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【行政書士試験失敗記】20話 ここまで頑張ってきた人はほとんど同じラインに立っている。

 
 
 

 暗記なんて意味が無い、なんて言う奴にはジャーマンスープレックス。

 
 昔、自分は円周率を暗記するのが得意だと豪語する子がいた。
 彼は自慢げに3.14159265………とひたすらに意味のない数字の羅列を並べていった。

 私は子供心に凄いな、と思ったのを覚えている。
 
 大人になって私は改めて思う。

 「3.14159265」あたりまで言えれば後は適当に数字並べてもバレないんじゃないか? と。
 
 実際のところどうだったんだろう? 彼の記憶は正しかったのだろうか。間違っていたのだろうか。
 
 真相はわからない。
 
 
 
 さて、今回は行政書士試験において切っても切れない、暗記について考えていきたいと思う。

 私は暗記というものが嫌いだった。
 暗記するよりもそこに記されている内容を理解した方がいいと思っていた。

 たかが文字の羅列を正確に覚えたところで、なんになろう。
 それよりもそこに記される概念を理解し、体に染み込ませていくことの方が遥かに重大なことに思えた。
 
 その考え方については一理ある。
 一理あるが、こと試験対策という点では、はっきり言って
 
 愚か、である。
 
 暗記する内容が多いことで知られる行政書士試験。しかもそんじょそこらの暗記物の試験とは一味違う。

 どこが違うか。記述問題の存在だ。
 
 一般的な試験において、ほとんどが選択肢を選ぶ問題が多い。
 選択肢を選ぶという性質上、暗記しなければならない内容を100%覚えておく必要は無い。求められる知識はその80%程度あれば正答を選ぶことは難しくないからだ。
 
 しかし、記述問題は違う。80%の知識で挑むと正解を勝ち取るために存在するその問題の「勝ち確フレーズ」が書けない。
 
 勝ち確フレーズとはなにか。これは私が今勝手につけた名称であるが、記述問題におけるこれだけは書けないと! というフレーズのことを指す。
 
 2022年の記述問題、問46を実際の答えを元に例を挙げてみよう(検索すれば出てくるので一緒に確認してみて欲しい)。
 
 2022年の問46の答えは
 「Aは、Cに対し、Bの所有権に基づく妨害排除請求権を代位して、塀の撤去及び損害賠償を請求することができる」
 
 とある。
この問題の勝ち確フレーズは「Bの所有権に基づく妨害排除請求権を代位して」であると私は思う。
 
 この問題の概要は、Bさんの土地に勝手に塀を設置したCさんに対して、土地の所有者であるBさんがなにも対応していない。Bさんから土地を借りているAさんはCさんに対して何ができる? ということを聞いてきている。
 
 法律を全く知らない人間がこの問題文を読んでも、
 
 「Bさんの代わりにAさんがCさんに対して出ていけ!って言える!」
 
 と答えられそうである。
 だって、普通に悪いことをしているCさんに対して、権利が無いからといったって土地を利用しているAさんが何も言えないのは道義に反すると思うし、「それができないなんておかしいよ!」と青春アニメよろしく叫びたくなるような内容であると思えるからだ。


 それに、「AさんがCさんに対してどのような請求できますか」と問題にしておいてわざわざ、「Aさんは何もできません」なんて着地点になるわけがないことは誰であっても察しが付く。
 
 しかしながら、この「Bさんの代わりにAさんが出ていけと言える」ということをこのまま回答用紙に書いた場合、点数には全くならないことはわかる。

 採点係も「いや、それくらい誰でもわかるっちゅーねん」とツッコミをいれてしまうことだろう。
 
 言いたいことはまさにその通りなんだけど、それを法律用語に変換して答えなければならない。
 この勝ち確フレーズを本番で書けるように暗記しておかなければならないのだ。
 
 本番でいきなり「妨害排除請求権を代位して」なんて書けるだろうか。今となっては私も自信が無い。
 
 私は試験のたびに何度も「答えなきゃいけないことはわかるけど言語化できねぇ!」と悔しい思いをした。
 
 それこそ模試の度に。
 私は毎回、試験問題は記述問題から見るようにしている。そして深いため息をつくまでがワンセットだった。

 どこかで見たことある内容だ。そしてどうしなきゃいけないかもわかる。だけどそれを言語化できない。どうしたらいいんだと頭を抱え、重い空気のまま試験は進んでいく。
 
 これの対応策なんて一つしかない。本番で「Bの所有権に基づく妨害排除請求権を代位して」みたいなことを書けるようにしておく、それだけだ。
 
 さて、諸君らに問いたい。この状態で我々がやるべきことは「理解」だろうか「暗記」だろうか。

 この問題について私は何度も悩んだ。悩みぬいた末にある結論に達した。
 
 ひょっとしたら、こんな悩みを抱えている時点で私はすでに「理解している」状態なのではないだろうか?
 
 自分でもそれに気づくにはちょっと遅すぎるくらいだと思う。
 
 人は暗記という行為をなんとなく後回しにしがちだ。
 まずは暗記しないで済む方法を探し、それがダメなら効率良く暗記する方法を探す。
 
 誰も愚直に暗記するフレーズをそのまま声に出したり、書き取ったりして覚えようとしない。
 
 そうやって覚えようとする者を嘲笑う人間まで出る始末だ。
 
 恥ずかしながら、私も嘲笑おうとするタイプの人間だった。

 行政書士試験の試験範囲を全て暗記しようというのは無謀だ。
 もっと効率のいい方法があるはず、と考えた私は、効率性を求めた結果、特に意味のない時間と決して少なくないお金を失ってしまった苦い経験がある。
 
 行政書士試験において、程度はどうあれ、愚直に暗記することからは逃げられない。それは前述したように記述問題があるからだ。
 
 よく、行政書士試験の話題になると偉そうに
 
 「暗記に頼るより、まずは理解する方が大事」
 
 なんてネットの海を漂うプランクトンのような輩が大量発生することがある。

 理解をすることによって自然と記述問題もできるようになるという理想論を掲げながらふよふよと漂うその様は何とも言えない気持ちに私をさせる。
 
 はっきり言おう。ここで綺麗ごとは全部捨て、はっきりここで断じてしまおう。
 理解したところで、本番でフレーズが出てこなければ点にならん。と。
 
 私が何度試験で「分かってるんすよ! どういう意味かは分かってはいるんすよ!」という情けない主張を回答用紙に書き込んだか。そしてその結果何度0点だったのか。
 
 記述問題の前において、この「理解優先」という思想がいかに無力か。私は身をもって経験しているわけである。理解は確かに重要だ。理解をすることで問題文の意味も分かるし、選択式の問題では十分に力を発揮することができる。
 
 しかし、ある程度勉強が進んでいれば誰もがそこまではたどり着ける。
 
 率直なことを言えば、行政書士試験の合格ラインを狙っている全ての人は、理解している人たちなのだ。
 
 そういう人たちが集まって、10分の1の椅子を賭けて戦うということであれば、どこに差をつけるかは暗記量の差でしかないと私は思う。
 
 昨年の記述問題。私は正直救われた。
 なぜなら、勝ち確フレーズが3問中2問。すぐに出てきたからだ。
 
 暗記を嫌っていた以前の私であれば絶対に出てこなかった。
 
 日本人は勤勉で真面目な民族だ。
 大体の受験生は試験範囲をちゃんと頭に入れて理解した状態で試験に挑む。その中で優劣をつけるにはもう、暗記量。単純で明快な話だがそこしかない。
 
 そしてその暗記量の集大成が記述問題なのだ。
 
 記述問題も何度も受ければ、問題文を見ただけでどこのジャンルの問題で、どの条文を使うんだなと言うことはすぐに理解することができる。
 しかし、どの条文を使うのかが分かっても、それを言語化できなければ意味が無い。
 
 知っての通り、我々が普段使っている日本語と法律用語は似ているようで違う。
 
 普通日本人は「わざとやった」を「過失があった」とは言わないし、「ただ巻き込まれた人」のことを「善意の第三者」などとは言わない。
 
 似ているけども別言語なのだ。
 
 我々が英単語を覚える時、「まずは理解することから!」と言って「apple」の語源から勉強し始めるだろうか。それは無いだろう。
 
 法律用語も英語勉強と同じだ。これはこういうもの! という風に処理して暗記から入る。

 理解は確かに必要だ。理解することによって、我々はどこが重要なのか、どこを覚えるべきなのかを知ることができる。しかし、そこに偏重してはいけない。理解したところで歯が立たないものが確かにあるのだ。そのことを最初に知っておくべきだった。
 
 暗記は確かに辛い。くじける。やる意味が分からない。
 
 しかし、本試験の問題はそこから逃げてしまった人間を容赦なく落とす。そういう人間を選別するための問題を作ってくる。

 それは本質的に、ここまで頑張ってきた受験生がどの程度の力量であるのかを分かっているからだ。

 であれば、最終的に暗記量で決めようじゃないか。そういう風に考えて、問題を作っているように私は思えてならない。

 暗記は意味ないよなんて思っちゃっている受験生、できれば思い直して欲しい。私のようにはなるな。

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