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花曇

 春の到来を知る。ぬるい風、窓の外の山の笑い。いくつになってもこの季節は、優しいふりをしながら僕の心を乱そうとする。たとえば、昔の歌を聞き返すとその当時の嫌な記憶が思い出されるように、しばらく忘れていた感情がよみがえってくる。

 蕾として顔を出したのは不安感だ。霞のようにぼんやりとしているが、僕には見覚えがある。友達のいない新しいクラスや、知らない町での一人暮らし。春の空気は別れの気配で満ちている。大切な人が僕から離れていくのがはっきりと感じられることで、僕の心は揺さぶられ、正気ではいられなくなる。ほつれる糸を戻そうとして、より一層、こんがらがってしまう。そういうふうに不安は恐怖になって花を開かせる。

 最近になって友達のことばかり考えているのは、きっと春のせいだ。その友達とは、一昨年のちょうど今ぐらいの時期に、インターネットを通じて知り合った。最初は月に一回の頻度で電話をしていたけれど、もう半年ぐらい彼の声を聞いていないし、なんなら彼がいまどこで暮らしているのかも知らない。どうして声がかけられなかったのだろう。余裕がなかったのか、安心していたのか、それとも気づかいが裏返ってしまったのか。どういう理由にせよ、今日の空は曇っている。

 彼について思いを巡らせていると、自分の真意を見失いそうになる。彼とはこれからもずっと友達として、ときどきお酒を飲みながら難しい話を一緒にしたいなあと思う。しかし、お互いの環境が変わってすれ違いがうまれるのは自然なことだ。彼がいまの環境でいろんな人と関わっている姿を想像すると、彼に近づくことを遠慮しそうになる。もしかしたら、このまま疎遠になっても仕方がないのかもしれない。

 僕は友情というものをうまく把握できていないから、いまはただ信じている。ゆるやかにつづいていく友情が存在することを信じている。そして、社会人としての彼のこれからを、愛おしさと嫉妬心を抱きながら想う。毎日、彼のブログが更新されているのか確かめつつ。

 いつものように、勝手に君のことを文章にしてごめんなさい。本当に。