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雇用創出オムニバス法(1)- 雇用創出オムニバス法の成立過程とその概要

※ 筆者が所属する法律事務所のホームページ上で2020年11月初旬に掲載したものをnoteで再掲しています。

1 はじめに

 インドネシアのジョコ大統領が、2020年11月2日、「雇用創出オムニバス法」に署名したことで、同法は成立し、同日、公布と同時に施行された(186条)。同法案が同年10月5日に国会で可決されたのち、まもなく30日が過ぎようとしていたときだった。インドネシアでは、法案は、国会で可決後30日以内に、大統領が署名することで成立する(ただし、大統領が30日以内に署名せずとも、その経過をもって法案は成立する。/憲法20条4項、5項)。
 この法律は、ジョコ政権の目玉政策であった。雇用を創り出すとの目標に向けて、インドネシア投資を誘致するために、労働法、投資法、会社法といった重要な法律を含む関連法約80本を一括して改正し、外資規制の緩和や、最低賃金の上昇の抑制、退職金の減額、残業時間の上限拡大等の労働条件の不利益変更といったドラスティックな変更を行う。その結果、全15章、186条で構成され、1187頁にも及ぶ、という大部なものになっている。
 日本企業のインドネシア投資に与える影響は極めて大きい。そこで、複数回に分けて、雇用創出オムニバス法の解説を試みたい。

2 どれが本物?!

 雇用創出オムニバス法については、「どれが本物?!」という疑問を初めに解消しなければならない。日本だと考えられない状況である。
 下表を見ていただきたい。これまでに7つのバージョンの雇用創出オムニバス法(案)がこの世に存在すると言われている(筆者が現時点で現地報道等により確認した情報を纏めたものです 。各法案同士の齟齬を詳細に比較・検討しておりません。その正確性を保証するものではないことにご留意下さい。)。

図

 法案の国会提出時、10月5日の国会での可決時、大統領への提出時、大統領の署名時といったいくつかの段階で、法案のページ数が増えたり、減ったりを繰り返しながら、その内容も変化している(現地報道によれば、ジョコ政権側は、書式等の形式面を変更した結果であると説明しているようであるが、大統領への提出時のものには含まれていたはずの条項がその後削除されるなど、内容も変化している。)。国会での可決後に法案の内容が変わってしまうというのは、あり得ない事態である。
 インドネシアでは、ジャカルタ特別州を中心に、新型コロナウイルスの影響で、4月以降、大規模社会制限(PSBB)と呼ばれるロックダウンが繰り返されるなど、今なおその感染拡大は収束していない。新型コロナウイルスにより、当初の国会審議・可決の予定が大幅にずれ込んでしまったことを踏まえて、悪化した経済を回復するための打開策として、半ば強引に可決されたのが、同法の成立過程と言って良い。
 インドネシア政府のウェブサイトで、11月2日にジョコ大統領が署名し、成立した雇用創出オムニバス法の原文(インドネシア語)を確認することができる。正式には、“UNDANG-UNDANG REPUBLIK INDONESIA NOMOR 11 TAHUN 2O2O TENTANG CIPTA KERJA”(雇用創出に関するインドネシア共和国法律2020年11号)という。
 現時点では、これが「本物」の雇用創出オムニバス法ということになる。従って、同法を検討・分析する際には、まずはこれが対象となる。

3 違憲の可能性?!

 前記のとおり、国会での可決後に、法案のページ数が増えたり、減ったりを繰り返しながら、その内容も変化する、というあり得ない事態が起こっている。また、労働条件の不利益変更を伴うものであることから、労働組合が反対デモを繰り返すなどなど、雇用創出オムニバス法への反発は大きい。一方で、労働者への影響が大きい法律にもかかわらず、国民の約7割がこの法律を知らないという驚くべき調査結果も発表されている。
 ジョコ政権がコロナ禍に乗じて、国会での審議や国民への周知が不十分なままに半ば強引に成立させたと批判されても仕方のない状況である。既に、憲法裁判所に対して複数の違憲訴訟が提起されている。従って、ようやくこの法律が成立したにもかかわらず、裁判所によって違憲判断が下されてしまうという可能性は否定できない(同法への国民の反発が大きくなれば、司法もこれを無視できない事態となる。)。

4 雇用創出オムニバス法の概要

 インドネシアの法律では、前文で、法の趣旨・目的(Menimbang)が述べられる。雇用創出オムニバス法では、まず、公正で繁栄したインドネシア社会を実現するという目標を実現するために、国家は、雇用を創り出すことで、国民が労働する権利や人間らしい生活を送る権利を実現するために様々な努力をしなければならない旨が明記されている。
 そして、前記のとおり、全15章、186条で構成されているところ、各章の内容と該当条文は、以下のとおりである。

第1章 一般規定 【1条】
第2章 原則、目的及び範囲 【2~5条】
第3章 投資環境及び事業活動の促進 【6~79条】
 第1部 総論 【6条】
 第2部 リスクベースの許認可の適用 【7~12条】
  第1段落 総論 【7条】
  第2段落 低リスク事業活動の許認可 【8条】
  第3段落 中リスク事業活動の許認可 【9条】
  第4段落 高リスク事業活動の許認可 【10条】
  第5段落 監督 【11条】
  第6段落 実施規定 【12条】
 第3部 許認可の基本要件の簡素化 【13~25条】
  第1段落 総論 【13条】
  第2段落 空間利用活動の適合性 【14~20条】
  第3段落 環境承認 【21~22条】
  第4段落 建築許可及び機能適合証明 【23~25条】
 第4部 セクター別の許認可の簡素化並びに投資の円滑化及び投資要件
    【26~75条】
  第1段落 総論 【26条】
  第2段落 海洋及び漁業 【27条】
  第3段落 農業 【28~34条】
  第4段落 林業 【35~37条】
  第5段落 エネルギー及び鉱物資源 【38~42条】
  第6段落 原子力 【43条】
  第7段落 工業 【44条】
  第8段落 商業、法定計量、ハラル製品認証、並びに標準化及び適合性
      評価 【45~48条】
  第9段落 公共事業及び公共住宅 【49~53条】
  第10段落 運輸 【54~58条】
  第11段落 健康、薬及び食品 【59~64条】
  第12段落 教育及び文化 【65~66条】
  第13段落 観光 【67条】
  第14段落 宗教 【68条】
  第15段落 郵便、電気通信及び放送 【69~72条】
  第16段落 防衛及び安全 【73~75条】
 第5部 特定セクターの投資要件の簡素化 【76~79条】
  第1段落 総論 【76条】
  第2段落 投資 【77条】
  第3段落 銀行 【78条】
  第4段落 シャリア銀行 【79条】
第4章 労働 【80~84条】
 第1部 総論 【80条】
 第2部 労働 【81条】
 第3部 社会保障プログラムの種類 【82条】
 第4部 社会保障実施機関 【83条】
 第5部 インドネシア移住労働者の保護 【84条】
第5章 協同組合及び零細・中小企業の事業の円滑化・保護・強化 【85~
   104条】
 第1部 総論 【85条】
 第2部 協同組合 【86条】
 第3部 零細・中小企業の判断基準 【87条】
 第4部 単一のデータベース 【88条】
 第5部 零細・小規模企業の統合管理 【89条】
 第6部 パートナーシップ 【90条】
 第7部 許認可の円滑化 【91条】
 第8部 財政的優遇の円滑化 【92~94条】
 第9部 特別割当基金、援助及び法的支援、商品及びサービスの調達、並
    びに財務の簿記/記録のシステム/アプリケーション及びインキュ
    ベーション 【95~102条】
 第10部 公共インフラへの零細・小規模企業及び協同組合の参加 【103
    ~104条】
第6章 事業の円滑化 【105~118条】
 第1部 総論 【105条】
 第2部 移民 【106条】
 第3部 特許 【107条】
 第4部 商標 【108条】
 第5部 株式会社 【109条】
 第6部 妨害法 【110条】
 第7部 課税 【111~114条】
 第8部 水産物及び塩製品の輸入 【115条】
 第9部 会社登録義務 【116条】
 第10部 村有事業体 【117条】
 第11部 独占的行為及び不公正な事業競争の禁止 【118条】
第7章 研究及びイノベーションの支援 【119~121条】
第8章 土地取得 【122~147条】
 第1部 総論 【122条】
 第2部 公共利益目的の開発のための土地取得 【123条】
 第3部 持続可能な食料用農地の保護 【124条】
 第4部 土地 【125~147条】
  第1段落 土地銀行 【125~135条】
  第2段落 管理権の強化 【136~142条】
  第3段落 外国人のための集合住宅の住戸 【143~145条】
  第4段落 地上空間及び地下空間に対する土地上の権利/管理権の付与 
      【146~147条】
第9章 経済地域 【148~153条】
 第1部 総論 【148~149条】
 第2部 経済特区 【150条】
 第3部 自由貿易地域及び自由港 【151~153条】
  第1段落 総論 【151条】
  第2段落 自由貿易地域及び自由港 【152条】
  第3段落 サバンの自由貿易地域及び自由港 【153条】
第10章 中央政府の投資及び国家戦略プロジェクトの円滑化 【154~173
   条】
 第1部 中央政府の投資 【154~172条】
  第1段落 総論 【154~164条】
  第2段落 投資管理機関 【165~172条】
 第2部 国家戦略プロジェクトの円滑化 【173条】
第11章 雇用創出支援のための行政の実施 【174~176条】
 第1部 総論 【174条】
 第2部 行政 【175条】
 第3部 地方自治体 【176条】
第12章 監督及び育成 【177~179条】
第13章 その他の規定 【180~183条】
第14章 経過規定 【184条】
第15章 締めの規定 【185~186条】

 さらに、章ごとに、つまりテーマごとに、どの法律を、どのように改正したのかが明記されている。第4章の雇用に関する81条を例にすると、「労働に関する法律2003年13号を次のとおり改正する」と明記されて、その後、改正内容がびっしりと続く。このような方法で、約80本の法律を一括改正するために、1187頁ものボリュームになったわけである。

5 最後に

 雇用創出オムニバス法については、詳細な内容は、政令等の下位法で定められる(185条a.に3か月以内に制定されなければならないと規定されている。)。また、前記のとおり、憲法裁判所で、その成立過程の瑕疵を理由に違憲判断が下される可能性も否定できない。そのため、今後も引き続き動向を注視する必要がある。
 今後のコラムでは、日本企業のインドネシア投資への影響という観点から、雇用創出オムニバス法を、外資規制の緩和や労働といったテーマごとに解説したい。


※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

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