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雇用創出オムニバス法(8)-最低払込資本金額の増額?!

1 驚きの朝

 4月29日(木)の朝、いつものようにパソコンを開き、メールチェックをしたところ、BKPM(インドネシア投資調整庁)側からのメールを見て、一気に目が覚めた。

 そのメールによれば、雇用創出オムニバス法の細則の一つである「リスクベース事業許可実施に関する政令2021年5号」の細則として、いくつかのBKPM令が公布された、とのことだった。

 ふむふむ。インドネシア法のあるあるで、法律の下位法令として、政令、大統領令、大臣令といったように、次から次へと細則が出る。ここまでは特に驚きはない。問題は次である。

 要約すると、BKPM令2021年4号(公布日:2021年4月1日、施行日:同年6月2日)の12条において、従来は25億ルピアであった払込資本金が100億ルピア(日本円で約7,500万円)と規定されている。すなわち、以前は、設立時に25億ルピアを資本金として払い込み、その後、借入金で最低投資総額100億ルピア超を充たせば、新規投資は可能であったが、今後は、会社設立時点で100億ルピアを資本金として払い込む必要がある、とのことだった。
※ なお、BKPM側からのメールの原文では、BKPM令2021年4号の12条において、従来は25億ルピア「超」であった払込資本金が100億ルピア「超」になった旨が記載されていたが、後記のとおり、法令では、ジャストの金額でも問題ないとされているため、それを踏まえて前記のとおり要約した。

 そこで、この驚きを共有したくて、また、新しい情報があればそれを知りたいと思い、以下の一連のツイートを行うことにした。

2 雇用創出オムニバス法の全体像

(1)インドネシアの歴史的な法改正

 雇用創出オムニバス法は、2020年11月に成立した。雇用を創り出すとの目標に向けて、インドネシアへの投資を促進するため、投資法、労働法、会社法といった重要な法律を含む関連法約80本を一括して改正し、外資規制の緩和、許認可の簡素化、退職金の減額や残業時間の上限拡大等の労働条件の不利益変更といった抜本的な変更を行う。

 その成立過程と概要が気になる方は、「雇用創出オムニバス法(1)」をご覧いただきたい。

(2)待望の細則の制定

 雇用創出オムニバス法による改正内容の詳細の多くは、政令、大統領令といった細則に委ねられており、施行日である2020年11月2日から3か月以内に、つまり2021年2月2日までに、細則が制定されるとされていた(同法185条a)。
 そこで、インドネシアビジネスに関心を持つ人たちは皆、今か今かと細則の制定を待ちわびていたところ、2021年2月16日、2週間遅れで、インドネシア政府によって、政令45本、大統領令4本の制定が発表された 。
※ 既に制定されていた2本の政令と併せて、雇用創出法オムニバス法の細則は、政令47本、大統領令4本の合計51本である。

(3)更なる細則の制定

 インドネシア法の序列は、簡単に纏めると、以下のとおりである(法律の制定に関する法律2011年12号7条)。

1.憲法
2.法律
3.政令
4.大統領令
5.大臣令・省令

 前記のとおり、雇用創出オムニバス法の細則として、政令47本、大統領令4本が制定されて、おおむね、この改正内容の詳細が分かったところ、更なる詳細は、大臣令・省令といった更なる細則に委ねられていたのである。

 これらの大臣令・省令についても、草案のパブコメが行われていて、順次、公布・施行されていく。

3 投資分野の法改正

 雇用創出オムニバス法による投資分野の法改正を簡単に纏めると、以下のとおりである。

1.投資法の改正
2.ポジティブリストを導入した大統領令2021年10号
3.リスクベースの許認可を導入した政令2021年5号

 ポジティブリストの導入によって、新たに「優先業種リスト」が導入され、また、投資禁止業種が減少するとともに、投資制限業種が大幅に減少したことで外資規制が大きく緩和された。
 さらに、リスクベースの許認可の導入によって、事前審査で、事業のリスクの程度に応じてメリハリをつけて許認可を行うことで、許認可の申請・監督手続全体の簡素化が図られる。
 詳細は、「雇用創出オムニバス法(6)」「雇用創出オムニバス法(7)」をご覧いただきたい。

4 外資企業が遵守すべき「最低払込資本金額」と「最低投資総額」に関するルール

(1)従前のルール

 まず、雇用創出オムニバス法の制定以前の「最低払込資本金額」と「最低投資総額」に関するルールを簡単におさらいする。

 外資企業は、土地・建物を除く最低投資総額は100億ルピア超、引受・払込資本金額の最低額は25億ルピア、各株主の最低出資金額は1,000万ルピアといった外資規制に服さなければならなかった(投資調整庁長官規則2018年6号6条3項)。
 この最低投資総額100億ルピア超については、許認可(ビジネスライセンス)を得たのち1年以内に充たさなければならないとされていた(同条5項)。
 なお、投資調整庁長官規則2018年6号は、投資調整庁長官規則2019年5号により一部改正されている。

 つまり、以前は、設立時に25億ルピアを資本金として払い込み、その後、借入金で最低投資総額100億ルピア超を充たせば、新規投資は可能であった。

(2)外資企業の最低投資総額のルールの変更

 今回の改正を経ても、外資企業の最低投資総額(土地・建物を除く)は100億ルピア超とのルールは基本的に維持され、外資企業は大企業に分類される(大統領令2021年10号7条1項)。
 ただし、新たに例外が設けられた。技術系スタートアップによる経済特区内での投資であれば、投資額は100億ルピア以下に設定することができる(同大統領令8条2項)。

(3)外資企業の最低投資総額の遵守の方法

 前記のリスクベースの許認可の導入に関する政令2021年5号には、前記の外資企業の最低投資総額の遵守の方法に関する重要な変更が含まれている。
 この外資企業の最低投資総額の遵守の有無は、OSSシステム上で、KBLIの5桁番号ごと、プロジェクト場所ごとに判断される(政令2021年5号189条1項、2項)。一方で、いくつかの例外があり、以下のとおり、一部は従前よりも厳しい内容となっている(同条3項)。

1.大規模商業は、KBLIの上4桁ごとに判断(従前はKBLIの上2桁ごと)
2.飲食業は、一か所ごと、KBLIの上2桁ごとに判断(従前は1県/市ごと)
3.建設業は、一つの活動につき、KBLIの上4桁ごとに判断(従前は「一つの活動につき」という定義だけ)
4.製造業は、異なるKBLI(5桁)の製品を作っている場合にも、1つの生産ラインごとに判断

※ なお、従前のルールを定めていたのは、投資調整庁長官規則2020年1号であった。

(4)最低払込資本金額のルールの変更?!

 前置きが長くなったが、最低払込資本金額については、BKPM令2021年4号が2021年4月1日付けで公布されている。

 これは、前記のリスクベースの許認可の導入に関する政令2021年5号の細則に当たるもので、雇用創出オムニバス法の細則に当たる政令につき、大臣令・省令レベルのものとして、更なる詳細を定めるものである。

 なお、正式名称は、PerBKPM No.4/2021 tentang PEDOMAN DAN TATA CARA PELAYANAN PERIZINAN BERUSAHA BERBASIS RISIKO DAN FASILITAS PENANAMAN MODALである。以下のBKPMのウェブサイトで、この法令の原文をダウンロードすることができる。

https://jdih.bkpm.go.id/jdih/front/form/19297

 同BKPM令12条7項には、払込資本金が少なくとも100億ルピア(日本円で約7,500万円)と規定されている。

 つまり、冒頭で述べたとおり、以前は、設立時に25億ルピアを資本金として払い込み、その後、借入金で最低投資総額100億ルピア超を充たせば、新規投資は可能であったが、今後は、会社設立時点で100億ルピアを資本金として払い込む必要があると考えられる。

 同BKPM令の施行日は、2021年6月2日である(同BKPM令102条)。

 そして、同BKPM令の施行に伴い、最低払込資本金額を25億ルピアと定めた投資調整庁長官規則2018年6号と、外資企業の最低投資総額の遵守の方法につき従前のルールを定めた投資調整庁長官規則2020年1号は、いずれも効力を失い、同BKPM令に取って代わられる(同BKPM令101条)。

 ちなみに、4月29日(木)に行われたジェトロ・ジャカルタ主催のセミナーで、私もZoomのQ&A機能を用いてしつこく質問を行ったところ、

 雇用創出オムニバス法の細則の取り纏めを行われた、経済担当調整府・経済競争力強化担当次官補 Ikhsan Zulkarnaen氏から、最終的に、会社設立時点で100億ルピアを資本金として払い込む必要がある旨の回答があった(このように理解していますが、誤りがあれが教えて下さい。)。
 なお、セミナー時の回答状況については、前記のツイートでリアルタイムにつぶやいている。

(5)補足

 BKPM令2021年4号12条には、他にも気になる規定がある。
 まず、外資企業の最低投資総額の遵守の方法につき、上位の法令に当たるリスクベースの許認可の導入に関する政令2021年5号が定めた新ルールへの補足が見られる。

 すなわち、

1.大規模商業は、KBLIの上4桁ごとに判断(従前はKBLIの上2桁ごと)
2.飲食業は、一か所ごと、KBLIの上2桁ごとに判断(従前は1県/市ごと)
3.建設業は、一つの活動につき、KBLIの上4桁ごとに判断(従前は「一つの活動につき」という定義だけ)
4.製造業は、異なるKBLI(5桁)の製品を作っている場合にも、1つの生産ラインごとに判断

 に加えて、同BKPM令12条3項e.には、前記の投資調整庁長官規則2018年6号6条4項が定めた「外資企業の不動産開発事業の最低投資総額のルール」をスライドさせた規定が見られる。前記のとおり、同規則が同BKPM令に取って代わられ、効力を失うことを受けてのものであると考えられる。

 さらに、同BKPM令12条4項には、前記の建設業における「一つの活動」についての説明が付されており、それには、①建設コンサルティングサービス事業、②建設工事事業、③総合建設工事事業が含まれる、とのことである(なお、仮訳であるため、原文をご確認いただきたい。)。そして、同条5項によれば、①と、②、③とは組み合わせることはできない、という。

5 まとめ

 ポジティブリストの導入で外資規制が大きく緩和されて、外資が進出できる業種は増えた。これは歓迎すべき流れである。
 また、リスクベースの許認可の導入により、大企業に当たる外資企業は、多くは高リスク又は中リスク(その中でも高リスク)に分類された上で、しっかりと許認可の事前審査が行われるとはいえ、許認可の申請・監督手続全体の簡素化が図られること自体、望ましい。

 しかしながら、今後は、会社設立時点で100億ルピア(日本円で約7,500万円)を資本金として払い込まなければならない(ようである)。
 とりわけ中小企業にとっては、インドネシアへの進出・投資のハードルは高まったといえる。

 6月2日の施行日まで、あと約1か月であるが、このままだと、おそらく、「外国投資を阻害するものだ」として、諸外国の反発は避けられないだろう。

 すると、これもインドネシア法のあるあるではあるが、このような反発を受けて、この最低払込資本金額の新ルールは撤回される可能性がある(一度は酒造業が外資にも解禁されたと思われたが、宗教団体の反発を受けて、すぐにそれが撤回されたことは記憶に新しい。)。

 いずれにせよ、①そもそも、最低払込資本金額のルールの変更があったのか否か、②その変更があったとすれば、新規投資だけではなく、既存の外資企業の拡張投資の場面でも文字通り適用されるのか、③最低投資総額100億ルピア「超」と最低払込資本金額100億ルピア(ジャスト)との関係等について、今後、BKPM(先日、投資省に格上げされた。)の明確な回答を確認したいところである。

 また、BKPM令2021年4号全体を詳細に確認していく作業も必要となる。

 今後も引き続き、投資分野の法改正の状況を注視していきたい。


※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

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