見出し画像

2020/12/4の星の声

それからの話



それから、世界は騒がしくなったよ。寝ても覚めても、騒がしくてしょうがなかった。隣のバアさんも言ってた。これじゃあちっとも眠れないって。アンタたちにはわからないだろう? アンタたちはそれまでを知らないんだから。

とにかく何がうるさいって、みんな笑ってるんだよ。腹抱えて、身をよじって笑ってるんだ。笑ってないやつなんていない。隣のバアさんだってそうさ。眠れないってのは、笑いが止まらなくて眠れないんだよ。アンタたちにはわからないだろう? アンタたちは生まれた時から、そういう世界で暮らしてるんだから。

それまでの世界はな、あまりにも残酷だったよ。正直者が馬鹿を見るって言葉があったくらいだ。世界中のあちこちで、人々はいがみ合ってたんだ。悲しみに暮れているやつの近くにはたいてい笑ってるやつがいた。でも、今みたいな笑いじゃなくて、ほとんど誰にも伝染しない笑いなんだ。そういうやつらが世界を動かしていたよ。組織や政治の中心、つまりトップだったんだ。トップの言いなりで生きるってのはな、ある意味楽なんだが、途中からわけわかんなくなっちまうんだよ。自分だと思ってた自分が、ほんとうは自分じゃないって気づくまでにはずいぶん時間がかかるもんだ。

それもまあ、2020年に世界があんな風になってから、大きく変わった。オレはそう思うよ。だからこそ、今のアンタたちがいるんだ。

その頃からだろうな、世界の国境が消えはじめたのは。気がついた時にはみんなビックリしたよ。わお! オレたち、いつの間にか国境のない世界に住んでるぜ!? って、ほんとうにしばらくは信じられなかった。

インターネットや、AIなんてものもな、最初はみんな嫌がったもんだ。でもな、時間が経ってようやく、多くの人間がその使い方を理解して、自由自在に扱えるようになったんだ。人間にも自然にも負担のない使い方さ。アンタたちからしたら、不思議でしょうがないだろう? それくらい、それまでとそれからは違ったんだ。

おかげさまでな、ずいぶん寿命ものびたよ。なんてったって、隣のバアさんまだ生きてるんだからな。今も元気さ。急に明日いなくなるかもしれないけどな。昨日会って話したかぎりじゃ、まだそのつもりはないらしい。すごい話だよな。バアさん、もうすっかり自分の年は忘れちまったんだとよ。途中から数えきれなくなったみてえだ。バアさんの本当の年齢を知ってるのは、今じゃお役所くらいだろう。もしかすると、ミレニアムを迎えたら、注目を集めるかもしれねえな。

いやあ、アンタたちが尋ねてくれたからいいが、普通に生きてちゃこんな風にいろいろと思い出すことはなかったよ。オレは今が楽しくって、幸せで仕方がねえんだ。ほら、アンタたちもひとりくらいは知っているだろう? 昔、悪いことばっかしてた奴らや、世界中にウソついてた、アイツらのことだよ。アイツら、こんな世界になってよかったな。ほんとうに幸せそうな顔してるよ。オレもおかげさまで、アイツらがほんとうに悪い奴じゃないってわかったから、ずいぶん気が楽になったよ。

この世界に悪い奴がいないなんて話は、ずいぶん前からあったけどな、オレは信じられなかった。でもな、そんなの全部マボロシだった。それまでと、それからは全然違った。ほんとうに何もかも違ったんだ。

アンタたち知らないだろうけれど、昔はろくに食べられずに命を落とす人がいたんだ。冗談じゃない、ほんとうのことさ。今じゃ誰も信じられない、そんなことがそれまではザラにあったんだ。でもな、今周りを見てみろよ。誰もそんな人はいない。みんな自分が好きな分だけ食べて、寝て、毎日を幸せに暮らしているだろ?

当時、飢餓で苦しんでた海の彼方に暮らしてる友達が言ってた話だがな、世界中がほぼ同じタイミングで、あの"真っ白な時間"を過ごしただろう? その頃から、飢餓は劇的になくなっていったそうだ。実際オレも、あの時から、人生が一切退屈じゃなくなったよ。アンタたちは"真っ白"から生まれたから、きっとわからないだろう。ほら、こういうことだよ。




真っ白



真っ白はな、静かなんだ。とにかく、何の音もしない。誰かと一緒にいることさえも忘れちまうくらいの、特別な時間なんだ。他にもいろんなことを忘れちまったな。何て言えばいいかわからねえが、執着がなくなったような感じさ。身も心も、とってもクリアになった。世界中がそうなったんだ。そうするとな、もう元に戻りようがないんだよ。誰かは光の中みたいだって言ってたな。どういうわけか、やたら懐かしいんだ。知らないのに知ってるような不思議な感覚だったな。

あんまりに真っ白だから、オレは何かを浮かび上がらせようとしたんだ。正直、何でもよかった。だからまず最初はポテトだ。オレが真心込めてつくったポテトをだな、まずはそこに浮かべてみた。色鉛筆や絵具をつかって自分で描くようなイメージだな。でも真っ白に、インクなんてねえから、何か色や形を定着させるものはないか探したよ。そしたら、真っ白の中に、天の川が流れてきたんだ。川面に星くずがやまほど浮かんでる不思議な川さ。その星くずの光は、どんな色にもなるみたいでな、それを使ってポテトを描いたんだ。するとな、星くずの光ってのは美しいからな、オレがどんなにヘタッピなポテトを描いても、すんばらしい出来栄えになるんだよ。こりゃあいい! と思ったね。

オレは調子に乗っていろいろ描いてみた。真っ白の中にいると、不安も心配も何にもねえからな。好き勝手描いたよ。そうしたらさ、星くずのおかげでどんどん見栄えが良くなってな、気がついたら、オレはその真っ白で描いた世界の中で生きていくことになったんだよ。

たしかあれは、年をまたぐ冬の時期だったと思うな。そこから、ほんっとうに劇的に変わったんだ。オレだけじゃない。隣のバアさんも、近所の家族も、飲み仲間の何人かも、みんなみんなみーんな変わったんだ。話を聞きゃ、みんな真っ白のこと話すからな。おお、こりゃすごいってみんなで思ったよ。

その後テレビに出てたやつの話を聞いて確信したんだ。そいつはずっと不遇でな。それまでの世界でどれだけ頑張ってもほとんど報われなかったらしい。だからな、真っ白にいた時には、ほんとうに自分が欲しいものや必要なものを手当たり次第に描いたんだってよ。それまでの世界にあるものに、一切執着がなかったようだしな。ぜーんぶリニューアルしちまったらしい。人の目を気にすることもないから、ほんとうに楽しかったみてえだ。そうしたら、真っ白に描いたことが一切合切、より洗練されたものになって、自分の世界に現れたんだとさ。

これが全世界に現れた真っ白だ。もう数えきれないくらいに前の話だから、ちょっとうろ覚えだけどな。アンタたちみたいな新しい人間にはどう伝わってるのかわからないが、これがオレの身に起きたそれからの話だ。学校の論文に使うんだろ? 出来上がったら見せてくれよな。今は時間もたっぷりあるから、どれだけ分厚くなってもかまわねえ。アンタたちの視点で、オレのことを感じてみてくれ。

今度会った時には、サンタクロースの話でもしてやるよ。
それじゃあな。




今週は、そんなキンボです。






こじょうゆうや

あたたかいサポートのおかげで、のびのびと執筆できております。 よりよい作品を通して、御礼をさせていただきますね。 心からの感謝と愛をぎゅうぎゅう詰めにこめて。