みずほとポルタとおじさん

およそ20年前のこと。私は横浜で働いていた。

遅刻して会社へ向かう道すがら、タクシー使っちゃおそうだお金もおろさなきゃと横浜駅の西口に広がる地下街ポルタへと降りた。階段のすぐ横にあるATMの前に立つ。

ATMの銀行とは違う銀行のカードだったけど近くに他のATMは無いので気にせず差し込んだ。暗証番号を…押せない。なんかガチャガチャ言ってる。画面が暗くなった。うんともすんとも言わなくなった。カードは出てこない。

…なにこれ。よく分からないまま備え付けられている電話に手をかけた。長めの呼び出し音の後にだるそうな男の声がした。「…はい。」

はい?はいってなに?もう少し言うことあるでしょ?この時点で少し苛々したがとにかくカードを返してもらわなくちゃと口を開いた。すみません、ATMにカード入れたら画面が真っ暗になってカードも出てこなくなっちゃったんですけど。

何者かわからない男は相変わらずだるそうなまま言った。「あーじゃあ後でカード返すんで。」ガチャン。

…………ガチャン?ガチャン?!

電話は切れていた。は?どういうこと?

ドタマにきた。カード返せ。絶対返せ。今返せ。

スマホのなかった時代。ガラケーを強く握った私はまず104に電話した。一番近いみずほ銀行の電話番号を教えてもらいすぐにかける。少し長めにコール音が繰り返されてから男性が出た。

ATMにカードが吸い込まれて出てこないんです。困るんです。カード返してください。

怒った口調で言うと男性は今同じような問い合わせがたくさん来てまして…カードが取り出されたらご連絡しますので後日引き取りに来ていただいて…となんとかその場を収めようとしてきたが、困ります。今必要だから使おうとしたんです。と頑として譲らなかった。男性は諦めて少し時間がかかると思いますが係りのものを向かわせますのでお待ちいただけますか。と言った。なんとなく後ろがザワザワしている。何か起きてるのかもしれない。でもそんなの関係ねぇ。

分かりました、と言って電話を切る。会社へATMにカード吸い込まれたので遅れますと電話をする。ムカムカがおさまらない。どいつもこいつも。なんだよ後日って。後で良かったら今ATM使おうとなんかしねぇだろ。

イライラとタバコを取り出した。火をつけて2〜3口吸う。…と、警備員が来た。ここ禁煙ですよタバコやめてください。無言で火を消した。こんなところで立ち往生してるお客さんに他に言うことねぇのかよと心の中で警備員に八つ当たりする。

電話の銀行員の態度といつまで経ってもやってこない係のもののおかげで怒りはピークに達していた。どうせこれから来るやつもろくなもんじゃないだろ、絶対怒鳴りつけてやる。そう思いながら50分くらい経ったころ。遠くからおじさんが走ってきた。

推定50代。ずんぐりむっくりとして眼鏡をかけた、どこからどう見てもおじさん。おじさんの見本市に並べられそうなおじさん。そんなおじさんが、悲壮な顔で走ってる。ドタドタと、おじさんらしい走り方で。

ATMの前に立つ私の姿を認めるとおじさんはますます悲壮な顔をした。スピードを上げたかったのかもしれない。ようやく私の近くまで来たおじさんは息を切らせながら「もうし、わけ、ありませんっ!!」と言い重そうなカバンを肩から下ろした。

すぐにお返ししますので、と言ってカバンから道具を取り出しATMをいじり始めた。ガシャガシャ、がちゃがちゃ。先ほどカードを吸い込まれた時のような音を出しつつ作業することおよそ10分。

こちらで間違い無いでしょうか。ATMの前から立ち上がって私を振り返ったおじさんの手のひらには私のカードが乗っていた。はい、これです。そっと渡されたカードを受け取った。汗だくになったおじさんはようやくほっとしたような顔をした。

走ってきたおじさんを見たときから何も言えなくなってしまった。空調の効いたデスクに居座って舐めくさった態度で電話に出ても許される人間がいる。汗まみれになって手を動かしてもなお必死に謝らなくては許されない人間もいる。歌や映画でしか知らずにいた『世の中』を初めてリアルに理解した瞬間だったかもしれない。

あの日からみずほ銀行が心底嫌い。

twitterの人に「ブログでやれ」って言われないようにアカウント作りました。違うブログで台湾旅行や入院や手術に関してお役立ち情報書いてます。よかったら見てください。 http://www.ribbons-and-laces-and-sweet-pretty-faces.site