自分らしく生きる、好きなように生きる
誰もが憧れるだろう生き方
自分らしく生きる事、好きなように生きる事
誰に咎められるわけでも、だれに止められているわけでもだいのだけど
でも気付けば、そうは生きれなくて、生きれる人はほんの一部だと思ってた
その一部は「特別な人」と思ってて
その特別は「何か才能がある人」「時代の先端を生きれるような能力を持って生まれた人」だと思ってた
そういう人だけが生きる事が出来るのが
自由な世界
そう思って、諦めて、不自由さを当たり前に過ごしてきたのだと思う
そういう人になれなかったのを仕方ないと自分を慰めつつ
そういう人に生まれた人をうらやましく思いながら
でも本当は、そう生きるのは
誰でも可能だ
変にそういう「価値」がある人しか無理だとどこかで刷り込まれて、そう生きれない事に納得してたけど
よくよく考えたら、「自分らしく」「好きなように」生きれないほうが本当はおかしかったんだ
じゃ、どうしてそれがこんなに変な思い込みが出来て自分は、自分らしく、好きなように生きれなかったのか
そこにはやっぱりこれが足りなかったからだ
それは、だれもが持てるもの。
才能とか能力とかそういう事じゃない
こういう変な思い込みがあったのだと気付いて
あとは、これを持てばいいだけ
でも、それを持つ事に「恐怖」を感じさせる世の中であるのだと思う
何を持てばいいのか
どうしてそこに恐怖があるのか
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