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アルコール依存症に対するレグテクトとセリンクロの意義

アルコール依存症に対する薬物治療は長い間 ジスルフィラム(ノックビン)とシアナミド(シアナマイド)しかなかった。この2つはアルコールの分解を阻害させ飲むと二日酔いに近い状態にさせるものであった。

2013年にアカンプロサート(レグテクト)、2019年にナルメフェン(セリンクロ)が発売された。

アカンプロサート(レグテクト)

1回2錠毎食後に服用し、1日300円弱になる。

アルコールには興奮に関わるグルタミン酸を抑制させ、鎮静に関わるGABAを亢進させる作用がある。長期間飲酒を続けるとグルタミン酸が増加してしまい、飲酒していないと興奮気味となり飲酒して安定させようとする。

飲酒したら落ち着くではなく、飲酒し続けているために落ち着かなくなり、飲まざるを得なくなる。

ただしグルタミン酸以外への作用もあるのではという異論もある。

アカンプロサートは、酒の代わりにグルタミン酸を抑制し飲みたいという衝動を減らしてくれる薬である。

効果については比較的あるとされており、365日中で飲まずにいられた日をプラセボ173日<薬223日と伸ばしてくれる。ただしこの薬は使って効果を感じる人と全く効果を感じない人に分かれる。

ナルメフェン(セリンクロ)

1回1錠を飲酒の1-2時間前に服用し、1日300円程度である。

オピオイド受容体調節作用を介して飲酒欲求を抑え飲酒量を低減する作用があり、飲酒することを前提とした薬である。

大量飲酒する日が月23日程度から11日程度に減らすことができる。ただしプラセボでも15日程度まで減らすことができるのでプラセボの力は強い。

ちなみに大量飲酒とは男性60g(ビール1500ml、日本酒480ml)、女性40gと定義されており、ビールを1500ml以上飲む日が多少減れば効果があると判断することができる。

新しい薬がでた意義

効果はある程度あるものの十分とは言いがたい。しかしこれらの新しい薬が出た意義は大きい。

1)「まともな」薬物治療ができるようになった

今までは、ジスルフィラムやシアナミドなどの抗酒薬が治療に使われることが多かった。

この薬はアルコールを分解させない薬で、飲酒してしまったら気持ち悪くなり、飲みたくなってもブレーキが掛かるという薬だった。

アルコール依存症は意思が弱いから飲むのではなく、飲みたいという強い衝動、昨日も飲んだから今日も飲むという常同性の病気である。

このことを説明をしながら、今までの治療は飲めない体にして飲まないように我慢させることしか出来なかった。

もちろんその他の治療、自助グループや精神療法や行動療法あるいは抗うつ薬、睡眠薬、一部の気分安定薬などを使って治療はしてはいたものの、十分ではなかった。

効果的に十分とは言いがたいものの、「飲みたい」という衝動、常同性を少しでも改善させてくれる薬が使えるようになったのは、アルコール依存症に対して「まともな」薬物治療が可能になったと言っても過言ではない。

2)脳の病気であり、薬の力も借りながら治療していく病気と説明しやすくなった

1)に通じるものの、脳の病気であることを自信を持って説明することができるというのは非常に良い。

もちろん脳の病気だからといって、薬を飲むだけで本人が何もしなくていいというわけでは決して無い。

3)飲酒することを前提に治療ができる

これまでアルコール依存症の治療の基本は断酒であった。

しかしアルコール依存症にとって断酒はなかなか達成が難しく、飲酒が続くときには治療が手詰まり気味になる。飲酒しないことを目的にした薬は、飲酒が続いているときには、効果が不十分と判断するしかなく、効果が不十分なまま薬を続けるべきではない。

ナルメフェンは飲酒していることを前提に使う薬であり、節酒と生活の乱れや問題行動の減少を目標にし治療を続けることができる。

アルコール依存症の治療の最終目標は断酒であるものの、初めから断酒を目的にすることは難しく、当面は節酒を目標に行い、次第に目標をより良いものに変更していくのが良い。

ナルメフェンは使える人が限られている

ナルメフェンは非常に良い薬ながら、「普通の」精神科病院では処方が難しい。

セリンクロを処方する条件 保医発0225第9号 平成31年2月25日通知 では以下のように定められている。

・アルコール依存症に係る適切な研修を修了した医師が、アルコール依存症に係る適切な研修を修了した看護師、精神保健福祉士、公認心理師等と協力し、家族等と協議の上、詳細な診療計画を作成し、患者に対して説明を行うこと。

・患者の受入が可能な精神科以外の診療科を有する医療体制との連携体制があること。

・心理社会的治療については、アルコール依存症に係る適切な研修を修了した医師によって行う。少なくとも本剤の初回投与時においては、30 分を超えて当該治療を行うこと。

簡単に言えば、研修を受けた医師が、同様に研修を受けた多職種と協力したうえで治療をすることになる。

アルコール依存症の専門病院とは言わないにしても、アルコール依存症の治療をかなり積極的に行っている病院でなければ難しい。

今後 少しずつ基準が緩められるかもしれないものの、当分の間はなかなか使用が広まらなそうであり、ますます依存症の治療が専門病院以外では受けづらくなっている。

アルコール依存症を本気で治療したいと思ったら、「普通の」精神科病院ではなく、依存症を専門としている病院を始めから受診するべきである。

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