が多いため、おそらく一日、二日ほどかけて、ゆっくりと向かうことになるでしょう。

わたしたちは、準備が整った舞台の上で、歌い、踊り、そこに地球のみなさんをお招きしていきます。地球のみなさんには、おひとりおひとりに、月に咲く花、"満月草" をお渡しします。この花は、みなさんの内なる光と共鳴し、その光を解き放つ効果があり、これからの地球を生きるみなさんにとって、きっとお役に立つはずです。

地球のみなさんすべてにお渡しするためには、少し時間がかかるのですが、ここまで地球の内的成長に貢献してくださったお礼と、みなさんへの心からの祝福を込めて、ていねいにお渡ししていきます。

みなさんの暦に沿ってお伝えしますと、2020年10月2日金曜日、同じく10月31日土曜日の満月にて、月に生きるすべての家族が、地球に帰ることになります。
次に帰る家族たちは、地球の地底世界に暮らす人々と合一し、本格的に、地球内外の統合活動に入ります。

それは遅くても、2020年12月21日月曜日の冬至までに完遂する予定です。
この活動は、主にわたしたち月の家族と地底世界の家族で築いていきます。

みなさんは、ただ心のおもむくままに生活していただくだけで大丈夫です。

その心に素直に正直になればなるほど、わたしたちの活動を後押ししていただくことにつながりますが、わたしたちはみなさんが使う「期待」という言葉は持ち合わせておりませんから、後押しされなかったとしてもがっかりしたり、失望したりしません。

わたしたちに気を遣うことなく、ただただご自身の心をしっかりと注意して見ていただくことに、意識を向けてください。

わたしたちの活動は、みなさんが生きる世界の中でも、特に大きな国を統べる人々には情報を共有してあります。彼らはまだ、わたしたちに対する警戒を解いておりませんから、「有事」という言葉を使って、これまでにない管理、対策を全世界規模で行っているようです。

みなさんの世界意識の中には、侵攻という言葉に対する恐れが根強く残っているのかもしれません。ただし、わたしたちは誰一人として、自他を傷つけるような、みなさんの世界でいう武器は持ち合わせていませんから、警戒する「有事」が起こることは決してないことを、ここにお伝えします。

音の響きから言葉を変換させると、わたしたちは別の「しんこう」をもたらすつもりです。「親交」と「新興」、そして真の意味合いによる「信仰」と言えるでしょう。


わたしたち家族がみな、地球に帰るまで、そして「しんこう」をもとに、宇宙規模で見ても劇的な進化を地球と人類が遂げるまでには、然るべき「時間」がかかります。

でも決して、進化を焦らないようにしてください。
「時間」は、特別な制限を有する、尊い恩恵です。


みなさんの生命活動、日々の営みは、たしかに有限の時間の中に存在しますが、せっかちに、早合点したり、不注意をおこしたりしないように、気をつけてください。

「時間」という尊い恩恵を、しっかりと享受することで、みなさんの進化は順調に加速していきます。
わたしたちも再び「時間」の海にひたるときが楽しみでなりません。


月明かりがともる舞台の上で、またお会いしましょう。
トコハは、次の満月を心待ちにしています。






はい。
今週は、そんなキンボです。





こじょうゆうや

あたたかいサポートのおかげで、のびのびと執筆できております。 よりよい作品を通して、御礼をさせていただきますね。 心からの感謝と愛をぎゅうぎゅう詰めにこめて。